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これからも聴かれてほしい企画系カバーアルバム





インターネットやサブスクリプションの進化で過去の音源に容易にアクセスできるようになった現在、名盤と認定されたアルバムについてはリリースから数十年が経過していても世界中の多くの方に聴かれ続けています。


一方で名盤リストから漏れた音源に辿り着くのは容易ではなく、廃盤かつサブスクリプションに無いとなれば尚更です。そうやって徐々に聴かれなくなり忘れられていく音楽がどれだけあるかと思うと、実に勿体無いように思う今日この頃です。




さて、ここで取り上げるのはカバー曲を中心とした所謂「企画モノ」です。


ジャズの領域では古くから親しまれているスタンダード曲を独自のアレンジ・歌唱で演奏するというのはよくあります。
日本では平井堅「Ken’s Bar」や徳永英明「VOCALIST」あたりからカバー曲を取り上げるアーティストが増えたように思います。


特に各アーティストが一曲ずつ参加しているような企画系のカバーアルバムは、アーティストが思い入れのある曲を遊び心を加えながら演奏している面白さがあって、私は結構好きなのですが、そのようなアルバムは名盤リストに入りづらく、意外と語られる機会が少ないように思います。更に企画モノの宿命なのか再プレスされることも稀です。


このまま消えてしまうのは勿体無い、そんな企画系カバーアルバムの中からオススメの作品をいくつかご紹介させていただきます。(本文中は敬称略とさせていただきます)





・村上“ポンタ”秀一「Welcome to My Life」1998年

最初に紹介するのは、ドラマー村上“ポンタ”秀一のデビュー25周年を記念してリリースされたアルバムです。ポンタさんがゲストミュージシャンを招いて往年の名曲を演奏しているのですが、この参加アーティストがとにかく凄い。ヴォーカリストだけでも、出演順にNOKKO、近藤房之助、山下達郎、矢野顕子、井上陽水、大貫妙子、森まどか、EPO、香西かおり、山本潤子、村上奈美、沢田研二、ジョニー吉長、吉田美奈子、泉谷しげる、中島啓江、桑田佳祐…とまあ、凄い(2回目)。


そしてその選曲は、この人にこの歌を歌ってほしい、とか、この人とこの人にコラボしてほしい、とかそういう夢の組み合わせのオンパレードなのです。


例えば1曲目はジャコ・パストリアス・メドレーとして、ファンなら誰もが知る「Soul Intro〜The Chicken」で幕を開けます。ホーンセクションは村田陽一率いるソリッドブラスでもうこれは間違いないです。そして2曲目はレベッカのNOKKOが歌うジャクソン5の「I Want You Back」。これがもうどハマりで、個人的にはレベッカのオリジナル曲よりもオススメしたい。3曲目はブルースキング近藤房之助とCHARのギターが渋すぎる「Travelling」。4曲目はこれまたどハマり、山下達郎で「I’ve Got You Under My Skin」…こんな調子で捨て曲なしの全16曲、ワクワクが止まらないまま聴き切ってしまいます。


ラストの打楽器のみで構成された「WELCOME TO MY RHYTM [こんなオイラに誰がした]〜嵐を呼ぶ男」に至っては日本を代表するドラマーが勢揃いです。これはポンタさんでなければ到底実現不可能、今後これを超えるコラボは出ないでしょう。





・「アダムとイヴの林檎」2018年

こちらは椎名林檎デビュー20周年を記念して制作されたトリビュートアルバムです。参加アーティストはtheウラシマ‘s(草野マサムネ他)、宇多田ヒカル+小袋成彬、レキシ、ミーカ、藤原さくら、田島貴男、木村カエラ、三浦大知、RHYMESTER、AI、井上陽水、私立恵比寿中学、LiSA、松たか子。


トリビュート作品の難しさは、椎名林檎個人に対するリスペクトが強すぎるとオリジナル以外受け付けないという原理主義的な発想になりがちで、だからといって原曲に対して忠実に再現したところでそれはただのカラオケに過ぎない訳で、そこは思い切ってアーティスト自身の色に染めてしまった方が作品としての面白みがあったりもして、聴く方も演る方もそのあたりの匙加減ですよね。


