やがて終わる今。

けたたましいベルの音が脳の奥にまで響き渡り、驚きと共に目覚めた。

ヒステリックアメリカンレディのようにキリキリとわななく目覚まし時計のストップボタンに寝起きのエアダンクをぶち込み止める。静寂に包まれた朝。時計は4:00を指していた。

まだ脳は寝ている。身体も思うように動かない。それでも微かな意識がこれから起きる楽しみを連想させると、僕はなんなく布団から出ることができた。学校にいこう。

東雲まで2時間以上あるだろうか、外は真っ暗である。秋もすっかり深まり、冬の面影をちらすかせるそんな季節の夜明け前。もちろんこの家は僕以外みんな眠っている。誰も起こさぬように細心の注意を払い身支度を整えると僕はすぐさま家を出た。

空を見上げた、星が綺麗だ。とぼとぼと夜道を歩いて、近所のコンビニへ向かう。コンビニでは既に友達が待っていた。ハイタッチを交わす。

そして、僕らは静寂の夜道を笑いながら学校へと向かった。おそらく今日の僕らは日本一早い登校をする中学生だろう。

学校の裏手には墓地があった。その寂しい墓地を突っ切り学校の敷地へと入っていく。もちろん学校にはまだ誰も来てやしない。僕たちだけの秘密の時間。

真っ暗な校舎は物音一つしない静寂に包まれていた。僕と友達は息を弾ませて正面口の時計の下へと向かった。時刻は4時半を少し過ぎている。月明かりが怪しく校舎を照らしていた。

まだきてないな。と友達が僕に言う。僕は、もうそろそろ来るっしょ。と答える。そして、二人で正門の前で缶コーヒーを飲んでいると、一人、二人と友達が登校してくるのだった。

わりぃ、わりぃ、流石にこんな時間に家出るのは手間取ったわ。だの。

いや、普通に怖くね?俺マジでオバケとかダメだからさっきまでコンビニにいたわ。だの。

やかましい中坊達は、夜中の登校にテンションが上がりっぱなしでペチャクチャと喋り出した。さて、取り敢えず何人か来たことだし学校に入りますか。と僕が言うと、みんなもそうだね。寒いから入ろう、ということになった。

僕たちは非常階段を登り、3階の廊下に通じるベランダへと向かった。そして、昨日のうちに開けといた空気を入れ替えるための高い位置にある窓を開ける。

じゃあお前下な。と僕が友達に言うと友達はチッと舌打ちをしながら、かがみ込む。僕がその肩に足を乗せる。他の友達は僕が落ちないように補助する。かがんだ友達が立ち上がると僕はその肩から、高窓に身体をねじ込ませて校内へと侵入する。

そして、校内に飛び込んだら、内側からドアを開けて友達を校内へ招き入れた。完全なる連携プレーである。僕らは無事に侵入すると、シンと静まり返った廊下を歩いて、三年一組の教室へと入っていった。

昼間の活気あふれる景色とは対極の静かな教室。窓から見える曇り空はなんだか恐ろしい異界のように思えた。

電気つけると外からわかっちゃうから付けるなよ。と誰かが言った。そうだな。バレたらめんどいもんな。と誰かが続いた。取り敢えず着替えてサッカーやろうぜ、と誰かが提案した。おっ!いいね。サッカーやって、コンビニ行って、エロビデオ観賞会だな。と誰かがまとめた。

僕らは体操着に着替えると夜の校舎を歩いて、一階の下駄箱へと向かった。みんな夜の学校の薄気味悪さ、もしバレたらやばいと言う緊張感、受験を控えた三年の秋に勉強をほったらかして遊んでる背徳感なんかでドキドキしていた。それがたまらなく楽しかった。

僕らの街は保育園から中学までずっとメンツの変わらないところだった。農業地帯なので古い農家があって、団地があって、新興住宅街があって、養護施設があって、マンションがあって、とにかくだだっ広い学区内に多種多様の人が住んでいた。

僕は2歳の時にこの街に引っ越してきた。そして、そこから地元の保育園に入って中学3年のこの時までの12年間を大体同じメンツと過ごしてきた。途中で引っ越してくる奴も多かったけど、だいたい小中学校は一学年が150人くらいでみんな顔見知りだった。

今、こうして夜の学校で遊んでるメンツもみんな小さい頃からの幼馴染みだ。それぞれの家も親も兄弟もみんな知ってる。もはや友達ってよりも親戚に近い感覚だった。

そんな僕らは中学3年の部活を引退した頃から、ある強烈な感情が芽生え出した。それは間近に控えた別れだった。当たり前のように、呆れるほど楽しい日常を過ごしてきた僕らは、やがて中学を卒業したら別々の道に進むことになる。

言葉には出さないけど、みんなそれを肌で感じたのか、僕らは時間を惜しんで遊ぶようになった。周りは受験で大騒ぎしているけど、僕らは毎日学校帰りは誰かの家にたむろって、何をするでもなく遊んで、塾の帰りは公園で会話して、とにかく時間の許す限り友達と過ごしていた。

