見出し画像

君のプライドを守りたかった

2021年7月26日


愛護センターの檻越しに対面した老犬は、
白内障で視力を失い、ガリガリにやせ細り、
皮膚病に侵されていた。

「かわいそう」という感情が打ち消されるほどに
老犬の全身から強い気高さを感じた。
「おい!早くここから出せよ!」
フラフラした足で必死に踏ん張り
吠え続ける老犬が
凛とした姿に感じるのはなぜだろう?
かわいそうな程ボロボロなのにな…


気高い老犬


こうしてレスキューしたのが…
「ハクジィ」という老犬だった。

栄養状態と皮膚も日に日に良くなり、
あっという間にフサフサ長毛のイケジィに。

「ホスピス棟」の仲間たちとも、
上手に付き合えるようになったものの…

プライドの高いハクジィは、
耳が遠いからと大きい声で呼ばれたり、
目が見えないからと気を遣われたり、
赤ちゃん言葉で話しかけられると
「なめんなよ!」ひどく怒っていた。

「人間とどう接して良いものか…?」
強い迷いがハクジィから感じられた。
尊重していることがハクジィに伝われば
きっと、ハクジィも変わってくれる…はず?

スタッフやボランティアさん達に
ハクジィとの接し方を事細かく伝えた。
自信に満ち溢れた表情を
ハクジィから奪いたくなかったから…

みんなに尊重されてることに
ようやく気付いてくれたハクジィは…
顔をうずめながら静かに甘えてくるようになった。
気難しい頑固ジィサンに、
こんな甘え方されるようになれば…
もうね、「かわいい」の感情抑えるのに必死!!
冷静沈着にハクジィと接することを心掛けていた。
ハクジィのプライドを尊重するために…


プライドを守るために!


だけど…
認知症からの夜鳴きや旋回が
日に日に増えていった。

足腰が弱りながらも、自力で食べてきたご飯も…

レスキューして2年…
食事介助が必要になった。

ハクジィは自信を失った…

自分の力で立てなくなったハクジィは、
悔しさと哀しみでいっぱいだった…

今の自分を受け入れて欲しい!
寝たきりになろうが、介助されようが、
ハクジィはハクジィなんだ!…と、
プライドを持ち続けて欲しい!
気位ハクジィのままでいて欲しい!

ハクジィは…
2年間過ごしたホスピス棟を離れ
隣接する「療養の家」に引っ越した。


老いに逆らうことはできないけど…


たとえ作為的な「家庭」であっても、
ハクジィは「家族」というものを
しっかりと感じ取っていた…と思う。
少しずつハクジィらしさを取り戻していくが、
それ以上に気負うことを辞めて
自然体で生きてるハクジィの姿に胸を打たれた。

24時間体制での介護生活の中でハクジィは、
「介護される自分」を受け入れると同時に、
私の存在を認めてくれるようになった。

ちょっとでも離れようものなら、
体を引きずりながら…
全身に力が入りすぎた結果、
糞尿まき散らしながら
必死に私の姿を探すようになり、
゛アチャ~(-_-;)゛半面、嬉しくもあったが…

あんなに気位高かったハクジィが、
どんどん赤ちゃんになっていく姿に
これで良いのか?…という迷いもあった。

ハクジィの自尊心を、
私自身の手で
壊してるような気がして…


ターミナル期


ハクジィの介護生活6ヶ月目に突入した頃、
三重県鳥羽市の出張が決まった(それはまた後ほど…)
三泊四日の出張、大丈夫だろうか?と思った矢先、
出張前日、ハクジィは食欲不振と軟便をくり返した。
出張中止の覚悟もしていたが、
出発ギリギリで予想外の体調回復…。
予定通り、三重県鳥羽市に向けて飛んだ。

夜間介護を頼んだボランティアさんからは、
「ハクジィ良便で食欲もあり、夜鳴きもありません」
えっ?あの前日のハクジィは何だったんだ?
正直、拍子抜けした。

だけど…
三泊四日の出張を終え帰宅した直後、
ハクジィの真意に気付かされた。
必死に私の姿を目で追いながら、
明け方まで延々と夜鳴きが続いた。
「いい子にして待ってたんだよ!」
そう言ってるかのように…

出張帰宅から三日後…
ハクジィは「ターミナル期」(終末期)に入った。
おそらく、出張前日の体調異変が
ターミナル期に入るサインだったのかもしれない。
なぜ、出張当日持ち直したのか…?
なぜ、出張中に異変がなかったのか…?
「非科学的」だと言われるだろうけど、
私に心配や迷惑かけないよう、
ハクジィの意志で自身の心身を懸命に
コントロールしてたような気がしてならない…


看取り期へ…


「ターミナル期」を終え、
「看取り期」に入ったハクジィは
しんどさから解放され、
穏やかで安堵な時間を過ごした。

ハクジィの周りには、
猫たちがいつも傍に居てくれた。
私自身、ハクジィを失うことの悲しみ淋しさよりも、
老衰で最期を迎えられるハクジィは
なんて幸せな子だろう!…と、
前向きな感情が強く、毅然とした気持ちで
ハクジィと向き合ってたのに…

お気に入りのネズミのおもちゃを咥えて
こっちに歩いてくる猫のネバー。
ポトン…とハクジィの枕元に置いて
ハクジィの顔を心配そうに覗き込むネバー。
まるで、お気に入りのおもちゃを
ハクジィにプレゼントするかのように…。

ヤラレタっ!!
ネバーの優しさと
ごくごく自然な二人の絆を目の当たりにし、
一気に涙があふれ出た。
嗚咽しながら泣いた。

「老衰は幸せな最期」
自分にそう言い聞かせてただけかもしれない。

老衰死だろうが自然死だろうが
本当は哀しいよ…淋しいよ…
ハクジィを失いたくない!!

これが私の本心のようだ…

2024年5月2日 AM3:26
ハクジィの呼吸が変わった。

だけど、苦しんでいる感じはない。
どこか心地良い感情が伝わってきた。

呼吸が変わってからちょうど4時間後…
嘔吐や下顎呼吸が一切なく、
深く息を吸いながら、呼吸が止まった。
なんて穏やかな最期なんだろう…
「眠るように息を引き取った」
この言葉通り…綺麗な最期だった。

生前、ハクジィがひなたぼっこしてたこの場所で

ハクジィは荼毘に付した…

療養の家の犬猫たちも
仲間だったハクジィの収骨に参加…

いつもハクジィを見守ってた長老猫のイチ…

まるでハクジィがソコに居るかのように
今日も見守ってくれてるよ…ハクジィ!

三泊四日…大事に時期にハクジィと離れ
出張に向かったことに
一ミリの後悔もありません。
むしろ、出張に行って良かったと思います。

あの出張がなければ…
ハクジィの優しさと凄さに気付かないまま
終わってたと思います。

半年間の介護生活で
赤ちゃんになったハクジィだけど、
気高く男気のあるハクジィ本来の姿は、
何ひとつ失っていませんでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?