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よかれと思ってはいい迷惑かもしれない話

おはよーございます✨🌟八風です🌻

義父とのコミュケーションの話。
ちょっと真面目な話です。

わたしは結婚してから、
義父に〇〇してあげることが
嫁としての役割、努めだ!と
勝手に決めつけていた。

義父は義父。
旦那は旦那。
私は私。

の線引きが全くもってできてなかったと思う。

よかれと思って
〇〇してあげる。

よかれと思って。

このよかれと思ってって今となっては何やったんやろう?と感じる。

義父や旦那を無意識のうちにコントロールして、自分の支配下にでも置きたい、と当時は思ってたのかなぁ。

めちゃめちゃ怖い。

でもそう気づけた自分。

今となっては他者からみたら、
ただの言いなり。
なんなら、諦めのように見えていた当時の旦那の対応がイチバン正しかったように思っている。

きっと旦那も自分と親と戦ったうえで、
折り合いをつけて、落ち着いたんだろうな、と今ならわかる。

ただ、最初はそう思えないことも多くて。

それでもそこに他人が介入してきて、
よかれと思ってとわたしが自分なりに一生懸命頑張ってきたことは、無駄ではなかったと思うけど、その当時のわたしを見て、
旦那はどう感じてたのかな。とたまーに思う。

無駄なことせずに、ほっといたらいいのに。

イタイやつだなぁ。

もしくは無関心だったのか。

わからない。

今はもう当たらず触らず、時に叱咤激励はするし、どう見てもやばいな、と思うことには手を差し伸べるけど。

のにのに病と
べきべき病が
でそうな時。

胸に手を当てて考えることは、

義父がやらなくていい、と言ってることは
本当にやらなくていい


ということだ。

深読みして、
本当はこうではないか?
こう思ってるんじゃないか?
のいらない真実探しと詮索。

わざわざ言われてもないことを自ら率先して足をつっこみ、
自分自身をイライラさせることより、
何もせずとも、機嫌良く過ごしてるほうが
自分も周りも楽だ、ということに気づいたのだ。

だから自分の捉え方を変えてみよう。

で、今に至る。

いやいや、ここまで来るのに何年かかったんや、わたし。

なんていうか、結婚してからの数年で
本当に変われたとおもう。
結婚してなかったら、まじでそのままで、
自分がイタイことすら気づいてないままだったのかも。

もう少しそんな事にはやく気づけてたらどんなにラッキーな人生だったろうか、幸せだっただろうか、と思う時もあったけど、そこを抱きしめながら今を生きていくのも悪くないな、と思えるようにやっと思えてきました。

若い時には考えられない丸さ。

今日はそんな真面目なことを書いてみたくなりました。

本日もみなさん、素敵な一日を🫰
わたしもあなたも最強の運と心で(*^^*)

日々是好日。

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