見出し画像

Michael Breckerの名盤 (1) Dreams/Dreams:評伝エピソードを交えて

私がジャズサックスに傾倒するきっかけとなったテナーサックス奏者、Michael Breckerの評伝「マイケルブレッカー伝 テナーの巨人の音楽と人生」が刊行されました。
私がマイケルを知ったのは高校二年生の頃、すなわち、1980年前後で、それ以来亡くなる2007年までリアルタイムアイドルとして追っかけていたわけだが、この評伝には私の知らなかったマイケルの音楽的な背景と人となりがわかるエピソードがてんこ盛り。というわけで、評伝のエピソードを挟みながら、私の好きな名盤、名演を紹介しようという企画です。当然ながら、評伝のネタバレもいくらかありますので、ファンの皆さんはまずは評伝を買って一読することをお勧めしますし、そこまでは、という人もこの記事で評伝に興味を持ってもらえると(そして買って読んでいただくと)幸いでございます。


今回の名盤: Dreams/Dreams

記念すべき第一回(何回続くやら)に選んだのは、マイケルブレッカーのキャリアの最初期に参加した伝説のバンドDreamsのデビューアルバムですな。お恥ずかしい話ではありますが、実はこのアルバム、 今回評伝読んでから初めて聴きましたw 私がマイケルを聴き始めたころには、とっくの昔に廃盤になっていて、結構な「伝説の名盤」扱いだったような気がするのだ。1992年にCDで再発されたらしいが、あんまり記憶にないな。
とりあえずサブスクリンクを張っておきますが、音楽の話はまた下の方で。

https://music.apple.com/jp/album/dreams/1304012548

1.1 マイケルブレッカーができるまで

さて、このアルバムが録音されたのは1970年。マイケルは1949年生まれなので、20歳そこそこですな。皆様ご存じの通り、このアルバムにはトランぺッターである四歳年上の兄ランディブレッカーと一緒に参加してます。
評伝によれば、少年期のマイケルは結構鬱屈していたらしい。兄のランディがセミプロのピアニストだった父親と音楽好きの家族の影響で子供ころからトランぺッターとしてジャズのエリート街道を歩む一方、マイケルは6歳からクラリネットを始めるも、初めはなかなか馴染めなかったとか。高校でも、音楽をやりつつもスポーツ(バスケットボールは結構な腕前だったとか)や、化学の実験に熱中して、そこまで音楽に夢中というわけでもなかった。
これは評伝に何度も出てくる表現なのだが、兄ランディが父親の寵愛を一身に受け、のびのびと音楽に打ち込むのを眺めて「父親への承認欲求と、できる兄貴に対しての劣等感」が入り混じったような複雑な感情を抱いていたから音楽に本気になるまで時間が掛かった模様。その前提としてマイケルの「自虐的」と言えるような自らへの自信不足があったようで、この性格は亡くなるまで基本的には変わらなったようだ。
さて、その鬱屈したマイケル少年、日本で言うところの中学三年生の時に兄に貰ったキャノンボールアダレイのアルバムを聴いてアルトサックスに転向。その後、友人のマークコープランド(後にプロのピアニストになる)の家でコルトレーンの"Impressions"を聴いて、コルトレーンにのめり込み、テナーに転向、本格的にサックスに取り組んでいった。そして、1966年にテンプル大学で行われたコルトレーンのコンサートを体験し、さらにサックスへの情熱を駆り立たとか。ちなみに、このコルトレーンのテンプル大学コンサートの音源は、マイケルの死後2014年に発掘されてCD化されてますね。いわゆるコルトレーン後期の「ゲロゲロ」フリーですが、コルトレーンのジャズに魅入られた若者が生で観たらそれは刺激的だったであろう。

その後、マイケルはインディアナ大学に進学しつつサックスの研鑽を続け、物凄いテクニックを身に着けてニューヨークに移り、プロとしてのキャリアを始めるわけだが、そこら辺の詳細は是非評伝で。実に60年代後半っぽい派手な出来事も多かったようです。面白いよ。

1.2 ランディの貢献(?)

ここで、私的に相当面白かったエピソードを。上にも書いた通り、マイケルはジャズエリートの兄ランディに対するコンプレックスを拗らせながらジャズサックスに取り組み、持ち前の探求心と練習量でプロも驚くような技量を身に着けていくのだが、実は、その時期、すでに大学進学のため家を出ていたランディとはほとんど接点がなかったらしい。以下はランディの言葉。

「残念ながら、弟がアルトサックスに転向し本格的に音楽に取り組始めたとき、私は近くにいられなかったんだ。」
「マイケルがサックスを吹くのを聴いたのはそのとき(1968年、マイケルが大学で組んでいたバンドをたまたまホレスシルバーバンドでツアーに出ていたランディが観に行ってセッションしたとき)が初めてだった。(中略)マイケルの進化を完全に見逃していたんだ。とにかく驚いたよ。

