「The厨二病棟惑星」第2話

The beginning of friendship
〜 友情のはじまり 〜

(小惑星アウトキャスト東部美術館。ここだ!)
楓は、白と緑を基調とした、城のような建物の前に立っていた。
門には「小惑星アウトキャスト東部美術館」と掘られた表札がある。
変わらず袖と裾を折ったブカブカのジャージを着た楓は少し不安になった。
(こんなお洒落な場所に、こんな格好でも入れるかな。でもジャージしか持っていないし)
楓は、若干挙動不審に門を通り、建物に入っていくが、周りの客らしき人々は素通り。
各所にいる警備員も、楓を見るが特に反応しなかった。
それに安心しながら歩み進め、楓は「小ホール」と書かれた出入口で止まる。
出入口には縦書きで「4260年空想絵画コンクール入賞作品」と書かれていた。
「チケットを拝見します」
スーツを着た女性スタッフに言われ、楓は持っていたチケットを渡す。
そのまま促され、楓は小ホールの中へと入っていった。

(うわぁ、どれも最高!)
楓は展示されている絵を見渡す。
そして、端から一枚一枚、丁寧に見始めた。
(これはアクリル。色使いがすごい)
(油絵!空想画で油絵!初めて観るかも!いいなあ)
(ええっ、デジタルに水彩にアクリル!一枚の絵に三種ってありなんだ!?しかも三種でこの統一感、あーヤバイ)
楓は歩みを進める度に高揚する。
「うわあ!」
思わず感激の声が出た。
そこには、縦五十センチ横1メートルほどのデジタルアートが展示されていた。
声を出してしまった自分に驚き、楓は慌てて周りを見渡す。
数人と目が合い、慌ててペコペコと頭を下げる。
(ごめんなさい。ごめんなさい)
頭を下げる楓に、無表情な者、微笑んでいる者、それぞれが楓から目を反らしていく。
楓は気まずそうにデジタルアートに視線を戻した。
(うわあ、うわあ)
デジタルアートに胸を鷲掴みにされた楓は語彙力を無くす。
絵は、空と鷹、海とイルカ、木とヒグラシ、草原とゾウ、の組み合わせがそれぞれ美しく、風車のように描かれている。
中央には漆黒の長方形。
長方形の中には、金色の小さな楕円や細いリボンのようなものがいる。
中央には、銀色のやや大きめの楕円が描かれていた。
最初は呆然とみていた楓だが、だんだんと頭がクリアになっていく。
(題名は?「無きもの」)
デジタルアートの下には「題名 無きもの/作者 エーミル」と描かれたプレート。
そして最優秀賞と書かれた花リボンが飾られていた。
(紙はマット)
楓はデジタルアートを食い入るように観る。
(画質がすごく緻密(ちみつ)。キャンバスサイズを大きくして描いたとか?そうするとパソコンが重くなる。高性能パソコンかな。あ、最近デジタル画専門コンピュータが発売された。それかも?)
「熱心に見てるねー」
緑がかっている白銀の目と長髪。
白シャツに黒ズボン、紺のカーディガン。
色白のヒョロリとした青年が、楓に声をかけるが楓は気づかない。
(キャンバスを小さく設定すれば、書きやすい反面、画質は荒くなる。A1用紙に部分印刷したものを張り合わせてある?この大きさのデジタルアートで、この繊細な画質はなかなか出せない。すごい根気と技術だ)
「もしもーし」
ヒョロリ青年は、口に手を添え楓の耳元でささやくも、楓はまだ絵に夢中だ。
楓の視線は、アートの鷹にいっている。
(鷹は目が良い。物事をよく観ることが出来る人への褒め言葉に使われる)
視線はイルカに移される。
(イルカは耳。人の話をよく聞くことが出来る人の例えに使われる)
次に視線を送るのはゾウ。
(ゾウは嗅覚。勘がいい人への皮肉に使われることもあるけど、勘づいた上でスルーする技「ゾウの知恵」は褒め言葉)
そしてヒグラシをマジマジと観る。
(これは絶対ヒグラシ。セミじゃない。美しく透明感溢れるような羽。木の向こうは夕暮れ?ううん、明け方かも。ヒグラシが鳴く時間帯だ)
ヒョロリ青年は、声をかけるのを諦め、楓の視線を追っていた。
その楓の視線は、中央の漆黒の長方形に釘付けになっている。
(銀の楕円は核のような…金の小さな楕円に細いリボン…)
楓は生物の教科書を思い出し、思わずつぶやく。
(色は違うけど、空想画だし、これは…)
「…細胞」
「すごーい!何で分かったの?」
「え?」
「やっと気づいてくれたー。ちょいちょい君に話しかけてたんだよ僕」
「え、え?」
(ど、どちら様?)
「あは。頭がついてきてない?ごめんね集中している時に。悪いとは思ったんだよ?」
「あ、ああ、ご、ごめんなさい。ぼ、僕に、な、何か?」
「うん!すごく熱心に見てるなーって。この絵の前の君を見つけてから、三十分は経ってるよ」
「あ、あ、他の人に迷惑を!?」
「大丈夫。観るスペースはじゅうぶんあるから」
「あ、よ、良かったあ。もうこの絵が素晴らしすぎて…見とれていました」
「そんなに良い?」
「はい!視力・聴力・嗅覚・鳴き声、それぞれに優れたものが描かれているのに、タイトルは『無きもの』。」
楓は溢れる笑みで話し始める。
(お!いい笑顔)
ヒョロリ青年も、笑顔で楓の話に耳を傾けた。
「『無きもの』が人間の能力のことなのか、人間そのもののことなのか、黒い細胞は闇を表現。銀の核は未来?金は周りに散らして、あえて銀核にしているとこに品格があって…」
楓はもう無我夢中で話している。
(ドモリあるみたいだったけど…今、饒舌になっているの気づいてないね)
ヒョロリ青年は、クスリと笑い、話の続きを聞く。
「『ゾウの知恵』のように、何を見ても聞いても感づいても、鳴き声あげずにうちに秘めていこう的な、ああ、違うかも。逆に能力を身につけ」
「合ってるよ」
ふいに、話を進めさせないかのように、ヒョロリ青年はクスクス笑いながら返事をした。
「え?」
「秘めていこうで解釈あってるよ。描き手の意向をそこまで読めるってすごいね」
「え?え?」
楓は言われている意味を把握できず挙動不審になる。
「それ描いたの僕」
「え?」
「僕の名前はエーミル。その絵の作者。君は?」
エーミルの胸には、絵に飾られているのと同じ、最優秀賞と描かれた花リボン。首からかけたネームプレートには「コンクール参加絵師 エーミル」と描かれている。
「ええーっ!」
楓は、最初にエーミルの絵を見たときにあげた声の二倍の音量で、雄叫びをあげていた。

