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第一章 小さな反抗者②

 目次とあらすじ
 前回:小さな反抗者①


 殺された。

 殺され続けた。

 容赦なく、一方的に。

 そうした死を何度も経験して、何度死んだか分からなくなったころ、ユナヘルは一つの結論を得た。

 時間が巻き戻っている。

 路地を逃げ、背後から攻撃を受け、足が止まったところを殺される。

 再び路地を走り、死に、また路地を走る場面へ舞い戻る。

 ユナヘルは最初、夢を見ているのだと思った。

 本当の自分は今も兵舎の寝台に横たわって、朝の訪れを告げる鐘が鳴るのを待っているのだと。

 だが死に至るまでの痛みは紛れもなく本物で、ユナヘルはその度に恐ろしい現実を突きつけられた。

 間違いなく、死んでいる。

 不思議なことに、死ぬことに慣れると、死に至るまでの苦痛を感じる余裕が出てきた。

 四肢を切り落とされる痛み。

 胸を貫かれ、呼吸できず溺れるように死ぬ苦しみ。

 ユナヘルにできることは、ただ一歩でも遠くへ逃げ続けることだけだった。

 ユナヘルを殺す兵士の様子は変わらない。

 時間が戻ることを知っているのは自分だけのようだと、ユナヘルは考えた。

 死ぬことそのものよりも、永遠に終わりが来ないという現実に対する恐怖が、ユナヘルの心に根を張った。

 たとえ走ることをやめ、追っ手の前に膝を折ったとしても、どうにもならない。

 殺されてから意識が戻るまでの時間が短くなるだけだ。

 どうして時間が戻るのかということに関して疑問に思っていたのは最初だけで、死と蘇生を繰り返す中、そんなことは次第にどうでもよくなっていった。

 このまま気が狂うまで殺されるのだろうか。

 いやそれよりも、ちゃんと正気を失うことができるのか。そのことのほうが心配だった。



「おい、こいつ、笑ってるぞ。イカれたのか?」<雲切り箒>を持つ方の兵士が、忌々しそうに言った。「手こずらせやがって」

 ユナヘルは石畳の上に倒れこんでいた。

 疲労困憊で、心臓は破裂しそうなほど激しく鼓動している。

 両足は石になったかのように重く、一切動かない。

 目の前には背の高い塀が見える。

 王都を囲う外壁だ。

 壁沿いに行けば門から王都の外へ出ることができるが、王城からここまで追っ手の攻撃を避けながら全力疾走してきたのだ。

 もう一歩も進むことが出来なかった。

 実のところユナヘルは、目的地があって逃げていたわけではない。

 ただひたすら足を動かし、少しでも追っ手から遠ざかろうとしていただけだった。

「もしかして分かってないのか? お前らの作戦自体な、王子派の者が手引きしてたんだよ。不満分子の一斉処分ってやつだ」

「おいベロート、喋りすぎだ」

「あぁ?」

 強烈な蹴りがユナヘルの腹部に直撃する。

 ユナヘルは体を折り曲げ、石畳の上を転がった。

「別にいいじゃねぇか」

 どこか遠くで痛みを感じているような、不思議な感覚だった。

 姫。

 メィレ姫。

 ユナヘルはあの美しい横顔を思い出した。

 今の今まで忘れていた。

 姫を助け出そうとして、失敗して、今ここに居る。

 作戦はそもそも王子派の息がかかっており、姫を救出するために志願した兵たちはことごとく殺された。

 小さな反抗は終わり、最も大きな力を持つ者によってこの国は動いていく。

 長身の兵士から溜息が聞こえ、<雲切り箒>が振り上げられるが、それを制したのは髭面の兵士だった。

「聞きたいことがある」

 ユナヘルはぜいぜいとあえぎながら視線を上げ、これまでと異なる展開に驚いた。

「干渉の気配はなかった。どうやって俺たちの魔法を避けた?」

「フォグン、そんなの偶然だろ? 外したこと気にしてるのか?」

「能天気なのはお前の悪いところだ。五回も六回も偶然があってたまるか」

 髭面の兵士の疑問はもっともだった。

 ユナヘルがここまで逃げられたのは、稚拙な魔法具の技術などではなく、追っ手の攻撃パターンを「知っていた」ことが大きかった。

 どのタイミングで、どんな魔法が飛んでくるか、どこをどう逃げたら攻撃を受けやすいか。

 失敗しては死に、それらを一つ一つ覚えていったのだ。

 僅かずつ、逃げる距離を増やし、死ぬまでの時間は増えていった。

 圧倒的な経験量が、それを成し遂げさせたのだ。

 じきに魔法が飛んでくる。

 ユナヘルにはそれが良く分かった。

 胸を貫かれるか、首を落とされるか……。

 また最初の場面に逆戻り。

 そうだ、何度でも戻る。

 最初の場面へ。

 作戦が失敗し、無様に潰走する、あの恐怖と屈辱の光景へ。

 初めからやり直し。

 何度でも。

 姫様――。

 じりっ、と、何かが燃える音がした。

 終わったのか?

 本当に?

 それは誰の声だったか。

 ユナヘルは、自分の体を流れる血液の音の群れの向こうに、確かに聞いた。

 まだすべてが終わったわけじゃない。

 何の因果か、少なくとも今、自分はこうして殺され続けている。

 ついに風が吹き、首が落ちた。

 意識を失うまでの短い間、ユナヘルは自分の内側から熱いものがこみ上げるのを感じた。

 どうして絶望など感じていたのだろうと、疑問すら覚える。

 何一つとして終わっていない。

 こうして殺され続ける限り、全ては続いている。

 暗闇が広がり、意識が収束していく。


次回:小さな反抗者③

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