[第3回・後編] チケット転売は禁止するべきか --- 部分均衡分析

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講義の後半では、簡単な市場(部分均衡)モデルを使って、次の3つの分配メカニズムを理論的に比較しました。

(i) 行列・抽選
(ii) 市場
(iii) 行列+転売

【板書】需給が一致する価格で最初からチケットが売られた場合には(DとSの交点で)5万円の価格が付くと想定。これを1万円の割安価格で売ると、超過需要が発生し、運よくチケットを獲得できた買い手の一部が転売することで、転売市場における価格は(DとS’の交点)7万円に高騰してしまう。現実には、この転売での利益を求めて、チケット自体には全く関心のない利潤目的の転売屋(ダフ屋)が多数参入することも。ここで、もしもこうした転売屋をうまく排除できたとすると(たとえば、最初にチケットをファンクラブの会員にしか売らない)、(iii) 行列+転売はどの程度の経済厚生を達成できるでしょうか。


仮に転売市場が競争的で取引にコストが一切かかれなければ、(iii)と(ii)で最終的にチケットを手に入れる消費者は一致する、つまり支払い意欲が5万円以上の消費者がチケットを手に入れることになるでしょう。なぜなら、(転売市場で付く価格が5万円になると分かっていたとすると)、チケットを運よく手に入れた所有者の中でチケットへの支払い意欲が5万円を下回る人たちが売りに出し、行列でチケットを手に入れることができなかった買い手の中で支払い意欲が5万円を上回る人たちが買おうとするからです。そもそも(ii) 市場のもとで均衡価格が5万円であると仮定しているので、転売市場でもちょうど5万円で需給が一致する、という点に注意してください。

以上の分析は、(「取引にコストがかからない」という単純化に加えて)
・自分がまだ持っていないチケットへの支払い意欲(W)と、一度所有したチケットを手放すことの留保価格(V)が等しい
という、通常の経済分析における暗黙の前提(つまり「W=V」)が成立している状況では正しいですが、両者が異なる場合にはそうではありません。行動経済学では、「保有効果」または「授かり効果」(endowment effect)と呼ばれる現象が指摘されており、これによると一度手に入れた財への価値が手に入れる前よりも高くなること、つまり「W<V」が示唆されます。保有効果が存在する場合には、転売市場でつく価格は5万円よりも高くなり、市場による配分とはチケットの所有者が変わってくることになります。

板書の右図は、この保有効果をもたらす要因の一つである「所得制約」を二次元のIV平面上で表現したもので、横軸の I が所得(Income)、縦軸の V が先ほどの留保価格(Reservation Value)となっています。各買い手にとって、
・チケットの真の価値はVだけど手持ちの予算がIしかないので、チケットを買うための支払い意欲(W)はどんなに高くてもIにしかならない
という状況だと考えください。数学的には、WはVとIの最小値、つまり
・W=min{V, I}
となります。講義では、
・VとIがそれぞれ0~10万円までの間に独立かつ一様に分布している
ような状況を考えました。図で描かれた45度線よりも右下に位置する買い手は「V<I」ですので所得制約には直面しておらず(W=V)、45度線よりも左上の買い手は「V>I」で所得制約に直面する(W=I<V)、つまり保有効果が現れる買い手となります。

こうした所得制約を考慮すると、(ii) 市場のシナリオで実際に購入することができる買い手というのは、VとIがともに市場価格の5万円を超えている買い手(つまりmin{V, I}=W>5)となります。これは図の右上に位置する正方形の領域に対応します。仮定から買い手の分布は一様ですので、彼らのVは5~10万円に等しく散らばっており、その平均値は7.5万円となります。また、全員に行列や抽選でチケットを配った場合には、Vは0~10万円に一様分布しているので平均は5万円になります。

ここで、(iii) 行列+転売を見てみると、転売市場でつく価格(=p*)は5万円よりも高い値となります。このシナリオの下では
・まず行列(抽選)によって、買い手がランダムにチケットを受け取る
・チケット保有者のうちV<p*はチケットを売り、V>p*は保有する
・チケットを持たない買い手のうち、W (=min{V, I})>p*が購入する
が起こり、最終的なチケット保有者のVはp*~10に一様分布することになります。計算するとp*>5となるため、保有者たちのチケット価値の平均額 (p*+10)/2 は(ii)のもとでの7.5万円を上回ることを示すことができます。【注】

つまり、所得制約がある(そのため保有効果が内生的に現れる)状況では、買い手にとってのチケットの価値(V)の総和を最大化するという観点からメカニズムを比較した時に
・(iii) 行列+転売が(i) 行列や(ii) 市場よりも望ましい
という結論が導かれるのです。これは、IとVの分布の仕方やチケットの供給量に依存しない非常に頑健な性質です。種明かしをすると実は理屈は単純で、
・最初から市場で売る場合には、Vは高いけれどIが低いような買い手(=お金の無い熱心なファン)は絶対にチケットを手に入れることができない
一方で、
・行列+転売の場合には所得制約に直面している熱心なファンのうち一部はチケットを獲得することができる(そして彼らは転売しない)
ことが可能になるため、そうした買い手の分だけ市場と比べるとVの総量が大きくなるからなのです。

現実にも、ファンクラブの会員など(利潤目的ではない潜在的な買い手だけ)にまずは割安でチケットを優先的に配分して、その後で転売を許すような仕組みがうまく機能すれば、最初から市場やオークションなどを通じて需給均衡価格でチケットを売ろうとするよりも、経済厚生が高まるかもしれません。チケットの高額転売問題において、経済学者の多くが(ii) 市場 の利点を強調し、転売の批判者たちが主に公平性から(i) 行列 の利点や市場の欠点を主張していましたが、ひょっとすると(iii) 行列+転売という両者のハイブリッド型のメカニズムが理想的かもしれない、ということを上の分析は示唆しています。

以上は、残念ながら私のオリジナルの考察というわけではなく、次の専門家向け論文をかみ砕いて説明したものです。
・Che, Y. K., Gale, I., & Kim, J. (2012). Assigning Resources to Budget-Constrained Agents. Review of Economic Studies, 80(1), 73-107.

前半部分はそこまでテクニカルでは無いので、興味のある方はぜひ原典に直接あたってみて下さい。余談ですが、この論文は僕が最も好きな経済学論文の一つです。(著者のChe教授はマッチングに関するアレコレの共同研究者なのでやや身びいきかもしれませんが、最初に国際学会でこの成果を聞いた時には目から鱗がボロボロ落ちました!)


【注】p*は以下の等式を満たす(10以下の)値になります。だいたい6より少し小さいくらい、のはず。
・(10-p*)×p*×1/4+(10-p*)×(10-p*)=5×5
(左辺の1/4は、このモデルでは行列によって各買い手がチケットを得られる確率が1/4になるため)

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