妖怪きなこ爺

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妖怪きなこ爺

https://mobile.twitter.com/y_k_j 川端康成、三島由紀夫、澁澤龍彦、西村賢太、北条民雄なんかが好きです。都内の大学の文学部日本文学専攻に在学中なので小説は読む方です。36歳になってしまいました。誠に申し訳ございません。

マガジン

  • 謝りたいことがあるんだ。

    エッセイ風に日々の反省を書いています。

  • 塵箱の中の小説

    とりあえず書いた小説をアップしてます。主に私小説です。本来ならゴミ箱に捨てるような駄文ですが、読んでみていただけると嬉しいです。はい。

  • 24篇の私小説

    時間と音楽をテーマに24パターンの短編私小説を書いています。どれも10分程度で読めますので暇なときに是非どうぞ。 「僕」の一人称語りの小説です。毎回テーマを変えて書いてます。

  • オススメ文学

    文学部文学科に通う大学生の僕がオススメの文学をとことん書きます。小説は読みたいけどよくわからないって人が読めるように、紹介する小説のポイントとか、時代背景とか、作者の情報を書いてます。

  • ゲゲゲと遭遇

    昔書いてたブログからの引用です。水木しげる先生のご自宅にたまたま迷い込んでサインを頂いたお話です。

最近の記事

生きてて欲しいと願うこと。

自分の人生なんてものは常に不幸がついて回って当たり前だと思っている。見た目も中身も人並み以下で、産まれも悪く、非才なうえに、大の努力嫌いに出来てるんだから、それは仕方とないことだと半ば諦めている。 なんだか偉そうに己が運命を諦観した様に「諦めている」と語ってはいるものの、実際に不幸が訪れた際は、人並外れた打たれ弱さと、自分の無能を棚に上げた被害者意識の塊みたいな私は、もう精一杯に打ちのめされて、そろそろ中年に差し掛かろうとするにも関わらず、まるで幼児の如く傷つき、のたうちま

    • 人生はいつだって最悪。

      人生はいつだって最悪だ。良かった試しなんか一度もない。何もこれは自分を過大評価して、棚から牡丹餅的に、我が身に僥倖がふってこない状況を呪詛してるわけではない。 人生において、ラッキーがやってくることなど、ハナからないものと思っている。因果応報で言ったなら、明日いきなりキチガイに拉致されて、散々にアナルを掘り上げられた後に、四肢を縛られ、チェンソーで生きたままぶった斬られても、文句が言えないような、生き方をしている。 積んできた徳は吹けば飛ぶような瑣末な物のわりに、かけてき

      • 西村賢太が死んでしまったこと。

        訃報を聞いたのはテニスコートの上だった。 友達が給水中にスマホを見て「ニシムラケンタって知ってる」と聞いてきた時、僕は彼がインスタか何か見てると思い、そんな名前の友人はいないので「知らんな」となんの気なしに答えた。 すると友達が「亡くなったらしいよ。芥川賞作家だって」と続けた。 「え?」 その瞬間に僕は、彼がニュースサイトを見ながら喋ってると気づいた。そして、それが西村賢太であると理解して時が止まってしまった。 まさか、まったく寝耳に水だった。まだ50代の西村賢太が

        • マンボーだったら、映画館にいったらいいじゃない。

          Twitterで繰り広げられる議論や、揚げ足取りや、告発や、批判に疲れて、平和なインスタに移行したんですけど。 いや、別にTwitterが悪いわけではなくて。結局、全ての事柄において正解なんてないのだから、Twitterも続けるうちに、答えのない禅問答みたいな繰り返しになっていると気づいたんですよね。 繰り返しも最初の二、三周はいいけど、それが5、6、7…と続くと良い加減に新しい刺激が欲しい。それならインスタだ。って安易な考え。 そんでもって、せっかくインスタを始めたの

        生きてて欲しいと願うこと。

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          18本
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          6本
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          11本

