「The厨二病棟惑星」第3話

友情の証
〜 Proof of friendship 〜

「ねえ!空想画やめないよね!?」
お茶の声がけした途端、勢いよく振り返ったエーミルに、勢いよく尋ねられた。
「え、え?」
楓はビックリして、置きかけたマグカップの手を離してしまい、マグカップはゴトンと音を立てる。
幸い、中身はこぼれなかった。
「親御さん、空想画反対しているって話」
エーミルは、ちゃぶ台を前に床に置かれた小さな椅子に座る。
「そ、そうなんです。だ、だから、最近はアクリル絵、まあ空想画もアクリルで書いていたんですけど、く、空想画以外のアクリル画を書いていこうかと」
「楓がそうしたいの?」
「…両親に認めてもらいたくて」
「好きをやめたら認めてもらえそう?」
「わ、わかりません。でも…」

「一応、賞とれるくらいのまともな絵が描けるんだから、そっちを描きなさいよ。気持ち悪い!」
母親が叫ぶ甲高い声を思い出す。
映像も浮かんでいるが、影のような黒塗りの母親が、白抜きの目を吊り上げ、口を大きく開けて罵倒してくる。

(あれ?母さんの姿が思い出せない?)
「賞とれるくらいまともな絵って、賞を取るのがどれだけ大変だと思っているのだ!」
プンスカ怒っているエーミルの声で、楓は我に返る。
エーミルを見て、楓は笑ってしまった。
「どうしたの?」
(うん!)
「ぼ、ぼくのために怒ってくれる人、弟以外に初めてだったから、なんか嬉しい」
「にこーっ」と笑う楓に、エーミルは右手を差し出す。
「楓、僕たち友達になろうよ」
(と、ともだち…)
心の中で、慣れない言葉を復唱した楓は、差し出されたエーミルの右手の意味が分からずジッと見てしまう。
(ともだち…)
心のなかで同じ言葉をつぶやいたとき、楓はハッとする。
「と、ともだちー!?僕と!?」
「うん!嫌?」
「そ、そ、そ、そんなことないーっ」
今までにないほど、どもりながら叫び、楓はなんとか最後まで言い切る。
「そしたら握手」
(あ!握手の手だったのか!?)
楓は顔を赤くし照れながら、エーミルの右手に右手を差し込む。
「僕たちこれで友達だからね。僕のことも呼び捨てタメ口で」
エーミルは、楓の手を軽くキュッと握る。
「え、でも年齢…」
(確かエーミルさんは二十三歳ってプロフィールに…)
「関係ない。友達は呼び捨てタメ口って決まっているんだから」
「わ、分かった…」
「この握手は、友だちになるときの儀式」
「ぎ、儀式」
「ここからは挨拶」
「あ、挨拶?」
「楓、右手の手のひらをこっち向けて」
(手の平を?)
「う、うん」
言われた通り、楓は手のひらをエーミルにみせる。
エーミルは楓の手の平にパンと軽くハイタッチをし、早口で言ってくる。
「次は、拳をつくって!」
「え?え?」
「その拳の小指側を見せて」
「え?え?」
慌てながらも手を握り、拳の小指側を見せた楓。
エーミルは、楓の拳の小指側に、自分の拳の小指側をトンと当てる。
「次!拳はそのまま、肘をこっちに向けて」
「ひ、肘?」
楓はもう訳がわからない。
とにかく言われたとおりに、拳を握ったまま肘をエーミルに見せる。
エーミルは、楓と同じポーズをして、楓の拳から肘に、自分の拳から肘までを当てた。
「これ!友情の挨拶!」
「ゆ、友情の、あ、挨拶?」
「そう!偶然会ったときも、待ち合わせで会ったときも、今のハイタッチ・小指合わせ、肘合わせをするの」
「え、え?えーっ?」
「僕たちの友情の証だからね。覚えてね」
(ええっー!!)
心のなかで叫んだ楓は…
(紅葉、友達って大変なんだね。お兄ちゃん、頑張るから)
なぜか、この場にいない弟に語りかけ、遠い目をした。
生まれて初めての友人エーミルが「友情の証」というものに憧れ「友達の形」にこだわりを見せる「The厨二病・友情の証」別名「プルーフオブフレンドシップ」であることを、楓はこの後知ることになる。

