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「アニー・ドギーバッグ」序章(全セクション版)

1

トイレだ。向かって右が男性用、左が女性用。ハイヒールをカツンと鳴らし、迷わず右へ。
「おい姉ちゃん、こっちは違」POW!小便中の酔っぱらいを黙らせ、一番奥の個室の前へ。
POWPOWPOWPOWPOW!「ギャッ!?」ドアも開けず蜂の巣。クソしながら死んでろ。五人目。

【六人目、ゲドン】

宵闇。中華街の袋小路。追い詰めた。
「見つけたよ、ゲドン。ゴミにまみれて死ね」
「誤解だよ、アニー。君の妹を」
POW!銃弾がにやつくゲドンの右眼を貫く。そこにいない。
「君の妹を殺したのは、私じゃない。いいか、アニー」
すぐ右に出現した奴に、狙いを定める。そこにいない。

「いいか、『トオル・シンジ』だ。彼が君の妹、レミを―――」
耳を貸すな。後ろ蹴り!
「ばッ」
ヒールに仕込んだ刃が、背後で銃を構えるゲドンの手首を飛ばす。
血が流れ、ゲドンが踞る。振り向きざま、脳天にPOW
「イカサマのタネは割れてンだよ。六人目」

死体をゴミバケツに突っ込む。次。

2

アニー・ドギーバッグ。彼女は食い残された。

【八人目、ルム】

「これで何人目だ?」
「十三人、てとこですか。三人同じ場所で死んでるのが二つ、二人が一つ」

トイレ、路地裏。その前は酒場。ここ数日で起きている連続殺人事件だ。手口は似通っている。拳銃で蜂の巣か、脳天に鉛玉か。時々刃物かなにかで死体が損壊している。検死によれば、死ぬ前の傷。いたぶられたというよりは、犯人に反撃しようとしたところを斬られた、といったふうだ。銃を持つ手が転がっていたりする。

「監視カメラは」
「割り出せて来ました。赤い髪の、目立つ女です。現場の近くに、その時間帯にいる」
「女か。……さっきのトイレ、男性用だったよな」
「躊躇がない、そういうやつですね。恨みか、仕事か」
「仕事なら地味に、カメラに映らないようにやる。恨みかな」

POW! 銃弾は外れた。跳弾も躱された。残り一発。

恨みか」
「そうさ。恨みは買い慣れてるだろ」

別の路地裏。八人目はルム。少しやばい。だんだんきつくなる。慣れては来たが。ルムが両手をこっちへかざす。避ける。壁を三角跳び、背後へ。ルムが振り返ってあざ笑う。

「そうさ、買い慣れてるね。それが『おれら』を強めるからな。押し売りだってありがたいぜ」

術中にハマるな。情報はある。あいつの死と引き換えの。殺し尽くすまでは、死ねない。

「アニー。愛してるぜえ!」

POW!

「アニー・ドギーバッグ。偽名。本名はアニー・エインゲル。妹レミは殺された。動機は怨恨、復讐。復讐対象以外も邪魔なら躊躇なく殺す。凶悪殺人犯。ただし……」

一拍置いて、

「女性と子供は殺さない。目撃例いくつかあり。事実、殺害対象は成人男性のみ」
「多少は人道的だな。何歳からだ? ハイスクールならどうだ?」
「それは不明です。場合によっては殺すかも」

殺されたのは、ギャングか酔っ払いか通りすがり。妹を殺したギャングの暗殺。目的はそれだろう。邪魔者、目撃者は消すというわけだ。

銃弾は、外れた。ルムが避け、嗤う。

「下手っぴい!」

いや、狙い通り。いままでのは布石だ。誘い込んだ。場所はそこ。やつは手の内を知らない。

術。撃った弾を蘇らせる。命を削るが、惜しくはない。

POW!

「あ?」

POW! POW! POW! POW!

蘇った弾が、ルムを四方から貫く。唖然とした顔。ぐらついたところへ、トドメの一撃。

POW!

