見出し画像

ただいま東京

歌の修行をするためにフランスへと旅立っていた親友が、一時帰国して東京でライブをすると連絡をくれたので、すぐに飛行機のチケットを取った。本来は「雪かきがあるから…」とこの時期は動かないようにしているけれど、今回は特別。

年始からいろいろと心を砕くことが続いており、家に引きこもっていることが多かった。実際、ドカ雪の影響で一歩も外に出られなかった日もある。原稿が進まず窓の外を見ると、曇天を霞ませるように大雪が吹きつけている日が多くて、気持ちが余計に沈んでいた。居心地のいい家のはずなのに、自分が囚われているような感覚に陥ることもあった。

久しぶりに飛行機に乗ると、離陸した瞬間深い眠りについた。最近は何か起こるたびに不安が増幅して眠れなくなっていて、慢性的な寝不足は自覚していたけれど、まさか飛行機に乗ったら安らかに眠れるなんて。格安飛行機だから椅子は硬いし、そんなに心地いい環境でもなかったはずなのに不思議。

東京に着いて、まず「あったけえ」とつぶやいてしまう。うららかな日差しに、痛くない風。そんな私を追い越して行った老夫婦は肩を縮めて「今日寒いね」と話していた。後からホテルのテレビをつけて知ったけれど、関東エリアは昨日に比べて気温が一気に下がったのだそうで。実は北海道でも昨日まで気温がぐんと上がっていたのだけれど、「北海道の異常に暖かな日」から「東京の一気に寒くなった日」に移動しても、やっぱり覆しようのない気温差があるのだなあ、と感心した。

いろんなタイプの人間が歩いているなあ。車が少ないなあ。風が暖かくてちょっと臭いなあ。看板が目にうるさいなあ。裏道が狭いなあ。何を売っているのかわからないけれどおしゃれで小さな店が並んでいるなあ。

そうやって東京に暮らす人にとっての「当たり前」を見つけては「久しぶり」を噛み締めて、私、ここに昔住んでいたんだよなあ、と記憶を確かめていく。

「いつか東京に出てやる」と目をぎらつかせて意気込んでいた高校時代、「早く北海道に帰りたい」と泣きながらデスクに深夜まで齧り付いていた社会人時代。今はどちらも行ったり来たりできるようになって、どちらにも絵に描いたような期待はなくて。楽しい用事や大変な仕事が、それぞれただあるだけの「場所」になった。

でも、こうして久々に来ると改めて思う。北海道と東京どちらがいいとか合っているかは関係なくて、ふたつの「場所」を持っていることが私にとっては重要なんだと。

ひとつの場所に閉じこもると、いつも息苦しくなる。どんなに居心地が良くても、自分にとって最適化された環境でも、このまま毎日が続くことから逃げ出したくなるから。

場所を移動すると、気温が変わる。匂いが変わる。その違いを十分に味わっていると、またもうひとつの場所に帰りたくなる。いつもと違う場所が自分の心に酸素を送り込んでくれる。旅行をしても似た効果を得られるけれど、私はかつて住んでいた東京の方が、その差分や自分の変化を味わいやすいので、気に入っている。

そして東京には、会いたい人たちがいる。私みたいな厄介な人間を、10年以上前から見捨てないでいてくれる人たち。ライターとして独立してから意気投合して、仕事もそれ以外も全てを明かして意見を聞きたいと思える人たち。そして、仕事を通じて出会った尊敬できる人たち。

この人たちと会って目を見て話せることが、いつもは画面上や声でしか存在しないオンラインの人間である自分の輪郭を、はっきりさせてくれる気がする。

今回の東京も、存分に楽しもう。まずは親友のライブにいってくるぜ。

読んでいただき、ありがとうございました!もしコンテンツに「いい!」と感じていただいたら、ほんの少しでもサポートしていただけたらとってもとっても嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。