「そうか、グルー先生にチケットもらったんだ」
「は、はい、空想画家になりたいけど、お、親が気持ち悪がってしまって。風景画とか静物画とか、一般的な絵ならいいんですけど」
楓とエーミルが話しながら、厨二病棟の低い門に入っていく。
「それをグルー先生に話したら、丁度、空想画展やってるぞと」
「はい、ほんと楽しかったー。迷ってたんですけど行って良かったです」
(絵になるとどもらないんだ)
エーミルは再びクスリとなる。
「それは良かった。楓、僕と同じ厨二病棟の子だったんだね。いいの?お邪魔して」
「よ、良かったら。僕の絵は今、パソコンでしか見れないので」
たどり着いたアパートの一室の鍵を開けながら、楓はエーミルに答える。
「楓はアクリル画なんだ。なのにデータ−化しちゃってるの?実物は?」
「ま、まだ送ってもらってなくて」
「あー、アウトキャスト行きって、荷造りする間も与えてもらえないよねー」
「そうなんですよねー。あ、どうぞ」
ガチャリとあいた扉を開けて、楓はエーミルを中に促した。

「すっごーい!楓、すごいねー!」
六畳ほどのアパートの一室で、パソコンに向かいエーミルがはしゃぐ。
楓は赤くなり下を向きながら、キッチンでグラスに氷二つと水を注いでいる。
パソコン画面には、虎の狩りやライオンの戦い、シマウマの群れや警戒中のウサギのなど、自然界の動物が生き生きと描かれた絵が並ぶ。
時に、風景画や花の写真などもあった。
エーミルは、カチカチとマウスを鳴らし、勢いよく絵を観ていく。
「このパソコン、部屋についてたやつ?」
「は、はい。少し古いですけど、じゅうぶん使えました」
「データよく持ってたね」
振り返るエーミルに、楓はジャージを開け、白Tシャツの中に手を突っ込んで、首からかけている小さな巾着を見せた。
「この中にいつも入れて持ち歩いてたんです」
「おお!そうなんだー。おかげで僕はこんな良いものが見れて嬉しいよー」
「あ、ありがとうございます」
再び赤面した楓は、笑みを浮かべつつ口をキュッと結んで、ティーバックの入ったマグカップに湯を注いだ。
エーミルは、パソコンに視線を戻し、画面上の右上のバツ印を押す。
出てきた表示から「空想画」をクリックした。
ポンポンポンと画像が並んでいく。
その一枚をクリックすると、黒いバックに、奥まで続く銀の道。
その銀道には、同じ大きさの白い人型が並ぶ。
銀道の所々から、並んでいる人型より、大きい人型や小さい人型が落ちている。
そんな絵がバーンと映し出された。
「ほふー」
意味ありげなその絵に、エーミルが感嘆の声を上げる。
別の画像をクリックすると、今度は爽やかな水色のバック。
そこに白い雲がいくつも浮かび、雲の上で、真っ青な楕円の乗り物に乗っている人型が現れる。
各雲から、乗り物に乗っていない人型が逆さまに落ちていた。
しかし、画面の下側にはグレーの横長い雲が描かれ、上の白い雲から落ちた人型を救済している。
目も口もない人型だが、落ちてきた人にかけよったり、抱き合っていたりと微笑ましい。
エーミルが、パアッと笑顔になり、画面を食い入るように観ている。
「エーミルさん、紅茶入りました」
楓の声に、エーミルはバッと楓を振り返る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?