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オックスフォードへ毒女に会いに

オックスフォードの花屋さんからスタート

 オックスフォード大学を中心として広がるこの街に、アシュモレアン博物館というミュージアムがあります。今までいったことがなかったのですが、「Clour Revolution / Victorian Art, Fashion & Design」という展覧会が面白そうなので行ってみることにしました。
 目を引いたのが広告に使われていた一枚の絵。ロセッティ風の女性が沈丁花を一枝持っています。ぜひこの女性に会いたい。そう思ったのです。
 オックスフォードは車でも電車でも便利なのですが、街に入るまでの車の渋滞がいつもひどいので電車で向かいます。
 入場は事前チケットで1時半となっていたので、それまで少し街を散策。その目的は花屋さん。さすがオックスフォード、なのか、古本屋とカフェが他の街より多い気がします。しばしウロウロ。
 お花屋さん発見。

The Garden of Oxford

 The Covered Marketという、室内マーケットの中にあったお花屋さん。入り口にはカラフルなドライフラワーの花束のバケツが並べられ、目も心もグイグイ引き寄せられてしまいます。この入り口を中心に、左手には植木、右手にはカットフラワーが並べてあります。

チューリップと水仙

 この季節、イギリスの家庭ではチューリップや水仙を家に飾って明るい気分を盛り上げます。チューリップはDUTCHとあるのでオランダチューリップが多そうですが、国産のチューリップもありました。

スーパーマーケットでもチューリップは買えますが、やはりお花屋さんのチョイスはセンスがいいなと思います。

アシュモレアン博物館

ランチおすすめですよ!

 博物館や美術館に行くときは、その館内にあるカフェやレストランを利用することにしています。落ち着いていて、ゆっくりできるからです。アシュモレアンにはRooftop レストランがあるというのでここでランチにすることにします。

Ashmolean Museum

 入り口に大きくsince 1683とポスターが貼ってありました。この博物館はイギリスに所在する世界最初の大学博物館なのだそうです。なんだか古そうな建物をイメージしていましたが、中はとても綺麗。早速ルーフトップ レストランへ行ってみましょう。
 このレストラン、「ルーフトップ」つまり屋根の上と名付けられているように最上階にあるテラス席付きのレストランです。明るい太陽が広々とした店内全体を照らし、清潔感は100点。外のテラス席は冬は無理ですが、春先からは天気が良ければとても気持ちよさそう。
 周りを見れば、アート好きであろうおしゃれな年配カップルたちがワインを傾けながらランチをいただいてます。これなら私もプロセッコ(発泡ワイン)を飲んじゃいますよ。

ほうれん草のグリーンニョッキ。美味しかった。

Colour Revolution

沈丁花を持つロセッティ風の女性

 大満足のランチの後、いよいよColour Revolution展へ。この展覧会は、ビクトリア時代のファッションやアートにおける新しい「色」革命を集めたとあります。産業革命そして工業発展により、新しい「色」が使用できるようになったのだと。
 ビクトリア朝時代の色、といえば「死の緑」ヒ素入りグリーンを真っ先に思い浮かべます。シェーレグリーン、パリスグリーンは多くのヒ素が含まれておりヒ素中毒、発がん性の危険などがありますが、その危険性は長いこと発見されずに使われ続けていたといいます。
 この展示会ではそんなビクトリア朝のイギリスで活躍したアーティストたち、ミレイ、ラスキン、ロセッティ、ターナー、そしてホイッスラーなどの作品があるようです。しかし、私がここに来て会いたかった作品は彼らのものではなく、たまたまこの展示の広告に使われていた絵。一見、ロセッティの絵なのかなと思ったのですが、みた事ないし、手に持っている花は沈丁花?珍しい。あまりヨーロッパの絵画で沈丁花は見かけません。この沈丁花を持ったロセッティ風な女性の絵に会いにやってきたのです。
 

Vivien 1863

 それがこのお方。名前をVivienさんといいます。作者はFrederick Sandys(フレデリック・サンズ)。ラファエル前派の画家さんです。

魔法使いマーリンを幽閉したヴィヴィアン

 まずヴィヴィアンとは誰なのでしょうか。彼女はイギリスの詩人アルフレッド・テニスンによる物語詩「国王牧歌」(Idylls of the King)の登場人物の一人。国王牧歌はアーサー王伝説を題材としています。
 アーサー王物語といえば世界一の魔法使いマーリン。ヴィヴィアンはマーリンのみ知る強力な呪文を手に入れるため、色仕掛けで年老いた魔法使いに近づきます。なかなかヴィヴィアンを信用しなかったマーリンですが、身をもって嵐の危険から自分を助けたヴィヴィアンにとうとうその呪文を教えてしまうのです。
「fool!」(バカめ!)
 たちまちヴィヴィアンはマーリンをオークの木に閉じ込め、彼は二度と外界へ出てくれなくなってしまいました。強力な呪文とは、人間を暗闇に閉じ込めてしまい、呪文をかけたものだけが解くことができるというもの。これはアーサーの王国の崩壊につながる最初の災害とも考えられます。まさにヴィヴィアンはfatal woman、運命を決する女。
 彼女の前には林檎と枯れた赤い薔薇があります。わざと少しだけ見せた胸の前に置かれた林檎はイブ、神の園から追放された人間の過ちを思い出させます。愛のシンボルである赤い薔薇は枯れていますが、これは彼女の愛がすでに枯れてしまっていることを意味しているのでしょう。美しい顔に潜む残酷さをこの二つは示唆しています。
 そんなヴィヴィアンが手に持っているのはダフネ(Daphne)。日本では沈丁花です。ダフネ、と聞いて思い出すのはまずはギリシャ神話のアポロンとダフネのお話ではないでしょうか。

