空母

オールナイトニッポンは、僕にとって空母みたいな存在。----若林正恭

まあとにかくラジオを聴いて過ごしている。
ラジオとの邂逅は小学校4年生に遡る。父親から、CDコンポとラジオが合体した機械を譲り受けたのだ。

風呂から上がり、自分の部屋で暇になり、何気なくラジオを付ける。
当時、22~3時台にはニッポン放送で「東貴博のヤンピース!」「銀河に吠えろ!宇宙Gメンたくや」という番組が放送されていた。
ともに所謂中高生向けの番組で、何が面白くて聞いていたのかは覚えていない。ただ、『宇宙Gメンたくや』こと星野卓也が「爆笑!レッドカーペット」に出演しているのを見た時は、自分だけが知っている人だ!と、身体の中を電気が走ったような感覚を得たのを覚えている。
よく聴くラジオパーソナリティに対して「自分だけが知っているから応援しなきゃ」と感じられるのは、ラジオを聴く人の特権のひとつだ。

はじめてラジオを付けたとき、AM1242khz(キロヘルツ)がチューニングされていた。ニッポン放送の周波数だ。
僕は、周波数を変える術を知らなかった。
周波数を切り替えようと試みたことはあった。
しかし、他のチャンネルはノイズが流れるばかりで、たまにハングルの放送が聞こえる程度だった。
954Khz(TBSラジオ)、1134Khz(文化放送)、1422Khz(ラジオ日本)にたどり着く前に、チューニングは諦めて1242Khzに戻していた。
小学校の間、遂に僕はニッポン放送だけを聞き続けた。

両親の教育方針からか、家でダウンタウン、とんねるず、ロンドンブーツ1号2号の番組が流れることは無かった。
僕は、いわゆるPTAが嫌うテレビ番組を見ずに育ってきた。そのため、エンタメについて限定的な情報しか持っていなかった。
「クレヨンしんちゃん」を見たことがない。
しんのすけがケツ丸出しになるシーンが頻発したり、下品な印象があるからだろう。今となってはことある毎に自身のケツを笑い種にする大学生に育ってしまったが。
無菌室で育てられた実験動物は、対称群の動物たちと比べてウイルスに弱いと言われる。
世間的に良しとされる番組ばかりを見てきた反動からか、僕は、劇物である深夜ラジオにどっぷり浸かっていった。

小学校六年生の秋に始まった「オードリーのオールナイトニッポン」(土曜25~27時)は僕の人格形成において大きな影響を与えた。
2008年のM-1グランプリで敗者復活から準優勝をかっさらい、スターダムを駆け上がっていったオードリーは、2009年に数度のお試しを経て、秋からオールナイトニッポン土曜パーソナリティに就任した。
現在10年目に突入したこの長寿番組は、良いことも悪いこともいろいろ教えてくれた。

いまの僕のコミュニケーションのイロハを教えてくれたのもこの番組だと言っても過言ではない。
一般的な小学生がテレビから教えてもらうそれを、僕はラジオから得た。

僕は比較的厳格な家庭で育った。ある種、俗世間離れしていた僕は友だちとコミュニケーションをとる術を身につけることができなかった。
小四から徐々に改善の傾向が見られたものの、中学に入学して以降もその悩みを抱えたままだった。

オードリーのオールナイトニッポンを聴いていると、「エピソードトーク」という概念があることを知った。

そうだ、これだ。

僕は、中学二年生の時「Wデートが失敗したショックから、友達が帰りに寄ったボウリングでスコア34を叩き出した」というエピソードトークを15分の尺で披露した。

結果、死ぬほどスベった。

やはりトークは経験値がモノを言う。冗長な部分はバサバサ切り捨てなければいけない。
これは、ラジオを聴いたことによる弊害だ。パーソナリティ気取りで練られていないエピソードトークを我がもの顔で披露する。でも、成長の糧だと考えればあの経験も意味のあるものだったのだろう。あの日、中学の廊下で部活仲間5人にスベった僕がいるから、事ある毎に司会を承る今の僕がいる。

会話のシステムについて深く考え出したのもこの頃だった。
オードリーのオールナイトニッポンでは、テレビと違い、ボケ-若林、ツッコミ-春日というシステムで進行される。
若林のボケ/例えツッコミの中に、連想ゲーム式に言葉のイメージを膨らませていくパターンがある。僕は、このパターンを自分の中で昇華させる作業を繰り返した。
短い会話をポンポンと繰り返し、小気味よいテンポで掛け合いを紡ぐ。
高一の頃には、いつの間にかコミュニケーション能力も身についていた。

春日の「人生なんて自分が楽しければそれでいい」という考え方にも大きな影響を受けた。
売れる前、若林が「(俺はこんなに悩んでいるのに)お前は売れたいと思わないのか?幸せになりたいと思わないのか?」と春日に問うたことがあった。春日は、数日グーっと考えた後「(売れていない)今の状態で十分幸せなんですけどダメなのか」と答えたという。
そんなエピソードを聴くと、僕は心が躍った。なんて自由なんだろう。確かに自分が楽しいと思える人生ならそれでいいじゃないか。
高校生も終わりに差し掛かる頃には、僕はケセラセラの思想を我が物にしていた。

