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【AZアーカイブ】使い魔くん千年王国 第二十一章&幕間2 魔眼&悪魔

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キリストと邪悪とに、何の調和があるか。
信者と不信者とに、何のかかわりがあるか。
神の宮と偶像とに、何の一致があるか。
―――新約聖書『コリント人への第二の手紙』より

ワルドは杖から疾風を放って驚く観衆を吹き飛ばすと、呆然とするルイズを攫い、グリフォンに乗って飛翔、逃走する。
「ウェールズの命、アンリエッタの手紙、そして『虚無の担い手』ルイズ。
三つともこの僕が、そして『レコン・キスタ』が頂戴した! ハハハハハ」
朝の空は雷雲に覆われ始め、城の外ではレキシントン号が号砲を放ち、総攻撃の合図とする。松下は魔女のホウキに飛び乗り、グリフォンを追った。

「きょ、『虚無』? 伝説の? 担い手って、私が? ワルド、放して! あなたは騙されてる!」
「いいや、可愛いルイズ。きみの起こす魔法での爆発、それにあの使い魔。彼の右手に刻まれたルーンは、伝説の『ヴィンダールヴ』のもの。きみは確かに『虚無の担い手』さ。まだ使いこなせていないだけのこと」
ワルドは真赤な眼を見開いて、取り憑かれたようにしゃべり続ける。
「そして僕はきみを手に入れる! 世界を我が物にできるんだよ! 素晴らしいだろう」

「何を言っている、貴様に世界はもったいない。『レコン・キスタ』とか言う貴族連中にもだ」
松下がホウキで追いすがり、黄色い粉を撒いて空中に香辛料の霧を発生させる。霧は風に逆らって進み、ワルドの眼に生き物のように入り込むが、疾風でまた吹き飛ばされる。
「使い魔くん、この僕に敵うとでも? きみには呟くか、逃げることしかできないさ」
「じゃあ呟いてやろう。呟きは呪詛だ」
松下が地面を指して呟き、念を凝らすと、大きな『土精』の片腕が伸びてグリフォンの後脚を掴む。そのままグリフォンは地面に叩きつけられるが、ワルドはひらりと飛び降り、『飛翔』で飛び去ろうとする。

「風のスクウェア相手に遠距離射撃や追撃戦は無謀だな。キュルケたちが来てくれていれば……」
瞬間、松下の目の前に『もうひとり』ワルドが現れた!
「何!? うわっ」
ワルドは杖から『雷雲』を放ち、松下を撃墜する!
「風の上位魔法、分身を作り出す『遍在』だ。これで邪魔者も片付いたな」
そう呟くと、『遍在』も風のように姿を消した。

砲撃が始まった。ワルドたちは城の裏側へ回るが、そこにも敵兵が満ちている。「hoら、るイズ。あそkoが僕たちの…」
ぐにゃりとワルドの口が、顔が歪み、融けるように崩れた。気化している。

ルイズは全身に鳥肌が立つ。直感的な言葉が口をついて出る。
「あ、悪魔だわ! あなたは悪魔に憑かれているのよ!」
「何wo言うんだルイズ。酷いじゃあナいka
ワルドが崩れていく。それは黒い霧のようにルイズを冷たく抱きしめる。
「あ、あ、あああああああ、いやああ」
凍えるほど寒い。夢の中で見た憧れの子爵様、ワルド子爵の姿が醜く崩れていく。霧、いや煙だ。悪臭のする煤煙がルイズの肺を満たそうとする……。

「悪魔よ、しりぞけっ! 照魔鏡だ!」
重傷を負いふらついた松下だが、『占い杖』でルイズの居場所は分かる。落ちたグリフォンを操って城を飛び越え、ワルドを照魔鏡で照らし出す。光が闇を撃ち払い、ワルドの体からぶわっと黒い煤煙が剥ぎ取られる。
きゃああああ!
ワルドは、いた。老人のように痩せこけ、白髪だ。眼だけが炯炯と輝いている。その眼を光に潰され、ぎゃっと叫んでルイズを放す。どさりとルイズは城内の地面に落ちる。ワルドはそのまま宙高く舞い上がり、煤煙がそこへ再結集する。大気が震え、大地が揺らぐ。妖気が塊となる。

黒雲の中に現れたのは、巨大な『眼』であった。毛むくじゃらの黒い球体のような、空間の裂け目から何者かが覗き込んでいるような、不気味な単眼。眼を合わせるだけで、並みの者なら狂死してしまいそうな異様な魔力。
「あれは……バックベアード……!」

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「な、何よあれ!? 黒雲の中に『眼』みたいなものが……!」
「あれを見ちゃダメ。取り殺される」
キュルケ・タバサ・ギーシュは、どうにかフーケをやり過ごし、シルフィードでニューカッスル城へ追いついていた。