評伝より、ランディブレッカーのコメント抜粋

弟の複雑な感情を知ってか知らずか、あまり相手にしてなかったというw その後の、ブレッカーブラザーズの気の合った、というか、テレパシーが通じているような緻密なアンサンブルを考えると、よくいる(私の身近にもww)音楽兄弟で、長い時間同じような音楽を聴き、同じような音楽体験をしながら切磋琢磨して育った、みたいなストーリーを想像してたんだけど、なんか肩透かしでしたw。まあ、現実はそんなものか。なんとなく、飄々としたイメージのランディらしいですな。

1.3 ニューヨークデビューとDreamsの結成

そんなランディだが、すでに大学ジャズ界の第一人者の評価を得て、数々のビッグバンドやホレスシルバーバンドなどのメジャーなバンドにも加入、ニューヨークで当時ブームになりつつあったスタジオワークへの参入等、一流ミュージシャンへの道を順調に歩んでいた。というわけで、弟マイケルが本格的な音楽活動のために1969年にニューヨークに出てきたときには、色々な手助けをして、音楽面、金銭面、人脈面でマイケルのキャリアを問題なくスタートさせる。
さらに、マイケルのレコーディングデビュー作となる「スコア」をランディ名義で制作。まだ若い(10代?)マイケルの根暗なプレイが聴けます。ちょっとマイルスバンドのウェインショーターみたいな感じもあり。

伝説のバンドDreamsの結成はこのランディのデビュー作から1年後ぐらいの1970年ですね。マイケルはその間、スタジオ仕事をこなしつつ、ニューヨークのロフトシーンに出入りして、デイブリーブマン、スティーブグロスマン、ボブバーグ、ジーンパーラ、ヤンハマーあたりとのエンドレスセッションに入り浸っていた。以前もどここで書いたけど、当時の様子をベーシストのジーンパーラがまめに録音していて、いくらか音源が聴けます。

Dreamsの結成のきっかけは、1969年秋のホレスシルバーバンドの解散だったとか。職にあぶれたメンバーのランディブレッカーとドラムのビリーコブハムがいっちょなんかやってやろうということで、ニューヨークのサルサシーンで活躍していたバリーロジャース(のちに早逝しブレッカーブラザーズが"Song For Barry"を捧げたトロンボーン奏者)やギターのジョンアバークロンビ―、当然マイケルにも声を掛けて、Dreamsが結成されたわけです。

1.4 Dreams/Dreamsを聴いて

さて、ようやく音楽の話。Dreams、やってる音楽はキレキレホーンセクション入りのFunk/Rockですな。実に70年代っぽい。今となってはちょっと恥ずかしいようなアイディアも含め、いろんな音楽の要素を取り入れようとしているのが若者らしくていいですね(多分みんな20代前半とか)。
聴いてすぐ気が付くのはバリーロジャース含めた三管のホーンセクションの格好良さ。おそらくJames Brownバンドあたりがネタ元なんだけど、さらにややこしいリフやのちのブレッカーブラザーズにつながるような変なアレンジを多用している。アンサンブルはキレがあって完璧。ホーンのソロも多い。ソロになると当然兄弟のジャズイディオムが顔を出すわけで、リフの複雑さ、アンサンブル、ファンクやロックのリズムの上でのソロのジャズっぽさが当時としては最先端だったろうし、今聴いても格好良いと思える。
あと、ビックリしたのは、ランディが完全に出来上がっているということ。アンサンブルもそうだけど、ソロもまさにその後のランディのスタイルが確立されている。トランペットのコントロールやタイムも完璧。まあ、当時、ジャズの新生として騒がれても全くおかしくないですな。
さて、肝心のマイケル、当然テクニックは凄いんですが、ランディと違ってまだ発展途上という感じですかね。まあ、20歳そこそこなんで当然な訳だが。
例えば、Dream Suiteという組曲はマイケルのアカペラソロから始まるのだが、これがいきなりキングカーティス風のファンクサックス。だけど、その後すぐにコルトレーン調になって長尺ソロ。すでにマイケル節がそれなりに出てきてはいるものの、まだちぐはぐな印象はあります。音色はスモーキーで暗い感じ、フレーズも全体的に暗い、ビブラートも後期コルトレーンみたいに結構深く掛けていて、要は「フラジオが変に抜ける70年代グロスマン」みたいw 上に書いたロフトセッションとかでお互いに影響しあって、みんな似たようなプレイしてたんだろうなあ。
というわけで、マイケルの輝かしいキャリアの最初期を飾るアルバムで、今聴いても刺激的ではありますが、努力家肌で真摯な探求心を生涯絶やさなかったマイケル的にはまだまだこれから、という印象を残す音源ではあります。
今回はここまで、次は何にしようかな。
本記事のマガジンはこちらから。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?