ダフネ小話

 アポロンに言い寄られ逃げまくった挙句、月桂樹へと変身してしまったダフネですが、アートで手から葉っぱが生えて逃げてる女性を見たらギリシャ神話のダフネ、と私は勝手に思ってます。イタリア、ボルゲーゼ美術館にあるベルニーニのApollo and Daphne は有名ですね。

GIAN LORENZO BERNINI
Apollo e Dafne

 

つま先。爪から月桂樹に変身中。

 なぜ沈丁花はDaphneと呼ばれるのでしょうか。それはその葉っぱがとても月桂樹に似ているから。月桂樹 Laurus nobilis 通称ベイリーフの中にDaphneと呼ばれる木もあります。

Laurus Nobilis Daphne
Daphne Odora
10年余り育てていたのが去年突然死。我が家の二代目。

 Daphne Odora(ダフネ)は植物学者とかではなく、東インド会社の従業員ベンジャミン・トーリンが中国で発見したのだそう。彼は色んな意味でとても鼻がきいたらしく、この「薔薇とスパイスの香り」のするダフネ、金木犀、オレンジジャスミンという香りのスーパースター植物たちを、たった一回英国へ輸送しただけで大当たりを当てました。まさにスパイスと植物がもたらすビクトリアンドリーム。
 以来イギリスではダフネは「Winter Daphne」とも呼ばれ、ガーデナーたちの憧れの植物に。なぜならこのダフネはとても気まぐれで、予想外のことが次々起こるから。あるガーデナーがダフネについて語った言葉がよくそれを表していると思います。
 Just to show you who is in charge.
 誰が一番偉いか、教えてあげるわ。
みたいな態度なのです。

ヴィヴィアンがダフネを持つわけは

 ダフネの花言葉は「喜ばせたい願望」(desire to please) 。ヴィヴィアンはマーリンに愛を囁き喜ばせることで呪文を手に入れようとしました。しかし同時にダフネは植物全体が有毒。花から果実、樹皮に至るまで毒なのです。まさに男を破滅させる魔性の女、ファム・ファタールにふさわしい花なのではないでしょうか。
 もう一つこんな花言葉も見つけました。
 I would not have you otherwise.
 そうでもなかったら、あなたなんて用ないのよ。くらいの意味でしょうか。孤独で気弱になっている老人に甘い言葉で近寄り、欲しいものが手に入ったら、「fool!」と捨て台詞を吐いて闇に男を葬る。月桂樹のような葉を持ちエキゾチックな香りのする可憐な花は、実は恐ろしい毒の花。ダフネはそんなヴィヴィアンの本性を表しているのです。
 ラファエル前派の絵画は、神話やキリスト教、元になっているストーリーの知識がないと単に「同じ顔の憂いた綺麗な女の人がいるなあ」としかわからないのですが、絵の元ネタがわかると文学の勉強もできて一石二鳥。その上、ビクトリア朝時代という背景もあって登場する植物も多様化しており、花に注目するとより色々な考察ができます。イギリスに住んでいる利点を生かして、ラファエル前派の絵画と花についてこれからもどんどん勉強していきたいと思っています。

オマケ アシュモレアン博物館オススメ展示品

 一通りエキシビションを見終わった後、博物館をぐるっと回ってみました。古代エジプト、古代ギリシャローマの彫刻などが多数あり、大英博物館がキュッと小さくなったみたいです。
 とはいえ、私はここら辺は詳しくないので、さらっと見過ごしてお皿セクションへ。

teapot without a lid

 1700年台の蓋のないティーポット。蓋はないけど、底が外れるみたいです。謎です。でも桃みたいな形が癖になる可愛さ。ずっとみていたくなります。

The Great Bookcase 1859-62
William Burges ウィリアム・バージェス 

 びっくり!大きい!ブックケースだから、本棚なのかな。高さ3m、横1.5mとあります。 「ビクトリア朝における最も重要なペイントされた家具」ということです。 
 バージェスは十三人の若い画家と共にこの家具を完成させました。右側の扉には異教徒たちの神話、左側には聖書に出てくる話を絵にしています。よくみると下半身が鳥の音楽隊もいます。何より面白かったのが、イソップ童話の話をモチーフにした絵が並んでいること。狐と鶴のご馳走や肉をくわえた犬、など絵を見ながら楽しめます。どうやらバージェスの隠れた自画像もあるらしいのですが、私は見つけることができませんでした。
 このブックケースはColour Revolution展の最後の方に展示されていたのですが、アシュモレアン博物館蔵になっているので、普段でも観れるのかもしれません。もし次回訪れたらもう一度見てみたいと思います。

今日も一日いい花を摘めました。Carpe Diem。

参考文献
Hall's Dictionary of Subjects & Symbols in Art
The Pre-Raphaelite Language of Flowers
日本の色のルーツを探して 城一夫


 




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