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エンジェル OF デス

Mは公園のベンチに座っていた。

昼前の公園は、人も少なくひっそり

としていた。

Mは腫れあがった顔をタオルで

冷やしていた。

昨晩、飲み屋で多人数のグループに

絡んで、散々に殴られた。

ケンカの種は、くだらないことで

今では、何だったか思い出せなかった。

Mはいつもイライラしていた。

他人にも、社会にも、自分自身にも。

何もかもが、いやになっていた。


高校を卒業するまでは、クラスでも

人気者で、癖のある教師の物まねが

得意で、いつも皆を笑わせていた。

「お前、芸人に向いているよ。」

「そうよ、絶対芸人になれるわ。」

生徒に限らず、

教師にまでよくそう言われた。

これと言った夢もなかったので

なんとなく、芸人になって

一発当てて大成功をしてみたいと

思うようになった。


Mは大阪に出てきて18年になる。

当初の夢はすっかり色あせていた。

芸人の世界は、

そう簡単なものではなかった。

素人芸が受けても、

プロの世界では

全く、笑い一つも取れなかった。

相方とも、上手くいかず

コンビ解消をくり返していた。

焦りと不安が日々Mを襲った。

酒に走っては、ケンカを繰り返していた。

もう、誰一人

相手にしてくれなくなっていた。


「おい、よう腫れてるな~。

いたそうやな~。」

と声をかけたられた。

顔をあげて見ると、

Mと同じくらいの年恰好の男が

笑いながら立っていた。

「勝ったんか?負けたんか?

その顔やったら負けたな。」

遠慮なく話しかけてくる。

「うるさい、お前に関係ないやろ。」

「なんやねん。芸人やったら面白い返し

せなあかんやろ。」

「おまえはだれや。

なんで、芸人と知ってるねん。」

「すまんすまん。

しょんぼりしてたから

声かけたんや。」

とその男は言った。

「そやから、

お前誰やと聞いてるやろ。」

とMはもう一度繰り返した。

「俺か、エンジェル オブ デス や。」

「なんやそれ、お前も芸人か?」

「まあ、そういう事にしとこ。

今のお前は、30点や。

合格は70点以上やから

まだだいぶん足らんわ。」

「ええか、

今お前が死にたいと例え思っても

点数が足らんのや。

努力が足らんのや。

そう簡単に死ねると思たらあかん。

死ぬことは、

立派に生きた人のすることや

お前は、それに値せんという事や。」

「は~あ。それお前の持ちネタか。

いきなり漫才でも始めるんか。

変わったネタやけどおもろそうやな。」

とMは切り返した。

「お~、調子出てきたやないか。」と

デスが言った。


その様なやり取りを繰り返しているうちに

Mはこいつとは、会話のテンポが合う

ことに気付いた。

「デスさんよ、俺な相方に逃げられてん。

良かったらコンビ組んでくれへんか?」


「それで残りの40点稼ぐ魂胆かいな。」

とデスが笑いながら言った。


コンビの「エンジェルとデス」

が誕生した。

デスのボケのかまし方がうまくて

テンポも速く、Mの突込みと相まって

今までにない手ごたえを感じた。

ネタは、デスが作った死神の話で

死にたい願望の人間から、

『死神見習い』が付きまとわれ

怖くなって本家の方が

必死に逃げ回るような話だった。

デスは、できるだけ

即興を入れたいので

お前が、

死にたいと思った事をしゃべれ。

俺が上手く

笑いに持っていくと言った。


舞台に立つたびに、拍手が増え

小心な「死神見習い」の

デスのしぐさが絶妙で

受けに受けた。


この頃になると、

Mはすっかり自信を取り戻し、

酒におぼれることも無くなった。


舞台の後、

遅めの夕食をとっている時

Mはデスにしみじみと話しかけた。

「今やから言うけど、

お前と出会った時

俺はほんまに、

生きるのが嫌になってたんや。

どないして死のうかと、

考えてたんや。

お前と出会えて、良かった。

お前のおかげや。ありがとう。」

するとデスは

「そやからゆうたやろ。

おまえは30点やと

40点たらんと。

このままあの世に行かれたら

俺が怒られんね。」

また、デスがネタの続きを始めたと

Mは思った。


でも、デスは真顔だった。

「お前は、嘘やと思っていたけど

俺は本物の『死神見習い』やで。」


「お前は、俺が初めて担当する

クライアントなんや。

お前のような出来損ないを

どうして連れて帰られる?

そこで、仕方なく

あと40点上乗せさそうと

俺も必死やった。

まあ、

面白い経験もできたけどな。・・・」


天国には、生まれる前に

自分はどのような

生き方をしたいか希望を

レポートにする決まりがある。

死神は、よく誤解されるけど

生きてる人を殺しに行くのが

仕事ではない。

そのレポートの希望を

成し遂げたものを

迎えに行くことが

本来の役目である。

まだ成し遂げないうちは、

そう簡単に連れ戻せない。

そこが、

この仕事の難しい

ところだそうだ。


「お前のレポートは、

大勢の人に笑いを配りたい。

笑う事で、

皆に幸せになってほしいと

書いてあった。

でもお前は、できてなかった。

でも今はなんとか達成した。

どうする、

何とか70点や。

最低限度の合格やな。

そろそろ行こか?」

Mは大慌てで

「待ってくれ。

俺はこの程度の

笑いで満足してない。

お前の70点は大甘や。

まだ20点ほど足らん。

まだ無理や。」


「そうか。俺も忙しい身や。

お前ばかりかまってられへん。

コンビ解消しても

やっていけるんか?」

「当たり前や、もう大丈夫や。

もうちょっと長い目で見て~な。」

「分かった。ほなそなそうするわ。」

と掛け合い漫才のような

やり取りが終わった。

デスは、いつの間にかいなくなった。


死神は、命を奪いに来る

恐ろしい神様ではなかった。

忘れている大志を思い出させて

もう一度生き直す

チャンスをくれる

魂のエンジェルでもある。


「簡単に死ねると思うな。」

これが死神の伝えたい事であった。

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