        記事

          たまには良い話を。

          たまにはいい話を書こうと思う。 と、思う理由は最近の自分の文章はどこか愚痴っぽかったり、背伸びをしていたり、露悪的だったりと…、とにかく欺瞞に満ちている気がしてならないので、ここらで一つ自分という人間の清い部分をそのまま書いてみたいと思ったからだ。 僕という人間は元来は生粋の純情派で、例えるなら大正の伯爵令嬢がごとく無垢で、心に汚濁の一滴もない、清々しく潑剌とした人間なのである。ところがどっこい、なんてったって社会というか、周りを生きる人間どもがどうにもこうにも下劣で下等

          たまには良い話を。

          エチケット優先主義。

          最近、サウナにハマってて近所の温浴施設に行くのだけれど、当然その施設の注意書きには 「申し訳ございませんが、タトゥーや刺青の入ったお客様にはご利用をご遠慮いただいてます」 と、書いてある。 それをチラッと見てから、僕はお風呂に入っていたのだけれども、目の前でシャンプーしてるおじさんの背中にはガッツリ刺青が入っていた。そして、小さな子供を連れていた。 これを見て、あーなんてモラルの低い!!とか、PTAのオバ様よろしく、まぁー!子供の教育に悪い!なんぞと絶叫する気はないし

          エチケット優先主義。

          デブとして生きるより、人として死にたい。でも死ぬのは怖いから、豚として生きようか…。

          デブになってしまった。 幼少期から痩せてた僕は心の底からデブを侮蔑していた。生きるために食べるはずなのに、それすら制限できずに、明らかに不要な脂肪を蓄えるデブはなんと愚かだろうか? 野生動物に肥満がいるだろうか?いや、いない。だって彼らは自然の中で戦っているから。肥満になる動物なんて家畜か、ペットか、動物園の観賞用の動物くらいだ。つまり戦わずして、生きれる環境にいる。意思も本能も持たぬ肉塊だけなのだ。 と、いった半ら独裁者のような優勢思想をもっていた僕ですが、気づけばデ

          デブとして生きるより、人として死にたい。でも死ぬのは怖いから、豚として生きようか…。

          恥の上塗り、酒の反吐、ゴミの一念、そう、そんな感じで今日もまた死に損なって生きながらえる。

          あなたは人生で何回「明日からちゃんとしよう」と決意を新たにしましたか? あなたは何回「このままじゃダメだ。しっかりしよう」と思い直しましたか? 私は、こんなことを何回も考えては、閃光のように一瞬でその思いを爆発させて、酒に溺れ、他人に当たり散らし、自らの愚行を棚に上げては世の中を呪詛し、醜く己の理想と行動を乖離させながらも生きてまいりました。 そして、このようなくだらぬ一念発起なんぞしてしまったがために、案の定挫折してしまうことに気づき、もはやこの前向きな人間の感情こそ

          恥の上塗り、酒の反吐、ゴミの一念、そう、そんな感じで今日もまた死に損なって生きながらえる。

          暖かいゴミ箱、冷たい世間。(つまり、ゴミはゴミ箱へ)

          目が覚めると、ゴミ捨て場に倒れ込んでいた。臭い。ダメだ頭が割れるほど痛い。何も思い出せない。とにかく、臭くて、気持ち悪くて、頭が割れるほど痛くて、喉が渇く。 財布も携帯も持っていなかった。いや、なんとなくわかった。これは盗られている。俺は無一文で、連絡手段もない。恐ろしい状況を悲観しようにも、割れるほどの頭痛が全ての思考を放棄させる。 視線を上げると、通勤中のサラリーマンが好奇と蔑みの眼差しをこちらに向けながら通り過ぎていく。見てんじゃねー殺すぞ!と怒鳴りつけたくとも喉が

          暖かいゴミ箱、冷たい世間。(つまり、ゴミはゴミ箱へ)

          たまには短めに書いてみようか。なんつって。

          20歳のちょうど今ぐらいの季節に僕は上京した。時の流れは早いものであれからもう14年経ってしまった。 下高井戸駅を降りて5分ほど歩いたところにあるアパートが僕の住処だった。甲州街道と京王線に挟まれたその木造アパートは、とてもレトロで、汚くて、良い意味でも悪い意味でも味があった。 六畳一間の和室はイグサの香りが懐かしくて、僕は気に入っていた。部屋には布団が一組と、コタツテーブルと、座椅子と、ブラウン管の小さなテレビが所広(ところひろ)しと点在していた。狭い部屋でも物が少ない

