ファン

先日、後輩と、「プロ野球選手の中で誰をいちばん応援していたか?」という話になった。
僕は堀内政権時代からの巨人ファンであり、15年ほど野球を見てきた中で、松本哲也という選手がいちばん好きだ。
即答するのもなんか違うと思い、少し迷ったふりをして「うーん、松本哲也かな」と答えた。この「うーん」には、「いや、別にそこまで誰かに入れ込んだってわけじゃないけど、一応この選手が好きだったかなあ」という女々しさが含意されている。

「ええ!嘘だ!」
ソフトバンクファンの彼は言う。
「松本!?もっといるじゃないですか、巨人なら上原由伸阿部坂本とか!」
もちろん、上原は物心ついた頃からのエースで、メジャーでもその勇姿に感動した。高橋由伸は引退する時の記念Tシャツまで買ったし、阿部は過去見た中の最強キャッチャーだ。

それは分かる。
分かった上で、松本哲だっていい選手だ。
背番号三桁の育成選手から這い上がり、特徴的な天秤打法で黄金期巨人でセンターのレギュラーを勝ち取る。日本生命の全国放送のCMに出演し、ゴールデングラブ賞も獲得した。ある年には打撃が覚醒し、4月は4割を超えるペースでヒットを重ねながら、途中離脱してフェードアウトする儚さも併せ持つ。
そんなストーリー性と華やかさは、十分応援したくなる。

僕が個人の応援グッズを買ったことがあるのは、引退時の高橋由伸を除くと、二岡、松本哲の二選手だ。
だから、別に松本が好き、というのは嘘でもなんでもない。
真っ向から否定されたことに憤慨よりも困惑が勝りつつ、彼に問うた。
「じゃあオメーは誰がいちばん好きなんだよ」

「俺は松中ですね、絶対」
「俺はスカしたりしないんで」
食い気味に答えてくる。
松中信彦。
小久保、井口、城島と共に30本塁打カルテットを記録。平成唯一の三冠王にして、第一回WBC優勝の立役者のひとり。
文字通りの大スターだ。確かにダイエー・ソフトバンクには絶大な人気を誇る。まあ王道中の王道。

「じゃあ」
彼が続ける。
「二番目に好きな選手は誰ですか?」
「二岡かなあ」
グッズも買ったことあるし。野球見始めた時のショートだし。二軍調整中の二岡にジャイアンツ球場にサイン貰いに行ったことあるし。あとかっこい
「モナ岡じゃないですか〜」
二岡が山本モナと不倫報道が出たことをニヤニヤしながら弄ってくる。我が後輩ながら嫌な奴だ、と思う。
「9800円のホテルで不倫するなんて巨人軍の品格に関わる」という論法で二岡を批判したレジェンドもいたり、野球ファンのみならず芸能ニュースで取り上げられていたことから、二岡イコール山本モナ、という一見よくわからない連想ゲームが未だに成立する羽目になっている。
ただ、何をしようと好きなものは好きだし、ユニフォームを買って東京ドームに足を運んだし、少年時代の僕は、ゴーゴーにおっかー、と声を枯らして応援していたことに変わりはない。

「スカしまくるじゃないですか〜」
いや、違う。二岡はスターだ。
本当にそう思っているからこそ困惑する。
「お前の二番目は誰なんだよ」
「うーん…、三浦大輔ですかね」
この「うーん」にも、誰をチョイスしたら突っ込まれないかという逡巡が含意されているはずだ。

「お前もスカしてんじゃねーか」
「え?」
「球団でスカすなよ」
彼はソフトバンクファンだ。なのに、横浜のエースを挙げるというのは、僕とは違う角度でスカしにかかっている。
論理構成に綻びを見つけた僕は、嬉嬉として後輩を詰る。根本的には僕も彼と何も変わらない。

そういえば、僕は友達とプロスピの対戦プレイをするとき、必ず数人の一・二軍の選手を入れ替える。
ある年の野間口貴彦は、☆1~99のうち☆35程度の低評価で、デフォルトだといつも二軍にいた。僕は、毎回野間口を一軍に上げた。
変化量1と3の二種類のスライダー。プロスピというゲームの特性上、ボールの回転を読み打ちされることがある。変化量の違う同球種は、読み打ち傾向のプレイヤーを幻惑するのにちょうど良い。
毎回、点差の切迫した7回あたりに登板させると、快刀乱麻のピッチングを披露する野間口。僕は、いつの間にか野間口のファンになっていた。
リアルな野間口は、一シーズンで一ヶ月だけ覚醒して好投を披露し、すぐに二軍に帰っていく。そんな選手だった。
数億とも噂される裏金を貰い、ドラフト一位で巨人に入団。にも関わらず、思うような活躍ができずにサイドハンドに転向する試行錯誤っぷり。そんな人間味溢れる野間口が好きだった。

