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第五章 紅蓮竜④

目次とあらすじ
前回:紅蓮竜③


「……冗談なら、タチが悪いんだけど」

「冗談なもんか!」

 ユナヘルの叫び声が、夜の森にこだました。

 スヴェの手を借りて王都を脱出したユナヘルは、王都近くの森の中で、スヴェに詰め寄っていた。

 ユナヘルの手には、兵士から奪った魔法具があった。

「だいたい、その、時間が巻き戻る、魔法? そんなものがあるとは思えない」

 スヴェは警戒心に満ち満ちた目でユナヘルを見ていた。

 ユナヘルが妙な動きをすれば、即座に魔法が飛んでくるだろう。

「――ラフィ。君の妹の名だ」

 スヴェの目が大きく見開かれる。「どうし――」

「君が七歳のとき、村にやってきた人間と争いが起きた。小さな諍いはそれまで何度もあったけれど、そのときは怪我人も出て、騒ぎが大きくなってしまった。そして村人たちの中で人間への反感が高まり、人間だったスヴェ、君にその矛先が向けられそうになった。でもラフィが盾になってくれて、君は村を追い出されずに済んだ」

 スヴェは僅かに警戒を解いたようだったが、それ以上に動揺が見て取れた。

「まだ他にも知っていることを話そうか? あといくつか、スヴェ自身から聞いている話があるけど――」

「いい。もう充分」スヴェは首を振った。「きみの話を突っぱねるより、真実と考えたほうが危険が少なそう」

「――ありがとう」

 スヴェは夜空を仰いで大きく深呼吸した。

「でも、信じられない」

「信じられない?」ユナヘルは苛立ちを押さえ込もうとした。「僕が君の心を覗く魔法でも使って、君の秘密を探ったって疑ってるの?」

「そうじゃなくて、竜のこと」

 スヴェは片手で額を覆った。

「確かに竜の話は聞いてる。でもそれはおとぎ話のようなもの。それがどうして突然現れたの?」

「そんなこと!」ユナヘルは浮かび上がった恐ろしい光景を振り払った。あれはまだ、この時間では起きていない。「知らないよ。村は壊されて、村人も食い殺されてた。僕は匂いまで覚えてるんだ」

 ユナヘルはたじろぐスヴェに再び詰め寄った。

「君は竜の奇襲でも受けたのかもしれない。あるいは、竜にやられてしまった村を見て、動揺してしまったのかも。まともに戦えば、君が負けるはず無いんだ」

 そうだ。スヴェが魔物に負けるはず無い。

「どのみち村へ帰る予定だったんでしょ?」

「……ええ」

「今すぐ帰って。全力で。君一人なら、<月影>の力で三日以内に村へ帰れるはず。そうでしょ?」

「……きみはこれからどうするの?」

「僕のことなんかいい」

 ユナヘルは手の中の魔法具を見た。

 これらは所詮、人から奪ったものだ。

 十全の力は発揮できず、足手まといになってしまう。

 ユナヘルの足にあわせて移動すれば、竜の襲撃に間に合わなくなるだろう。

「それよりもスヴェ、今は君のことだよ」

「――分かった」

 半信半疑といった様子で、スヴェは頷き、獣のように森の中を駆けていった。



 スヴェは、四つの魔法具を装備している。

 妖狐フーシェンが封じられた<月影>は、肉体の強化と火の耐性を得ることが出来る。

 また、幻惑の魔法を使うこともでき、それを応用して敵の攻撃を回避することが出来る。

 <銀鏡>は水の精霊ウンディーネが封じられており、水に関する魔法を一通り扱え、連発は出来ないが、水を媒介にして瞬間的に移動することもできる。

 相手の背後を取ったり、咄嗟の回避が可能になったりと、非常に強力な動きが出来る。

 スヴェの腰にある螺旋状の刃を持つ剣<捩れ骨>は、リンドヴルムという毒蛇の魔物が封じられている。

 毒に関するあらゆる魔法を使うことが出来るそれは、スヴェの主力であり、キュクロプスでさえ僅か二呼吸で絶命させるほどの威力を持つ。

 <峰沈み>にはベヒモスという魔物が封じられており、重力を操り対象を押し潰すことが出来る。

 ユナヘルは一度だけその魔法を見せてもらったことがある。

 一つの山を均してしまう威力を秘めたこの魔法具は、スヴェの切り札だ。

 これほどの魔法具を同時に、しかも自在に扱える人間は他にいないだろう。

 まさにスヴェは、世界最高峰の魔法具使いだ。



 兵士から奪った魔法具の力で魔物領を突き進み、スヴェの村まで到達できたのが、作戦失敗の夜から、五日目のこと。

 竜はいなかった。

 沼地には蹂躙されつくした跡だけがあり、亜人種の死体には魔物が群がっていた。

 戦いの跡を辿ると、燃え尽きた森の中で、半分に折れた<捩れ骨>が転がっているのを見つけた。



 スヴェの村が竜に襲われるのは、奪還作戦失敗の夜から四日目の昼で間違いない。

 ユナヘルと出会わなかったスヴェがまっすぐ村に戻ると、到着するのは三日目の夜だということも確認した。

 ユナヘルは考える。

 スヴェを助けるためには、どうすればいい?

 簡単だ。

 竜を倒せばいい。

 幸いなことに、スヴェの村が襲われるまでに、最高の戦力――<空渡り>と<灰塵>を手に入れることができる。

 スヴェと共に、竜に挑むことは可能なのだ。

 だが結果は惨敗だった。

 どうあがいても勝ち目が見えてこない。

 生物として、否、存在そのものの格の違いを見せ付けられた。

 スヴェを竜と遭遇させない、ということも試した。

 口八丁手八丁で時間を稼ぎ、四日目の昼以降に――つまり村が滅んだあとに帰るよう仕向けるのだ。

 だがスヴェは自分の村が滅んだのを見ると半狂乱になり、竜と戦うために魔物領へ向かってしまう。

 「仇を取る」と血走った目で言うスヴェは、誰よりも恐ろしかった。

 そして、冷静さを欠いた状態で竜に勝てるはずなど無かった。

 持久戦を仕掛けたこともある。

 スヴェと作戦を立て、竜の消耗を狙って戦いを長引かせるのだ。

 これは案外上手くいった。

 スヴェの二つの魔法具は撹乱を得意としており、戦法に問題は無いように思えた。

 だが竜との戦いに時間をかけて、フリードの解呪が遅れれば、戦力を整えることが出来なくなる。

 メィレ姫救出のためには、五日目の朝までにはラグラエルの領地へ行かなければならない。

 永い旅を繰り返すうち、ユナヘルは「何が出来るようになるか」を把握できるようになっていた。

 あの竜と戦い、一日以内に、それもその後の戦闘に支障が出ない程度の傷で勝利を収めるなど、到底不可能だ。

 スヴェの死は避けられない。

 それが結論だった。


次回:第六章 王都攻略①

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