見出し画像

さよなら、ご機嫌な暮らし、「ことば」的なもの

これは私がかつて憧れていた「ことば」的なものへの決別宣言です。

いつも機嫌よくニコニコと、誰にでもやさしく、不平不満を言わず、穏やかな日々を送ることが、豊かな人生なのだと、そういう「ことば」を信じていた時期があった。

綺麗にラッピングされた平和な世界に憧れて、何度も何度もその「ことば」を読み、救われたような気持ちになって、私もそんな風に毎日を送りたいと努力していた時期があった。

「ここもガイジンばっかりで怖いねぇ」と外国人の前で叫んだババア、「やっぱりイスラム教徒は怖い」と知ったかぶりをした無知なおっさん、「黒人が少なくていい」と言うことの何が差別になるのかわかっていない知り合い、「女性は男性より数学的知能が劣っている」ことを科学的事実だと信じている同僚。

私は黙ってやり過ごそうとした。面倒なことにしたくなくて、なかったことにしたくて、ヘラヘラ笑ってごまかしたりした。それでいつも帰って一人になって、怒りがおさまらない。あれは絶対におかしかった、どうして何も言わなかったんだ、私はあの場で怒らなきゃいけなかったと、自分で自分にがっかりする。

そうして気が付いたのは、私の中からすっかり怒りの言葉がなくなっていることだった。言わなきゃいけない場面で何も言えない、まず無意識に流そうとしてしまう。それじゃだめだと、怒らなきゃいけないと思っても、どう怒っていいかわからない、何の言葉も出てこない。

「女性は男性より数学的知能が劣っている、全ての女性がというわけじゃない、でも男女差があるのは事実、研究結果がある」と同僚が言い出したとき、私は驚いて、固まって、「同意できない」としか言えなかった。"I'm very offended"と怒りを示して席を離れた同僚に、どうして気まずい方向に持っていくんだと正直一瞬思ってしまった。あとから彼女に「あんなこと言われて平気だったの?腹立たなかった?」と聞かれたとき、「全然平気じゃなかった。あの場ではすぐに怒れなくて、でも何か言ったところで彼が意見を変えるとも思えなかったし、流してしまいたくて何も言わなかった」と答えた。それでも1時間近く話し合って、圧倒的に男性が多いエンジニアの世界で、この問題はこれからまた出会うことになる、彼の意見は変えられなくても、自分たちの意見はきちんと言おうと決めた。

もちろん彼の意見は変えられなかったけど、それでも私たちは同意できないこと、職場でそういう話を持ち出すべきではないということは理解してもらえた。今まで同じことを他の女性に言ったことがあるけど誰も何も言ってこなかった、と彼は言っていたけど、それは彼女たちが昔の私と同じようにその場では流していたからじゃないか。

私はもう、黙らないって決めた。私が強い立場にいるのなら、弱い立場の人のために怒らなきゃいけない。私が弱い立場にいるのなら、何より自分のために怒りたい。

私が生きている間に、全ての差別や偏見がなくなることはないだろう。私の採用や評価をする人が男性や白人である率の方がずっと高い。いつも怒っている人よりいつもニコニコしている人の方がそりゃ扱いやすいだろう。それでも、と思う。それで不利になるような会社なんて、それで離れていくような人間なんてfuck offだ、いつまでも我慢するなんてうんざりだし、こんな意味不明なことを次の世代に渡したくない。そのために面倒臭いこと、不利になることを私は引き受けたいと思っている。

いつも機嫌よくいるべきだなんて、それはあなたが強い立場にいるから言えるのだ。弱い人に寄り添うような顔をして、それは弱い人から力を奪っているのだと、あなたはどれだけ自覚しているのだろうか。

いつも機嫌よくニコニコって、もう古い。何事も楽しくポジティブにって、そういう時代、もう終わった。必要なのは、誰からも批判されないための綺麗な言葉じゃなくて、力強くて不機嫌で、全力で闘っている人の言葉だ。汚くていい、薄っぺらい綺麗さなんてもう飽きた。私たちはもっと怒らなきゃいけない。だって違和感や怒りを無視して、争いを避け、踏みにじられても全部なかったことにするなんて無理でしょう?

「穏やかな日々」なんていらない。「いつも機嫌よくいたいなぁ」なんて思わない。黙らないって決めた。怒るし、抗議するし、面倒臭い不機嫌な女であることを引き受けるって決めた。失った言葉を取り返して、これからはその言葉と共に闘っていきたいと思っています。