          たまには短めに書いてみようか。なんつって。

          忘れたことすら忘れていく悲しさの話。

          随分と無理な体勢で寝ていたことに気づいたのは深夜三時だった。気づいたのは当然目覚めたからで、腕を枕にして寝ていたようですっかり右手が痺れている。痺れた腕を自然な方向に持っていき、そのまま痺れが治り再び眠りにつこうとしたが、思い直して起きることとする。 と、言うのも今は現実と夢の狭間にいるから、先ほどまで私は夢の中にいた。いや、今はこうして目が覚めているから、それを夢だと思い返せるのだが、とにかく少し前までの私はこことは違う世界で、その世界の中で思うままの行動をしていた。それ

          忘れたことすら忘れていく悲しさの話。

          夜が好きだから、夜は極力眠りたくない。

          中学校の頃。校舎の棟の一番西側に非常階段があった。その非常階段を一番上まで登ると、小さな踊り場があり、そこから壁つたいに鉄梯子がかかっていて、そこを登ると校舎の屋根に登れるようになっていた。 当然、そのような危険な梯子は生徒が近づかないように有刺鉄線と鉄板で固く閉ざされている。が、なぜか僕はその梯子にいつも心が惹かれていた。おそらくこの学校でこの梯子を突破して、屋上というか、屋根というか、とにかく一番高いところに登ったやつは誰もいない。それは鉄梯子を鎖(とざ)している錆びた

          夜が好きだから、夜は極力眠りたくない。

          初体験は一度しかない。

          19歳、このまま何もない人生が漠然と続いてくことに焦燥を覚えていた。自分とは一体なんだろうか。 好きな子と同棲生活を送っていた。仕事もそれなりにしていた。仕事終わりにスーパーに立ち寄り、彼女と夕ご飯の買い出しをしている時に、自分の人生にしてはうまくいってるな。幸せだなぁ、とふと思ったりもした。 朝起きて、肉体労働に励み、夕方に帰り、ご飯を食べて眠る。欲しいものもあまりなかった。やりたい事なんて何も浮かばなかった。テレビの中の出来事は、ずっと遠くのことのようで、ニュースを見

          初体験は一度しかない。

          日常的な地獄の話。

          小さい頃から近所に叔母が住んでいた。近所に住んでたということもあり、僕は幼少期からよくそこへ遊びに行っていた、と記憶している。 叔母は僕の従兄弟にあたる娘と二人で住んでいた。旦那とは、遥か昔に離縁していたので僕はその人を知らない。 叔母は公務員であり、女手一つで娘を育てるとても気骨な人だった。また、甥っ子である僕の面倒もよく見てくれる優しさも持ち合わせていた。 そんな叔母は近所からも評判の真面目で優しい人物である反面、実はとてもヒステリックで考えの浅はかな人でもあった。

          日常的な地獄の話。

          珍しくちょっといい話。その2

          うだるような暑さに目を覚ます。昼過ぎに起きる怠惰な生活にため息を一つ。あぁ今日は8月15日か。 起きてから一通りの準備を済ませると僕は護国神社へ向かった。毎年、終戦記念日のあたりで欠かさずにお参りをしている。理由はただ一つ。亡くなった祖母が毎年行っていたから、その想いを切らせたくないから、僕の中の恒例行事。 どこまでも続くような、澄みきった青空だった。空を揺蕩う白雲を眺めていると改めて平和のありがたさを感じる。晴れた日に穏やかな気持ちで空を見れる時代で良かったなと思う。

          珍しくちょっといい話。その2

          ノスタルジアと南風。

          沖縄で昔の友達に会った。飲み友達だったやつで、7.8年前はよく朝まで一緒に飲んだ仲だ。いつのまにか会わなくなって、風の噂で故郷の沖縄に帰って店をやっていると聞いていた。 生意気な僕は定期的なLINEのアプリを消してしまう。人間関係にひどく疲れてしまうから。別に消す必要なんて全くないんだけど、なんとなく孤独でいることが自分にとって重要だと思える時期がある。でも孤独は自ら帰らなくても、いつも傍に存在している。どんなに充実してても、どんなに闇に落ちていても孤独はそばにある。その孤独

          ノスタルジアと南風。