若林はオールナイトニッポンの放送過程のうちに、人見知りを克服した。
「虎の被り物事件」に代表されるように、初期の頃から、若林は自身の胸中を吐露することが多かった。
中学から男子校だった僕は、「女子に話しかけられない」といった類の話をする若林を見守る気分でラジオを聴いていた。
大学に入り、春日に言わせれば「オンナがいるぞ」状態に陥った僕は、数年前の若林の悩みに近い思いを抱えることになる。
自動車教習所で目の前に女子がいることにテンションが上がり、とりあえずテキストの空白部分に女子の後ろ姿をデッサンした。六年間のブランクは余りにも大きかった。
ただ、中高で培ったコミュニケーション能力のおかげか、同級生の女子と話すことには不自由しなかった。しかし、「女の先輩」という新たな強敵はその限りではなかった。
姉もおらず、中高時代、先輩付き合いもしてこなかった僕はこの難敵攻略に苦心した。
そんな時、若林の人見知り解消の過程を思い出した。

『僕には才能がない。特別な才能がないからこそ自己ベストを更新し続けるしかないという諦めは、僕にとって自信になった。
意外だった。
良い結果の連続が自信を生むと信じ続けてきたから。この自信は「結果」がもたらす自信よりも信用できるものだった。
(中略)
かくして、僕は時空の歪みが生む渦(結果)を必要とせずに自分と社会の往来ができるようになった。』
社会人大学人見知り学部卒業見込み(著:若林正恭より一部抜粋)

そうか。ある種の諦めと自信が必要なのか。
若林の何年ものSOSはそれを伝えてくれていたじゃないか。
そう気づいてから、僕は他者という曖昧な基準を気にしないようになった。自分自身の新しい基軸を持って生きるようになった。
すると、不思議なことに僕の人見知りも克服されていった。

2019年3月2日。
僕は上野の映画館にいた。

「オードリーのオールナイトニッポン 10周年全国ツアー in 武道館」ライブビューイングの会場だ。
お笑い芸人のライブでは史上最大規模らしい。武道館1万2000人に加えて、全国41箇所の映画館で約1万人のリトルトゥースがこの日を心待ちにしていた。僕は武道館のチケットを逃し、なんとかライブビューイングの切符を手にした。

内藤の真似をして入場する若林。
オープニングで「一緒にお笑いやってくれてありがとな」と先走る若林、困惑する春日。
ASKAは自分より格が「下になった」と豪語する春日。
存命の春日の父親とお隠れになった若林の父親をプリントした特注のパーカー。
「狙ってるオンナ」の呼称を「狙女(そじょ)」と言い換える若林。
復ビン。
宗岡芳樹とハライチのターンのテーマソング。
今年度最高クラスのフリートークを揃えたオードリー。
「狙女」ことドッグカフェ店員のクミさんの登場。
藤井青銅パネル破壊。
ビッグスモールン&奥田泰にボコボコにされる若林。
持ちネタを華麗にスルーするバー秀。
不覚にも浅草キッドに泣かされたビト。
カオスな♂×♀×Kiss。お姉さーん!
夢芝居×MC.wakaの「舞台役者、なってなければ絶対ヤクザ」のパンチライン。
常連ハガキ職人が勢揃いしたしんやめ。

迫り上がるセンターマイク。
正装に着替えたオードリー。
歴史を振り返りながらアドリブ多めの漫才大回し。
「命尽きるまでだよ」という台詞。
アドリブ多め、30分の独壇場。

エンディング。
舞台袖に引き上げる若林の目には涙。

時計の針は20時過ぎを指していた。16時半に開演したということは、公演時間なんと3時間半!
(バー秀のトークを除いて)一切弛れることのなかった圧巻のステージ。

格好よかった。

家に帰り、25:00から生放送のオードリーのオールナイトニッポンをリアルタイムで聴取する。
まだ余韻が残っている。眠いのに、なぜか眠る気になれない。

『ずっと今日が終わらない
明日を始められない』

10周年ツアーのテーマソング・よふかしのうたの一節を思い出す。
今日の呪縛を解き放たないと、明日に進めない。
来週からも放送は続く。僕の就活も続く。
2万2000人を乗せた空母は、これからも航海を続ける。
僕だけ降りる訳にはいかない。醒めやらぬ興奮を抑えて、今日はなんとか眠ろうと思う。

衝動のままに書き殴ってしまった。
とにかく、何を伝えたいかと言うと、
「今日のライブは最高にアツかった」ことと、「よかったら興味ない人もオードリーのオールナイトニッポンを聴いてみてくれ」ということ。

おやすミッフィーちゃん。
アディオス。

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ありがとうございます!!😂😂