特にグレたりもしないで、馬鹿みたいに遊んでいた。タバコも酒も少しだけやってみたけど僕らには合わなかったからすぐにやめた。そんなことより鬼ごっこしてたり、サッカーしたり、みんなでゲームしてる方が100倍楽しかった。

校庭に出ると、遅れてきた友達も合流した。流石に朝の4時に家を出ることができずに5時まで自宅待機していたようだった。いつものメンツの7人が揃った。月明かりの校庭で僕らはナイトサッカーを始めた。

東雲の空が薄紫色に変わり、雲が流れて星が溶けていくようだった。そして月が朧げになる頃に僕らはサッカーをやめた。サッカー部のやつが一人もいないのに朝からサッカーをガチでやってるのは世界で僕らだけだろう。

それから朝の6時に開店するコンビニへと一旦買い出しに出掛けた。会計はある一人の友達がいつも払ってくれた。そいつには頭のおかしい祖母というパトロンがいたので、彼はいつも金持ちだった。僕らは当たり前のように彼から奢られていた。

教室に入り朝飯を食べる。黒板に落書きをする。無駄なハイタッチ、謎のじゃれあい、変なノリからの大笑い、死後の世界がこんな感じだっだらいいのになってくらいの、桃源郷のような空間だった。

6時を回ると外は徐々に明るくなっていた。僕たちは一度息を潜めた。そろそろ教頭が学校の鍵を開けにくる時間だからだ。来た来た来た!と友達の一人が外を指差す。僕らはそっと窓から正面口を覗き込む。教頭は慣れた手つきで鍵を開けている。この後に教頭は職員室の電気をつけてから一階のいくつかの入口の鍵を開けて周る。僕らのいる三階にはよっぽどの事がない限り来ない。

・・・大丈夫そうだな。と友達が言った。そうね。取り敢えずこっちには来ないだろ。ともう一人の友達。僕らはベランダに一列に並んで職員室の窓を監視していた。電気がついて、教頭の影が動いていた。よし、取り敢えず音楽でも聞こうぜ、と僕。

いやいや、教頭にバレたらまずいだろ。と止める友達。いや、大丈夫だろ。聞こえないよ。と根拠のないことを言う僕。仮にバレても正面口空いてるんだから今来ましたって言えば大丈夫だろ。と加勢する友達。僕は、鞄からお気に入りのCDを取り出して、教室のCDラジカセにセットした。音量はもちろんマックスで、入れたCDは

ROCKET DIVE

爆音で曲がかかる。友達が爆笑してる。バレるってと止める友達も口だけで、腹を抑えて笑ってる。何が楽しいか分からないことが楽しくてたまらなかった。ずっとこの朝が続いてほしいと思った。退屈な授業、意味のない集団行動、よくわからない決まり、全部が鬱陶しいだけの学校だったけど、友達と過ごすこの時間が何よりも楽しかった。

いつの間にか西暦2000年のミレニアムイヤーが始まり、それもあと少しで終わる。あと2ヶ月で21世紀がやって来るらしい。テレビの中のニュースは遥か遠くのことにしか思えなかった。不景気、情勢不安、凶悪事件、全てが自分とは関係ないことのように思えた。社会なんて遥か彼方のことだった。でも、もうじき僕らは社会に出ていくのだ。

確実に今という時間が過ぎていって、止まることはない。当たり前だったことにも必ず終わりがやって来る。机の上で踊る友達。破顔する笑顔でコーラを飲む友達、ベランダでそれを笑いながら見てる友達、意味のわからない叫び声を上げる僕。同じ時は1秒だってない。

僕らは僕らでしか作れない思い出を今日もまた一つ作っているのだ。こんな些細なことはきっとみんないずれ忘れてしまうかも知れない。でも忘れてしまってもいいのだ。今が楽しいのだから、それでいいのだ。

案の定、本当に案の定であるが教頭に見つかった。やべぇ!教頭だ!と廊下を見張ってた友達が笑っていた。隠せ、隠せ、お菓子とエロ本とマンガを、隠せ、隠せ、とにかくなんでも隠すんだ。と僕たちは慌てて鞄に色々を詰め込んだ。

君たちこんな朝早くから何をやってるんだ。と教頭が教室を開けた。僕達はニヤニヤしながら受験も近いので朝勉です。と平気で嘘をつく。教頭は少し訝しみながらも、それは大いに結構だが音楽は小さめにね。と注意をしてきた。

教頭はすごく優しい人だった。いつも問題を起こす僕らを暖かく見守ってくれていた。たぶん教頭は知っていたんだと思う。僕らが本当に親が悲しむような悪いことはしないことを。そして、僕らが誰よりも友達を大切にしていることを。だから彼は僕らを尊重してくれた。

こういう大人が嫌いな子供は抑えつけられると余計に反発してしまう。ただ尊重されると責任を持つようになる。僕らは声には出さないけどちゃんとルールを持っていた。誰かを傷つけること、誰かを悲しませること、誰かを裏切ること、これだけは大人も子供もやってはいけないとちゃんと知っていた。