「「『東方の神童』よ、はじめまして。いや、先代にも会ったかな? はははははは」」
空中からエコーのかかった声が響き渡る。月ほどもある『眼』に驚いてか、敵勢の攻撃も止まった。
「「私はバックベアード。時空の隙間より世界を見張る大いなる眼なり」」
「知っている。そのワルド子爵に取り憑いていたのは、お前か?」
「「左様。この者は両親の死後心身を病み、闇に取り憑かれた。執着心とも言おうか。それで私が少々力を貸してやったのだが…生まれついての実力はあるが、器が小さいねえ」」

ルイズはきっと『眼』を睨み据え、きっぱりと言い放つ。
「ワルド様の体と心を、返して! 悪魔!」
「「ははははは、小娘、私の『魔眼』を見据えて死なないとは。さすが『虚無の担い手』だけはある。きみに免じて、と言いたいが、彼にはまだ利用価値があるのだよ」」
バックベアードは実に愉快そうに哄笑する。眼も嬉しげに歪む。

「「安心したまえ。今日はきみと戦う気はないよ。私はそもそも『こちら』の存在ではない。ある者に呼び出されたまでのこと。彼に借りを返さねば、私の面子が立たない」」
「誰だ? そいつは」
妖気に圧されながら、松下が叫ぶ。
「「……おお、伝えていいと彼から『霊波』が来たぞ。うむ、悪魔ベリアルだ。そいつが裏で糸を引いている」」
「ベリアル!」
「「私は悪魔というより妖怪。悪巧みは愉しいが、操られるのは性に合わんのだ。……さて、皇太子の命と王女の手紙、たしかに頂いたぞ。小娘は返してやろう。私はここらで、お暇するとするよ。さらばだ『東方の神童』マツシタくん」」

ごおおーーっという強風とともに、バックベアードは消え去った……。

空の黒雲から雨が滴り落ち、遠雷も鳴っている。先ほどの魔眼の出現で、不用意に見てしまった将兵が何百人となく死んだようだ。敵も味方も混乱していた。さすがに松下もダメージが深く、昏倒する。

(結局、今回出来たコネは王女だけか。まあ、妖怪だの悪魔だのから挑戦は受けたがな……)
「マツシタ! マツシタ、しっかりして! こんな怪我……」
ルイズにはもう何も出来ない。イーグル号は混乱の中、急いで出発してしまった。グリフォンも『ヴィンダールヴ』の支配を逃れ、敵陣へとワルドを追って行った。

「ルイズ! マツシタくん! 乗って!」
救援が来た。キュルケとタバサとギーシュが、シルフィードに乗って迎えに来たのだ。「ほら、早く!」ルイズは怯えながら、松下を背負ってシルフィードに乗る。こんなに軽かったのか、このクソガキは。降りしきる雷雨の中、風竜は悲劇と惨劇の舞台となったニューカッスル城を飛び立つ。

「この雷雨で火薬も湿気ちゃうんじゃない?」
キュルケが軽口を叩くが、レキシントン号から轟音とともに砲弾が斉射され、城門が崩れ去る。落城だ。誰も助かるまい。アルビオン王家は終わりを告げ、新国家が生まれる……。

【幕間2 悪魔】

浮遊大陸アルビオンの北東部、岬の先端に聳え立つ名城ニューカッスル城は
激しい敵艦からの砲撃と、百倍を超える大兵団の前に、遂に陥落した。ウェールズ皇太子は、混乱の最中に味方の裏切りで死亡。老王ジェームズ1世は城を枕に討ち死に。アルビオンのテューダー王朝は断絶した。

略奪が始まるも、もはや目ぼしいものは軍資金として売り払われ、非戦闘員は逃れた後。腹いせのように、残った将兵は嬲り殺しにされ、仲間同士の醜い争いも始まる……。

「おおミスタ・ワルド、不用意にあの姿を現さないで頂きたい。こちらの兵にも死者が出たぞ」
「いやいや、済まないねクロムウェル閣下。ちと面白い奴らがいたもので」
部屋に入ってきた青年貴族、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド――――今は彼を乗っ取った『魔眼のバックベアード』が、にたりと笑いながら答える。松下の放った照魔鏡の閃光で右目を焼き潰され、隻眼だ。相手は三十代半ばの痩せた男。法衣を纏い、カールした金髪に聖職者の帽子を載せている。

ここは陥落した城内の一室。時は深夜。忌まわしい者たちの策謀が巡らされていた。

「ウェールズの命とアンリエッタの手紙は私が奪った。この恋文があれば、トリステインはゲルマニアと同盟を結べず孤立するだろう。姑息な作戦だ」
「どちらにせよ侵攻するのに変わりはないさ。『聖地』に攻め込む前に、少し地上基地を作るだけのこと。遅かれ早かれ、地上の諸国は皆我ら『レコン・キスタ』の下にひれ伏す!! 忌まわしきエルフさえも!!」
『レコン・キスタ』の代表者、貴族会議議長オリヴァー・クロムウェルは、興奮して諸手を天に掲げる。彼は人間であり、魔法さえ使えない『平民』の司教に過ぎなかった。だが……。
「そうなれば、私の野望も叶うというものだ。協力は惜しみませんぞ」
部屋の隅で声がした。低い嗄れ声、巧みに人心を捉えるような魔性の声。