明るい日が差し込む部屋で、楓はパソコンに向かってカタカタとキーボードを鳴らしていた。
「父さん母さん
その後、お変わりありませんか?
僕が小惑星アウトキャストに来てまだ一週間ですが、初めての友達ができました。
こちらの東区もそちらフロントと同じで、季節は秋です。
今は、厨二病棟や学園での案内を受けたり、手続きをしたりしています。
こちらの学園は通えそうなので、級をとれるよう頑張ります。
制服や学園で使うもの、厨二病棟での治療や訓練に使うもの、生活に必要なものは、こちらで用意してもらえるとのこと。
父さんと母さんにあまり負担をかけなくて済みそうで安心しました。
こちらにも十四歳で出来るバイトがあるみたいなので、絵に必要な材料や道具は揃えていきたいと思います。
ただ、すでにそちらで使っていたもの、父さんと母さんに買ってもらった筆とパレット、僕がバイトで購入した画材道具一式、お手数ですが送ってもらえないでしょうか?
僕の過去の作品も入れてもらえると助かります。
支度金から出してもいいとのことで、着払いで大丈夫です。
お仕事忙しい中、ごめんなさい。
父さんも母さんも、身体に気をつけてください。
紅葉には別途、メールを送りたいと思います。
楓」
(これで、そ、送信を…)
キーボードのエンターボタンを押そうとする、楓の右中指が小ギザミにふるえている。
楓は目を閉じ「ふうー」と息を吐いた。
(大丈夫!空想画以外は描いてもいいんだから送ってくれる)
目を閉じたまま、ゆっくりと中指をおろす。
目を開けると、モニターに「送信しました」と表示されていた。
「大丈夫」
楓は声に出しながら「んーっ」と背伸びをし、両腕をストンとおろして脱力する。
窓から見える空は、さわやかな水色で、綺麗な白の雲が浮かぶ。
「いい天気だなー」
天候に気分が良くなった楓は、自然と笑みがこぼれた。

「今日は質問がありまして」
アパートもどきの診察室、通称「グルーの小部屋」の四人がけテーブル。
グルーと楓は向かい合っていた。
グルーの手元には、黒いマグカップ。
楓の手元には、氷が二つ浮かぶ水がある。
「何でも聞いてくれ」
グルーは、スッと姿勢を正す。
(初対面のときはビックリしたけど、グルー先生、僕の下手な話。急かさず、ゆっくり聞いてくれるんだよね)
楓は、用意された水を飲み、話す体制を取った。
ヒヤリと通る喉越しが気持ちいい。
「あの、厨二病は大人もかかるんですか?十四歳くらいが掛かりやすくて、大人になるにつれて治るものって聞いていたので…」
楓の質問にグルーは苦笑する。
「そうだな。十四歳で掛かりやすく大人になるまでに治るのは『成長期一過性厨二病』。この星ではそう呼ばれている」
「せいちょうきいっかせい…僕はそれでしょうか?」
「いや、まだ断定はできない」
「そう…ですか…」
「そうだ。ちなみに、私やエミリのように、幼少の頃から厨二病の兆候があり、大人になっても治らないのが『吸着型慢性厨二病』。あくまで、この星での呼び方だがな。幼少の頃からとはいえ、先天性なのか後天性なかは分かっていない」
「ああ、厨二病には二種類あるんですね」
「いや、大人になって突然発生するのが『突発性厨二病』。突発性厨二病には、悪性と良性がある」
「へ?悪性?」
「悪性だと性別蔑視や職業蔑視など、自分の価値観で周りにマウントを取り始める」
「こ、怖い」
「怖いよな。吸着型慢性厨二病にも悪性はあって、このアウトキャスト東地区の総合病院にも『The厨二病・学歴厨』の脳外科医がいてな」
「ええっ」
「楓が合わずに済むといいんだが…脳外科と精神科厨二病棟は、研究で手を組んでいるから関係性はあるんだ」
「そ、そうですか。慢性でも悪性あるんだ」
「そうだな。一過性にかかり一過性じゃなくなる患者もいる」
「え、そうしたら、僕が一過性だったとしても治らない可能性が…」
「必ずしも治さなきゃいけないのか。そこもにも疑問がある」
「ひ、人に迷惑をかけるので治さないといけないと言われました」
「誰に?」
「ち、父です。あと、最初の病院のドクターにも」
「ちっ、いらないことを」
グルーは苦い顔で舌打ちをした。
「…」
楓は何を言ったらいいか分からず下を向く。
グルーは、楓に目をやりながら続ける。
「まあ、厨二病も色々あるんだ。この小惑星アウトキャストでは、厨二病について研究されている。そもそも病気では無い説も出ていてな」
「そうなんですか?」
「何をもって病気とするか、障害とするか、個性とするか、一過性の症状とするか。精神科は判断が難しいものが多い」
「レ、レントゲンとかに映らないですもんね」
楓の言葉にグルーはクスリと笑う。
「そうだな。映れば分かりやすいな。実はその辺も研究されてる」
「す、すごいです」
「その研究だがな、六年に一度、六つの小惑星で芸を競い合ったり見せあったりする大会が、来年開催される」
「あ、六光星大祭」
「そうだ。そこで発表すべく、今年は今まで以上に、厨二病について研究が進められているんだ」
「ぼ、僕たち患者にできることとかありますか?」
楓の言葉に、グルーは破顔した。
「ありがとうな楓。すごく心強い!頼むな」
初めて見たグルーのクシャリとした笑顔。
それに照れながら、楓は珍しくハッキリした声で返事をした。
「はい!」

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