間抜け面のまま脳みそをぶち撒けてルムが死ぬ。鼻を鳴らし、蹴飛ばして、唾を吐き捨てる。

「八人目。次」

3

【三人目、フランツ】

親が破産して自殺し、アタシたちは捨てられた。路地裏へ。売春やってたガキもいたけど、アタシたちはやらなかったし、やらせなかった。引き取ったやつが筋金入りのクソで、アタシたちに殺しを仕込んだ。

"ブリッツ"フランツ

「アンタもヒトデ野郎になったのかい、師匠(マスター)」
「そうだ。おまえも来い、アニー」

やつが両手を広げる。傷だらけの巨体に、濁った目。いやなオーラ。ヒトデに触られたのだ。アタシや、レミのように。
強い。アタシの師匠だ、手の内は多少はわかるが、勝てたためしがない。学ぶ相手だった。そのうえ、ヒトデだ。

「復讐か。恨みか。レミの仇討ちをするのか。いいだろう。恨むのはいいことだ。恨まれるのもいいぞ」
「恨んだうえで、恨まれて、殺す。そうするさ」
「長くはないな、そんな生き方は。細く長く、永遠に生きられるかもしれないのに。恨まれろ、アニー」

穢れたパワーが満ちてくる。やつにも、アタシにも。恨みの相互循環。そのために、レミは死んだのか? 恨ませるために。

『うらめしや(Curses on you)!』

レミの声でそう言う。双子の声で。恨み、恨まれ、復讐する。それでいい。アタシとレミの復讐を果たす。ヒトデ野郎どもを皆殺しにする。

西海岸の港湾都市『ステラ・マリス』。日中は世界有数のビーチリゾート。夜は犯罪都市。仕切っているのはギャング団「スターフィッシュ(海星)」。所属メンバーの人種・国籍・宗教は様々だ。警察機構も存在するが、ほぼギャングの息がかかっている。ボスの表向きの名は、リヴィオ・ラファエーレ。イタリア系の実業家。

POW!POW!

銃弾二発。避けられる。一瞬で懐に入られ、銃とマスクを叩き落とされ、両手首を掴まれる。稲妻の速度。
「遅いぞ、アニー。そんなふうに育てたか、おれは?」
「そう育てられたさ。レミと一緒に」
「殺しはしない。恨ませる。永遠におれを恨んでいろ」
「いやだね」
蹴り。足を掴まれる。アタシの両手首を掴んだまま。フランツの腕が四本に増えている。
「手足を引きちぎって、生かしておこう。一緒に暮らそう。前のように」

顔が近づく。息が臭い。されてたまるか。口を開き、舌を出す。
「『いないいない、ばあ(Peek-a-boo)』」

POW!

落とした銃から弾が出て、フランツの股間に命中する。
「あづッ!?」
怯んだ。POW! 舌の先から銃弾を発射。フランツの眉間に命中する。白目を剥き、死ぬ。
念の為、心臓も撃ってとどめを刺す。

POW!

「三人目。次」

4

【野良豚】

レミは標的の肝臓を狙うのがうまかった。アタシなら脳天か心臓を狙う。

「なんで肝臓?」
「急所で、大きいからね。血がよく出るよ。豚で試した」
「そうなの」

殺人の練習台は、都市をうろつく野良豚だ。豚は認めたがらないかも知れないが、人間によく似ている。内臓や歯まで。全身筋肉で覆われ、ごつい。結構強敵だ。もとはイノシシだから。バラした後は血抜き。フランツに教えてもらった。ボウルで受けて、ブラッドソーセージにする。

「ここは上等な部位。こっちは煮込んで、豚骨と一緒にラーメン屋に売る」
「いつでも肉が食えるなんて、恵まれてるね、アタシら」
「人間を殺せばカネが入る。豚を殺せば肉が食える。下準備はいるけどな」

『ステラ・マリス』の周縁部には巨大なスラム街があり、国内や諸外国から多くの下層労働者、犯罪者、野犬などを引き寄せている。そこには無数の恨みや妬みが澱のように凝り、リヴィオのもとへ吸い寄せられる。恨みをパワーソースにできるのは選ばれた一部の存在だけだ。「スターフィッシュ」の幹部、それに従う地域ギャングの長。彼らは「ヒトデ」と呼ばれるものに選ばれ、力を得たという。リヴィオもそうなのか。あるいは、リヴィオ自身が「ヒトデ」なのか。それとも、リヴィオが「ヒトデ」を使役しているのか。

フランツは豚が好きで、解体しながらぶつぶつ言ってた。
「いいか、ユダヤ人やムスリムは戒律で豚を食わん。モンゴルの遊牧民も豚を飼わない。なぜだ?」

レミと顔を見合わせる。モンゴル人が豚飼ってないなんて知らなかった。というか、フランツはなんでそんなこと知ってるんだろう。
「……寄生虫?」「宗教?」
「ブッダも豚肉食って死んだそうだが、火を通せばだいたい食えるし、羊や牛にも寄生虫はいるだろ。豚は牛や馬みたいに反芻しないから、草を消化できない。野生のイノシシは土を鼻でほじくって、根っこやどんぐり、虫なんかを食う。モンゴルでこいつらを野放しにしてみろ、そこらじゅうを掘り返して沙漠にしちまう。だから豚飼ってる遊牧民なんかいないんだ」

