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清水次郎長に森の石松登場、矢野隆「さみだれ」

矢野隆「さみだれ」(徳間書店)。電子書籍版はこちら↓
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森の石松には浅からぬとも言えないほどの遠浅の縁がある。静岡県周智郡森町に住む元々職場の友人から、毎年の夏に玉蜀黍、秋に柿を送ってくる。ことに森の治郎柿は有名なブランド柿だ。森町と言えば、森の石松。親分である清水の次郎長の隻眼の子分である。この作品は、浪曲で有名な清水の次郎長や森の石松、そして大政小政たちが大活躍する幕末時代劇だ。かなりのキャラクターが歴史上の人物で、実在なれど変名や設定を変えてあったり、完全に創作上の架空の登場者もいる。生きた侠客たちが、切った張ったのスプラッターシーンを繰り広げながらも、義理と筋目を建前にしながらもキッチリと一家や渡世をマネジメントする大人のハードボイルドだ。
 皐月雨の晋八という浪人が、甲州の卯吉一家に襲撃されている石松を助けたことから物語が始まる。行くあてのない晋八は石松に連れられて、石松の親分である清水の次郎長一家に居つく。次郎長一家は清水港の権益を握る、今のマル暴のはしり。血に飢えた晋八は殺しを好み、人を斬りたくてウズウズしている。そして自らの出自を明らかにしようとしない。だから番頭格の大政小政も、晋八の腕は認めても人は信用しない。清水の次郎長って親分は全く臆病かつ腑抜けだが、そこに次々と厄介ごとが降り注ぐ。清水港の利権を狙う伊勢の丹羽屋伝兵衛の息がかかって、名古屋で弟分の久六が次郎長を裏切る。そこから久六の舎弟だった久八が反旗を翻し、遠州の吉兵衛が森の石松を殺め、下田の金平までもが次郎長宅を襲う。度重なる報復と出入りの中で、頼りなかったはずの次郎長に、晋八はいつの間にか違った顔を見るようになる。果てしない泥沼の抗争の決着を着けたのは、結局のところ思いもよらない形での晋八だった。

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