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梓林太郎「人情刑事・道原伝吉 松本−日本平殺人連鎖」(徳間文庫)

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 松本市内で上条貞彦夫妻の自宅が火事で全焼した。松本署では放火の疑いを持ったが、老夫婦には怨恨の心当たりはない。静岡市清水に住んでいる認知症らしき味川星之介が松本旅行に来ていて周辺を徘徊。行動時刻と出火時間帯の一致から犯行を疑われる。一方で聴き込みから、上条家に住み込みで働いていた若い女性・倉木円佳が出身地を偽っているという情報が署に寄せられた。そうこうするうちに地元の日本平で味川が刺殺される。更に松本市内で静岡市から来た紳士が殺害される。いずれの事件にも若い女性がそばにいたことが、目撃者から証言される。道原伝吉と吉村夕輔の刑事コンビは、消えた女性を日本全国に追う。
 浪曲の「親の因果が子に報い」そのものの哀しい物語である。男の歓心を得るために娘たちを捨てる母親。男に死なれ、捨てられ、女は一人で生きてゆけない。しかし後添えになれるくらいだから、美しく艶っぽい。苦労して育った娘たちは、母の面影を継いで美しかったが故に、同じように道を踏み外してゆく。不幸せだった者たちが肩を寄せ合って生きてゆく光景は、儚くも脆い。そして繰り返される災厄に、世のつれなさが恨めしい。生まれてくることは平等のはずなのに、人は生まれた時から不平等だ。そしてお互いにレッテルを貼り、自らの縄張りを守ることに汲々として異端者を排斥する。この小説は犯罪ミステリーだから、ハッピーエンドはない。しかし犯行に至る道を解き明かす道原伝吉の捜査は、真犯人を理解するための精一杯の誠意であろう。


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