メスだった。腹から胎児を引きずり出して、別にする。こいつらは柔らかくてうまい。

「ふーん。アラブやユダヤもそうなのかな」
「そうだろうな。チャイニーズは残飯やクソを食わせて飼ってる。そいつらが垂れたクソが豚に食われる。永久機関だな」
「アタシら、クソ食ってるやつを食ってるの?」
「さあな。直接生ゴミやクソ食ってるわけじゃねえし、おれは気にしない。穀物や野菜をクソで育てることもあるだろ」

輪廻転生、ってことか。アタシらも死ねばクソ袋。誰かに食われる豚。

「ジーザスも豚食べなかったでしょ、確か。豚の群れを溺死させたって聞いたことある」
「教養があるな、レミ。そうだ、ジーザスもユダヤ人だからな」
「じゃあなんで、クリスチャンは豚食っていいの?」
「食いたいからだよ。食わなきゃ餓死するなら、ジーザスも許すさ。おれは食っていくために殺してる。趣味もあるが」

フランツは豚で、クソだった。人間によく似ていた。

5

【十人目、トオル・シンジ】

「見ィつけた」

隠れ家のひとつ、屋根裏部屋。十人目は、向こうからやってきた。屋根を音もなくこじ開けて。アタシも有名になったようだ。それを待っていた。

「やあ、アニー。恨みをありがとう。私もおかげでのし上がれているよ」
「こちらこそ。よく来てくれたね、歓迎するよ」

POW! 銃弾を仰け反って回避した、日本系の男―――『トオル・シンジ』。ゲドンが言ってたやつ。レミの直接の仇のひとり。

跳躍して穴をくぐり、屋根の上へ。恨み、恨ませる。もう九人、それ以上殺した。死人と生者の恨みを買った。そのパワーで、こいつをまず殺す。

「いい恨みだ。それを全部、私のものにできるなんて。私は愛されている。幸せ者だな」
「全身イタリアンブランドでかためやがって。顔にも体にも似合ってないよ。ちび」

トオルの顔が真っ赤になる。単純な野郎だ。恨みやがれ。おまえの情報は調べ尽くした。指をさす。頭。
「それとさ、頭に乗っかってるのは金髪のヅラだろ? バーコード・ハゲ。あと下半身はさあ……」
くたばれ!

トオルが口から火炎を吐く。恨みのパワーで結構な威力だ。だが、恨まれてるのはあんただけじゃない。POW!POW!POW!POW!POW! 銃弾を後ろへ撃つ。別のやつらが撃たれて死ぬ。このクソが一人で来るはずはない。さっき屋根裏からアタシを蜂の巣にしてりゃ勝てたが、それをしないとは踏んでる。だから待っていた。

稲妻の踏み込み。低く構え、瓦屋根を踏み砕き、一瞬で懐へ。フランツの得意技。恨みのパワーで再現する。
「うッ!?」
弾切れの銃からナイフが突き出て、トオルの下顎から脳みそまで貫く。

「十人目」

まだ……だ!
トオルが悪魔の形相で叫び、燃え盛る口を開いた。

リヴィオに、スターフィッシュに、逆らおうなんて馬鹿はこの町にはいない。物理的に、いなくなる。いや、いることはいる。奴らは恨みを供給するために飼われている。死人からも恨みは得られるが、そのうち薄れて消える。生かしておいた方が、長期的に、効率よく、恨みを買える。リヴィオはそう考え、そうしている。消そうと思えば消し、よそから連れてくる。

リヴィオの勢力は増大する一方だ。いずれ州知事や、ひょっとしたら、大統領にさえなるかも知れない。そうなれば……。

ナイフが口の中の炎で熔ける。トオルはアタシの顔を両手で掴み、熱烈なキスをする気だ。舌の隠し弾も熔かすだろう。だが、そんなことは予想済みだ。奥歯をひとつ外し、プッとトオルの口の中へ吹き入れる。

「ヴァヴェルのドラゴン。知ってるか」

両手首の仕込みナイフで腱を切断し、トオルの手を引っ剥がす。前蹴りをくれてやり、くるりと縦回転して距離を取る。

「あ、あぼお! てめえ、何を飲ませやが」

KA-BOOOOOOOOOOM!
トオルの上半身が爆発し、薄汚い血肉を撒き散らす。爆薬を飲ませた。

「十人目。次」

【序章終わり。次へ】

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