「ふっはははは、感謝しますぞベリアル閣下。あなたが水の精霊から『アンドバリの指輪』を奪い、古臭い王家を倒せるほどの強力な軍勢と権勢を私に授けて下さった。あなたこそ私の救世主、いや、神かもしれない!」
そこにいたのは、白髭の老いた貴族の姿をした悪魔ベリアル

偉大な公爵、炎の王、虚偽と殺戮の貴公子、隠れた賄賂と暗殺の魔神。闇の王にしてこの世の王。無価値・邪悪がその名であり、堕天使のうちで最も美麗にして卑劣。悪魔の王サタンの別名。クロムウェルは司教でありながら、悪魔と結託したのだ……。

「どれ、恋文を拝見させてもらおうか。ひひひひ」
クロムウェルが下品に笑い、亡きウェールズが遺した古い手紙の封を切る。
すると封筒の内側から青い炎が立ち昇り、彼の手を焼き焦がした!
「ぎゃあっ!? 何だと!?」炎は手紙自身をも焼き捨て、白い灰が残る。
「ふふん、魔法の封印かな。どうもあの『東方の神童』のにおいがするぞ」
『ワルド』とベリアルは、呻いてうずくまるクロムウェルをゲタゲタと嘲笑した。

「さてクロムウェル閣下、アルビオンは滅び、その空中艦隊も接収できた。準備が出来次第、難癖をつけてトリステインに侵攻することになろう。その前に私はゲルマニアとガリアを巡り、援軍が送れないよう宮中に細工をしてこよう」ベリアルが提案する。
「戦場の後始末と軍需物資の徴発には、私の部下をお付けしよう。アルビオンの貴族より有能だよ」

ベリアルの足元の影から、二体の悪魔が現れる。片方は二つの鴉の頭を備え、黒い体と鉤爪を持つ。もう片方は猿のような顔に黒猫の耳と尾を備え、小役人の制服を着ている。
「富の魔神マンモンと、地獄の出納係メルコム。力はたいしたことないが、地下資源や金銭に関わることならお手の物だ。きっとお役に立つだろう」
悪魔たちは人間に姿を変え、相手を軽蔑しきった笑顔でクロムウェルに恭しく一礼した。

クロムウェルは歯ぎしりしながら立ち上がる。
「頼みますベリアル閣下。陰謀にかけてはあなたの右に出る者はいない」
「そうだともクロムウェル閣下。私は『人の子』に虚偽と悪意と怒りを吹き込み、それを大きく育て上げるのが何よりの愉しみなのだからね……」
ベリアルはこの上なく邪悪な笑みを浮かべ、闇の中へ姿を消した。
ワルドも同様に部屋から立ち去り、クロムウェルと二人の悪魔が残された。

「新国家は、『神聖アルビオン共和国』とでも名づけよう。私の、私の国だ。わ、私は神聖皇帝だ。平民も貴族どもも、この指輪で支配してやる」
クロムウェルは、アンドバリの指輪の妖しい輝きを見ながら、呟いた。心を操り、死者にさえ仮初めの生命を与え、傀儡とする指輪。その使い手もまた傀儡であった。
「ではお二方、まずは皇太子のご遺体を探し出して欲しい……」

「ご苦労だったな、土くれのフーケ。いやマチルダ・オブ・サウスゴータ」
ラ・ロシェールの町に取り残され、場末の酒場で不貞腐れていたフーケのもとに、再び白い仮面の男が現れる。
「おかげさんでね、ワルド子爵。小童たちの足止めくらいにはなったかい?
 ……あたしは年増じゃない、二十三歳は女ざかり……ブツブツ」
よく分からないが、精神的に何かショックを受けている。ちょっと眼がうつろだ。

ワルドが仮面を外し、隻眼になった素顔を見せる。本体は雲の上のアルビオン、ここにいるのは『遍在』の分身だ。
「ふふふ、トライアングルメイジは結構な戦力だ。もうすぐひと働きしてもらうさ。なあ、年増、小母さん、オールドミス。ウワッハハハハハハハハ」
「ブチ殺されたいかい……と言いたいが、あんたとは格が違う。やめとくよ。命と自由とが保障されて、カネさえ貰えりゃ文句はないさ」
フーケ、いやマチルダも、ワルドの漂わせる冷たい妖気に引いている。

彼女はアルビオン貴族の出身。家はサウスゴータの太守で、かつて王家により家名を取り潰された。アルビオン王家が滅んだと聞いても、ざまあみろと思う以上の感慨はない。いまさら貴族様に戻る気もないし、盗賊稼業が性に合っている。守りたいものもある。……でも、一応結婚願望はあるのだ、やっぱり。

(ああ、始祖ブリミル様。どうかあたしに、いい男をお与え下さい。ロリコンの妖怪とかじゃなくて)

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