例えば草野マサムネが歌う「正しい街」は、椎名林檎とはスタイルの異なるヴォーカリストであるにもかかわらず、まるで彼自身の歌のよう。恋人と別れ故郷を飛び出して去来する切なさと苦しさとがもうヒリヒリと胸に迫ってきます。これはもう本当に後世に伝えたい名演です。
また宇多田ヒカルと小袋成彬によるダウナーな曲調の「丸の内サディスティック」は、リリースから20年が経過して失望感と閉塞感を強めた2018年の日本の空気に驚くほどマッチしていて、これもまた企画ものとして埋もれてしまうのは勿体無い名演です。


私は個人的に椎名林檎の声が苦手で(ファンの方すみません)彼女のオリジナルアルバムは熟聴できていないのですが、こうして他のアーティストがカバーした作品に触れることで椎名林檎のソングライティングの秀逸さに改めて気付かされました。





・「What a Wonderful World with Original Love?」2021年

トリビュートアルバムをもう一つ。こちらはOriginal Loveデビュー30周年を記念して制作された作品です。参加アーティストは原田知世、長岡亮介、椎名林檎、SOIL & “PIMP” SESSIONS+ KENTO NAGATSUKA、斉藤和義+Rei、TENDRE、小西康陽、Yogee New Waves、東京事変、YONCE、Ovall、PSG+PUNPEE+5lack+GAPPER。ラスト2曲は田島貴男自身も参加しています。


上述の椎名林檎同様、まずは楽曲そのものの力と、そして参加アーティスト陣の楽曲愛がビシバシと伝わってきます。特に本作品は人選が本当に素晴らしい。ジャパニーズR&Bを牽引してきたOriginal Loveのフォロワーと思しきミュージシャン達の名演、そして小西康陽が「夜をぶっとばせ」で参加しているのがまた胸熱。
椎名林檎と田島貴男がお互いのトリビュートアルバムに参加しているというのも興味深いですね。


一曲毎に違うアーティストが演奏していると、バラエティに富む一方で統一感は生まれにくいと思うのですが、このアルバムに関しては最初から最後までテイストが一貫しています。これはOriginal Loveという存在の大きさなのでしょう。





・「Readymade Digs Disney」2003年

こちらはピチカート・ファイブの小西康陽によりお馴染みのディズニー楽曲をよりポップでパワフルにアレンジされた全11曲を収録した、ウォルト・ディズニー・レコードからリリースされている公式カバー集です。


まずはBPMを上げてハイパーポップな縦ノリサウンドに変身した冒頭曲「ミッキーマウス・マーチ」から畳み掛けるように「メインストリート・エレクトリカルパレード」「小さな世界」と、一気に小西ワールドに引き込まれます。


ゲストヴォーカルを招いた曲も「いつか王子様が」→森山良子、「チム・チム・チェリー」→saigenji、「ビビディ・バビディ・ブー」→水森亜土、「困った時には口笛を」→ムッシュかまやつ という絶妙な組み合わせです。


改めて実感させられるのは、小西康陽の音とディズニーの世界観の相性の良さですね。ファンタジックな煌めき、そしてどこはかとなく漂う儚さみたいな。
ディズニー楽曲のカバーは数限りなくありますが、私はこのアルバムが最強だと思っています。





・「にほんのうた 第一集」2007年

坂本龍一を中心に設立されたレーベルcommmonsが、童謡・唱歌を未来を担う子供達へ受け継いでいきたいとの思いから企画した作品集。第一集から第四集まで春夏秋冬別に誰もが知る童謡・唱歌がセレクトされていて、これはその第一集です。


坂本龍一監修ですから、よくある子供向けの童謡集とは一線を画しています。
例えば1曲目の三波春夫+コーネリアス「赤とんぼ」は、イントロのピアノとチェロの清廉な調べに思わず姿勢を正してしまいます。親しみやすさよりも、上質な音楽の追求が主体の、音楽好きな大人が楽しめる仕上がりとなっています。


