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【エッセイ】低い座席

 十二月の末。名取駅東口に停まった路線バスに乗ったばかりの孫を連れたおばあさんを、手摺の掴める低い座席へ座らせるべく、上半身を後ろに捻りながら専用のマイクを通して誘導する運転手の声が、丁度私が屯していた喫煙スペースまで届いた。
「実はシートベルトなくって」それが原因で、過去に頭を打ったお客さんがいたんですよ、ここまで聞いた二人は指示に従った。私は怪我を招く可能性を懸念して、安全な席を確保させたくて促したのかなあ、と、察するのと同時に、車体が揺れて無防備な身体がふわっと浮かぶ図を想像して鳥肌が立った。一区間が短い走行ルートで円滑に乗降車させるためには装着を義務付けるのは厳しいかもしれないけれど、仮に設置したとすれば、今ある状況よりは遥かによい状態になるんじゃないって気がして仕方ない。とりあえず現時点ではリスクの少ない位置を親切に教える車内アナウンスの効果は大きそう。