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もうすぐさよならダブリン。

仕事を辞めると決めてから節約のために極力外食しないようになって、それでもまあ金曜日だしワインくらいは飲みたいということで、お気に入りのワインバーへ飲みに行った。その日私は予定よりずっとはやく仕事を辞めることに決めて、その分お金は貯まらないけれど気持ちは晴れやかで、美味しいワインを飲んでお祝いしたい気分だった。ナチュラルワインしか扱っていないそこのバーのワインはどれも美味しいんだけど、その日飲んだ手に入りづらいという生産者のワインは特別に美味しくて、彼は自分では葡萄を作らず他から購入し、そこから最高のワインを作ることだけにフォーカスしているらしい。ワイン作りのことはさっぱりわからないのでそれが珍しいことなのか知らないけれど、それはジュースのようにゴグゴク飲めてしまうという恐ろしい味だった。

飲みながら彼氏と色んな話をした。お互い数学が好きだったこと、私は理系に女子はいないと言われたこと、翌年蓋を開けてみれば女子がいたこと、彼氏はエンジニアリングスクールには男しかいないと聞いたこと、男だらけの学校はなぁと思ってビジネススクールを選んだこと。お互い今後の人生をどうしていきたいか、今は恵まれた環境で働いているけれど、スタートアップで働く楽しさもあるよねとか、これまでのこと今のことこれからのことをだらだらとお店が閉まる時間になるまで喋っていた。

たった二杯飲んだだけで私はもうべろんべろんで、ワインが美味しくて会社を辞めて無職になることが嬉しくて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら帰った。彼氏の家は日本数えだと5階にあって、パリらしくエレベーターはなく階段をひたすら登っていくしかない。普段だって着く頃には息切れしているのに、酔っ払っているからますます疲れてそのままベッドへ直行した。コートもマフラーも手袋もしたまま仰向けに寝転んで、それでゲラゲラ笑った。とても楽しくて自由を感じた。人生が自分の手元に戻ってくると思った。今までのようにお金は気軽に使えない。だいたい新しく選ぶこの道が上手くいくかなんてわからない。普通に考えればもっと不安で怖いはずだけど、なんだかもうあまり怖くなかった。むしろすごく幸せで、この自由な感じさえ思い出せればこれから先やっていけるだろうという気がした。

色々あるけど仕事は嫌いじゃない、むしろ好き。ものすごく恵まれた環境で働いていると思うし、夏と冬に3週間ずつ休暇も取ってきた。それでもほぼ3年間、よく働いた。久しぶりに自分の時間が欲しいと思った。好きな時間に起きて好きなだけ勉強して好きなだけ本を読んで好きな時に寝る。怠惰な暮らしがしたいわけじゃない。自分の1日を全部自分で決められる日々が恋しかった。だってこれから先の人生で、そんな贅沢ができるタイミングはあと何回あるだろう。

というわけで私は4月末に仕事を辞めて、ダブリンを去って、新しいことにチャレンジするためしばらく勉強します。ちょっとパリにいて、長めの夏休みを日本で過ごそうと思っている。これから先も海外に住み続けることになったら、家族と過ごせる時間はもうあんまりないかもしれないから、できる限り一緒にいたいなって。

何かをするのに遅過ぎることなんてない。いくつになったって挑戦し続けたい。そう素直に思える今の自分を、ずっと忘れないでいられたらいいなと思う。