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【詩】あの日の雨は

不思議だな
思い浮かぶのは雨の駐車場だ
ホームセンターのシャッター見つめて
寒さに身を縮めていた三月の駐車場だ

コロナ騒ぎの始まった年
仕事休んで開店を待っていた

トイレットペーパーの入荷予定は確実だ
マスクもあるかもしれない
聞こえてくる話し声にちょっと期待する
時間が来てシャッターが開きかけ
途中で止まる
駐車場から駆け寄る人たち

開きかけで止まったそのシャッターに
ふと、おまえの病院を思った
たかだか数百メートルの向こう
すぐそこにあるのだけれど

今日のマスクの入荷はありません
開きかけのシャッターからのぞいた店員が
白い息で告げる
まあそんなもんだ

抗がん剤治療だから
おまえはもともと面会制限
そのうえコロナ禍
行っても入れない

シャッターが上まであがり店が開く
マスクはないけれど
おひとりさま二つまでのペーパーを買った

不思議だな
あの後
都会の大きな病院に移って一年たたかい
そこで息ひきとったおまえなのに
浮かんでくるのは田舎のホームセンターの
あの雨の日の駐車場だ

すぐそこにあるのに
行けなかったあの日
あの日の雨は
今も冷たい

(『詩と思想』2022年9月。一部改作)


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