ニッコリと笑った教頭が帰っていくと僕らは今度は小さめに音楽をかけて、軍手を丸めた布球でキャッチボールをしたり、ジャンプを回し読みしたり、意味のない肩パンをしたりしていた。

あっ!そうだ!エロビデオ持ってきたよ。と急に友達が大声を出した。まじで?と一同が目の色を変えて彼を見た。親父の部屋からパクってきた。ジャジャーン!と友達がエロビデオと拳を突き上げた。僕らもふしぎと彼を真似て右手を突き上げた。イェイイェイ。

早速、教室のテレビとビデオの電源を入れて僕達はその「アナーキーコレクション」と言う題名の謎のエロビデオを再生した。

ブスだった。

女優はブスだったし、ババアだった。でもそこには僕らの憧れのオッパイもお尻もついていた。僕達は電気屋の前で力道山の試合を見つめる乞食の子供のようだった。普通にマンコが出てきた。なぜか無修正だった。

すげぇな。あんな風になってるんだな。

確かに初めて見たよ。あのなんて言うの?マンコ?

確かに俺らもいつかあれを舐めるんだな。

いやいや、舐めるってより挿れるんだよ。あれにチンコを。

ちゃんとできるかな。セックス。

どうだろ。ちゃんと練習しないと難しそうだよな。セックス。

やべ、勃ってきた・・・

俺も勃ってきたわ。なんかすごいな。セックス。

僕らは初めての雪を見た南国の少年のように、よくわからないババアのマンコに見とれていた。そして、いつか自分達もやるかもしれないセックスを学んでいた。するとまた廊下をチェックしてた友達が叫び出す。

ヤバイ!イケちゃんだ!イケちゃんが教室に向かって来る!

僕らは焦った。イケちゃんとは僕らのクラスの割と可愛いお勉強のできる女子だ。時計を見ると既に7時を回っていた。僕らは慌ててビデオを止めてテレビを消した。

ビデオデッキの取り出しボタンを連打した。訳もわからずあー!あー!と叫びながら連打していた。早くしないとイケちゃんが来ちゃう。そして、ビデオが出て来るが隠し場所がない。パニクった僕はとっさにビデオデッキの横にあった担任の教材用ビデオテープの棚に「アナーキーコレクション」をぶち込んだ。

まるで奇襲にあった野戦病院の兵士のように、僕達は軽やかに自分の席に身を寄せた。おはよー。と言いながら教室に入って来るイケちゃん。おぅ。おはよう。と勃起を悟られないように平常を装い挨拶する僕ら。

異様な雰囲気を察してるが理由がわからないイケちゃんはぎこちない笑顔で、何してたの?と僕らに聞く。僕らは別に、ただ勉強してただけだよとうそぶく。イケちゃんは納得しないながらも、あっそう。と言って机に向かって自習を始めた。

僕らもその後は自習したり、漫画読んだり、ペチャクチャ喋りながら時間を過ごした。やがて他の生徒たちも続々と登校してくる。

教室が活気に満ちていくようだった。人が増えるたびに賑やかになる教室。僕らはそれを眺めていた。仲のいい女子達が来て会話をする。最近あんたら早くない?と聞かれても、まぁね。受験生だからね。と適当に答えておく。

女子と遊ぶのは好きだし楽しいけど、朝の時間だけは男友達とだけで過ごしたい。声には出さないけどみんなそう思っていた。

やがて、嫌いな担任が教室に入ってきた。あぁこれから気怠い授業が始まるのだ。僕はもうすっかり眠くなっていた。ここからはいつもどおりお昼寝の時間だ。授業はよくわからないから寝るのが一番だった。このまま午前中は寝て、給食を食べたら午後は体育だけ頑張って、またその後は寝て、帰りは友達の家でまた夜まで遊ばなくてはいけないのだ。全く忙しい限りである。

僕はお気に入りのタオルで教科書を3冊ほど巻いて枕を作るとそこに顔を伏せた。そして、ほどよい微睡に落ちかけた頃に友達に起こされた。

なんだよ。と眠りを妨げられて不機嫌な僕。すると友達が教室の端のテレビを指差して言った。アナーキーコレクションどうするんだよ。

あっ、、

そうだ。パニクった結果として僕らの裏ビデオ、アナーキーコレクションは教材の棚のビデオテープの中に紛れ込んでいるのだ。まずいなとは思ったけど、流石に日中に救出はできない。とりあえず眠って、放課後にまた救出しよう。三限の理科で教材のビデオを見ることになってたけど、まぁなんとかなるだろ。

僕は眠ることにした。放課後にまた一生懸命遊ぶために。今はゆっくり休むのが一番だ。

秋の高い空が気持ちいい。窓際の席の僕はそれを眺めながら眠りについた。止まることのない時の中で僕達は今を楽しむことしかできない。そして夢から覚めてもずっと、この楽しい日々が続く気がしていた。

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