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「シン・ウルトラマン」2回目の感想

「シン・ウルトラマン」鑑賞2回目(以下ネタバレあり)。

https://shin-ultraman.jp/sp/

 2回目は1回目より全然面白かったし感動もした。おそらく1回目は「シン・ゴジラ」との比較に肩の力が入り過ぎて、作品そのものに没入できなかった。今回はとても素直に観れた。多くの方から寄せられるこの映画への評価を聞いたところ、自分がいかにかつてのテレビ放送時の「ウルトラマン」を忘れていたかがよくわかった(観ていたのは50年以上前だから仕方がない)。以下は忘れていたポイント3つ。

 ①浅見弘子(長澤まさみ)の巨大化は、かつてのテレビ放送でフジ隊員が巨大化していたことを忘れていた。たしかにここはある意味でエロかったし、スカートの中身も気になった。それにしても浅見弘子が初めてウルトラマンを見た際に「着衣なのか皮膚なのかわかりません」と報告したのには『どっちだろう?』。②ウルトラマンがゼットンに倒されたことも忘れていた。バルタン星人に倒されたと誤解して記憶していた。もっとも「シン・ウルトラマン」のゼットンと「ウルトラマン」のゼットンは全く形状が違ったが。③ハヤタ隊員がウルトラマンであることは知っていたが、そもそもハヤタ隊員の生死が、地球におけるウルトラマンの誕生に関わっていることすら覚えていなかった。同時に力尽きたウルトラマンを救済しようとするゾーフィの存在もすっかり忘却していた。「シン・ウルトラマン」では神永新ニ(斎藤工)がハヤタ隊員をオマージュしている。そう言えばハヤタ隊員はハヤタ・シンという名前だが「シン・ウルトラマン」の「シン」はここから取ったのだろうか?(新という意味も真という意味もあると聞く)。

 改めて観て『いいなあ』と思ったポイント。1️⃣あちこちにオマージュ。導入の前置き映像しかり(あれはウルトラQじゃなくてウルトラマンだったのね)。導入曲しかり。「科特隊出撃せよ」挿入では、過去の自分が燃えた萌えた。鷺巣史郎の曲は「シン・ゴジラ」で使われていた曲もあって、その親和感もあった。登場する怪獣たちしかり。特にネロンガやガボラは『お久しぶり〜』という感じで懐かしかった。2️⃣ユーモアたっぷりの演出。神永新二と浅見弘子の失踪を「ウルトラマン愛の逃避行」と囃し立てたマスコミ記事に爆笑🤣。メフィラスと神永新ニが公園で話し合っていると、警察が取り囲んだので、メフィラスが「河岸を変えよう」と浅草の居酒屋🏮で呑み始め、しかも勘定は割り勘。総理大臣役の嶋田久作の面長フェイスは現首相にルックスも類似。3️⃣破壊願望が満たされる。怪獣登場の地面の炸裂。ウルトラマン落下の爆音。怪獣や宇宙人とウルトラマンが戦う時の建物や設備倒壊。自衛隊の出動シーンも緊迫感があって子供の頃から大好き。4️⃣世の中の風刺も忘れない。特にメフィラス(山本耕史)のベータボックス提供による、人類巨大化=兵器化に世界各国が飛びつくシーンは核開発や生物兵器の利用に狂奔する現代社会への警鐘であり、痛烈な批判である。それにしても山本耕史のパチンと指を鳴らす演技はカッコ良過ぎた。5️⃣泣かせどころも心得ている。禍威獣特設対策室=禍特隊のメンバーの絆。禍特隊室長の宗像龍彦(田中哲司)と禍特隊班長の田村君男(西島秀俊)の落ち着いた、かつ政治に流されない部下を大切にするリーダーシップ。浅見弘子の神永新ニへのリスペクトと仄かな慕情。オタクメンバーの滝明久(有岡大貴)の人類の無力さに対する煩悶と絶望、それを優しく根気強く励ます船縁由美(早見あかり)のメンバーシップ。そして何よりウルトラマンの人質とされかねなかった禍特隊メンバーを世界から守った神永新ニの恫喝はカッコよかった。ゾーフィが何度もウルトラマンに問いかける「どうしてそんなに人間を愛するのだ?」に対するウルトラマンの自己犠牲という回答こそ「ジャングル大帝」のレオを思い出す責任感と崇高さ。6️⃣多くの方が直接的にも間接的にもこの映画製作に関わってきたということ。オリジナルデザインは成田享先生がクレジットされていた。ウルトラマンは円谷プロと成田家で権利関係の決着にいろいろと課題があったので、成田亨先生の偉大な業績が再認識されてよかった。モーションアクションアクターにはかつてのウルトラマンを演じた古谷敏氏がクレジットされていたし、企画協力にキングレコード専務で円谷プロの取締役だった大月俊倫氏の名前も確認できた。円谷プロと成田家の間に立って尽力した方だった。

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