また、僕はセペダという助っ人外国人が大好きだった。
フレデリク・セペダと言えば、誰もが震える大打者で、WBCキューバ代表の錚々たるメンツの中で四番を張っていたこともあるスターだ。
キューバがアメリカと断交しているという政治事情から、キューバリーグのスターがNPBに来ると聞いて、日本のファンはみんな期待した。
あの打棒が見られるのか。早くNPBで走り回ってくれ。「世界」を見せてくれ。
大きな期待を一身に背負って、セペダ、デスパイネ、グリエルらが来日した。しかし、後者二人は大活躍しているにも関わらず、セペダは全く打てない。
衰えているのか、と疑ってみても、キューバリーグでのセペダは怪物級の成績を未だに残し続けている。国際戦も同様だ。
そして、完全に「日本に合わないだけ」という答えが導き出されると、ファンはセペダを叩き始めた。
お散歩マシーン。内角を攻められると身体を「く」の字に反らせる姿。打てない守れない走れない。
僕は悔しかった。
悔しい、と周りに伝えても、半笑いで「セペダなんかに期待すんなよ」と慰められた。
セペダの練習姿勢が極めて真面目で、スターにも関わらず驕らないスタンスに同情の視線を送る、といったスポーツ紙の報道に、僕は悔しさを募らせた。

セペダは翌年も巨人に戻ってきた。
正直、ファンの僕からしても成績は惨憺たるものだったが、キューバとの今後の関係のためなのか、若いキューバンピッチャーを連れてセペダは戻ってきた。
セペダのユニフォーム買ってやろうか、と思ったけど、来年以降は使えなくなる気がしたので諦めた。

予想通り、というと悲しいが、セペダは二年目もサッパリだった。
無安打。まさかのノーヒット。持ち前の選球眼でフォアボールは勝ち得ていたものの、未だにノーヒット。
そんな中で、僕はロッテ対巨人戦を千葉マリンスタジアムまで見に行った。席はレフト側外野指定席。巨人の応援席だ。
「レフト・セペダ」
セペダがスターティングラインナップに名を連ねる。失笑にも似た歓声が上がる中、僕は「うおおおおおおお」とひとりテンションを上げた。
守備につくセペダに、「セペダーーーーー!」と大きな声をかけた。日本にもあんたを応援してるファンがいるんだよ、と伝えたかった。好きなことは早めに伝えないと、セペダはいつ消えるか分からない。セペダはこちらに気づくと、イニングの合間にこちらに手を振ってくれた。僕はばしばし写真を撮った。周りは誰も気にする素振りも見せなかったが。
何打席か凡退したのち、セペダにチャンスで打席が回ってきた。
ノーアウト三塁。RBIチャンス。「.000 0本 0打点」とゼロが並ぶ成績に風穴を開けるチャンス。
ブン、とセペダが空振りする。
「代打出せーーーー!」「頑張れえーーーー!」と、ここまで来ると巨人ファンもロッテファンも同情か怒りか、悲喜こもごも様々な野次が飛んでいた。
ガコン、と鈍い打撃音が響き、セペダが走り出す。
ショートが打球に追い付き、ファーストに送球する。ドタドタと全力疾走するセペダとの一騎打ちだ。
息を呑む。
アウト。
うなだれるレフトスタンド。
三塁ランナーがホームに生還し、セペダに打点が記録される。
微妙な空気の中、ビバ・ジャイアンツが流れ、タオルを回す。僕は嗄れるほどの大声で得点テーマを歌った。

結局、セペダはその年で巨人を退団した。
あの当時の熱狂の理由はもう分からないが、確かに全力でセペダを応援していた。

松本哲也。二岡智宏。野間口貴彦。フレデリク・セペダ。
確かに僕の好みはスカしているのかもしれない。でも、本気でスカしているのだ。別に斜に構えているわけじゃない。
坂本も菅野ももちろん好きだし、小笠原もラミレスも好きだった。それでも、もっと心を打たれたのが世間的に「スカしてる」と思われる選手だったというだけの話だ。

ちなみに、今年は坂本工宜という若手投手を推している。
昨年から二軍で頭角を表し、今年の春に支配下登録された荒削りな中継ぎ投手だ。一軍では2試合に登板し、防御率13.50。前途多難ではあるけれど、今後の活躍を切に期待している。

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