他の参加アーティストは、キリンジ、坂本龍一+中谷美紀、くめさゆり(元・久保田早紀)、あがた森魚、大貫妙子、キセル、八代亜紀、高田漣、ヤン富田、カヒミ・カリィ+大友良英。玄人好みの人選からこの作品への意気込みが伝わってきます。


たまにはこういう作品に耳を傾けながら、幼き頃に思いを馳せるのも良いですね。





・「Lingkaran for Baby」2007年

こちらも童謡を扱ったアルバムですが、上記「にほんのうた」とはまた違ったテイストに包まれた作品集です。「楽しくてオシャレ」をテーマにした童謡コンピレーション「for Baby」シリーズの1枚目で、雑誌「Lingkaran」(現在は休刊)とコラボレーションした作品です。


参加アーティストはゴスペラーズ、ナチュラルハイ、wyolica、ビューティフルハミングバード、矢野顕子&坂本美雨、フルカワミキ、東田トモヒロ、湯川潮音、紗希、野宮真貴、鈴木祥子、オオヤユウスケ、土岐麻子、大山百合香、Chocolat&Akito、かの香織。
リリース当時にパパママ世代またはそれより若いアーティスト達が中心です。


例えばナチュラルハイの歌う「うたえバンバン」や紗希の歌う「勇気一つを友にして」は小学校の合唱曲として知られている曲ですが、彼らが歌うと瑞々しさはそのままながら、教育機関的な要素が抜けてお洒落にブラッシュアップされています。


他にも、おもちゃ箱をひっくり返したようなカラフルでキュートな曲が並び、大人も聴いていて楽しくなるアルバムです。





・「RED HOT+RIO」1996年

国外の作品も紹介しておきましょう。海外では大物アーティストが参加するチャリティー関連企画が数多くありますが、この作品はRed Hot AIDS Benefit SeriesというAIDSチャリティープロジェクトの第7弾にあたります。


この「RED HOT + RIO」はブラジル音楽がテーマで、収録曲の多くはアントニオ・カルロス・ジョビンの作品のカバーです。そしてアントニオ・カルロス・ジョビン自身が1994年に亡くなる直前に録音された貴重な音源も収録されています。


90年代にはロンドンを中心に「ジャズで踊る」アシッド・ジャズ・ムーブメントの延長線上にブラジル音楽をクラブミュージックと融合させる動きがありました。


本作品はEverything But The GirlやIncognito、Maxwellなどクラブミュージックサイドのミュージシャンと、ミルトン・ナシメント、アストラット・ジルベルト、ジルベルト・ジルなどブラジルの大物ミュージシャンが参加し、当時のクラブミュージックシーンにおけるブラジル音楽の最先端を堪能できる貴重な音源なのです。


坂本龍一がカーボベルデ出身の歌手セザリア・エヴォラとブラジル音楽の重鎮カエターノ・ヴェローソと共に参加しているのも注目です。


多くのブラジル音楽名盤と同様に、このアルバムも語り継がれてほしいものです。





あとがき

今から30年以上前、1986年と1987年のクリスマスイヴの日に「Merry X’mas Show」というテレビ特番がありました。大勢のミュージシャン達が参加して邦楽・洋楽の名曲をセッションするという、当時としては大変に画期的な番組でした。
中にはほとんどテレビには登場しない大物ミュージシャンもいて、当時日本のロックに夢中だったティーンエイジャーにとっては夢のような競演の数々、そしてそのミュージシャン達が本当に楽しそうに演っているのです。
思えばカバー曲好きの原点はここだったような気がします。

今やサブスクリプションで何千万曲というボリュームを月々1000円前後で携帯できる時代ですが、生涯で出逢えるの音楽は恐らくそのごく一部です。
そんな中にも語り継がれる名曲があり、その曲を愛するミュージシャンが弾き語り、また繋いでいく。そういう思い入れの込められた演奏に出逢うことができて、更にその名曲を好きになれる。それがカバー曲の醍醐味ですね。

まだまだ聴いたことの無いカバー名演が何処かに眠っていそうです。
これはという名演をご存知の方、ぜひ教えてください。








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