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ことばを旅したあの日のこと

ことばとは不思議なもので、あたたかい陽だまりのように感じることもあれば氷のように冷たく突き刺さることもある。

誰かが放ったそのひとことに傷ついたこともあるし、そのひとことに救われたこともある。ことばは諸刃の剣でとても恐ろしい。

2023年最果タヒ展

でも、どんなに傷を抱えようとも、最後に必ず求めるものもまた、ことばなのである。それを前よりも強く感じるようになったきっかけは、間違いなく2020年から続いたあの自粛の日々だった。

2023年最果タヒ展

これは、そんな「ことば」を訪ねて旅した記録である。2019年12月からHOTEL SHE, KYOTOの期間限定ルームとして登場した「詩のホテル」。詩人最果タヒさんとのコラボということもあり、情報が出た直後からずっとチェックしていた。

おしゃれな”イマドキ”のホテル

だが、実際にこの場所を訪れることができたのは7月になってからだった。

緊急事態宣言が解除され、少しずつ規制が緩和し、恐る恐る世の中が動き出したころ。丁度世間ではGo to トラベルが話題となっていた。この政策に関しては賛否あると思うし、それぞれの考え方があり、それぞれの正解があるのだと思う。

正直私は、かなり不安だった。緊急事態宣言が発令されていた時の外出といえば自宅と職場の往復くらい。通勤で電車を利用していたのでなんとなく外の様子は知っているものの、それ以外の状況はちっとも分からなかったし、この数ヶ月の間に浸透した「不要不急」ということばにすっかり打ちのめされていた。

外食もレジャーもエンターテイメントも、その全てが「不要不急」とラベリングされてしまった世の中。でもそれを生業とする人たちにとっては、それらは生活を支える大切なものであり、全く「不要不急」の代物ではなくて。

このころ音楽家の友人が言っていたことばが忘れられない。
「音楽はなくても生きていけるし絶対に必要な物ではない。経済が困窮した時や非常事態が起きた時に真っ先に切られるのは芸術の分野。でも、落ち込むことがあったり、何か災害が起きた時に最も人に寄り添うことができるのもまた芸術だと信じてる」

不要不急と言われたからといって世界中の人が必要としていないわけではない。今がその時ではないだけ。頭では分かっているのに心は追いつかない。

業界の外側にいる私にはどの意見も等しく理解ができて、だからこそ心が痛んだ。不要不急とは一体なんなのだろう。暗澹たる思いの中で思い出したのが「詩のホテル」だった。

自宅から近いとはいえ、この場所に行くことも不要不急の外出になるのかもしれない。そんな想いを抱えていたのは事実だが、その時の私には必要なことだったと思う。

物理的な人との繋がりを断たれたいま、生きたことばに触れたかった。毎日淡々と過ごす日々の中で自分の心を動かしたかったのかもしれない。

だからひっそりと、ホテルでゆっくり過ごすだけの旅に出ることにした。

104号室が待っていてくれた

ルームキーにまで詩が書かれているのがとても良い。そして部屋の中へ。

どこを見ても溢れんばかりの詩。この部屋にはことばが充満している。疲弊していた心をガツンと動かしたくてここに来たのだ。ことばの海に溺れることが出来るこの空間が心に響いた。

タヒさんの詩は綺麗すぎないのが良いと私は思っている。綺麗なことばは優しいけど、それだけでは満たされない。剥き出しの心には剥き出しのことばをぶつけたい。

人と会話をすることって楽しいし気が紛れるし、人生の中でなくてはならない時間だと思う。でも、会話するためのことばよりも心にじんわりと染み込んでいく ことば が必要なときがある。目に見えないことばよりも自分の目で見て感じることの出来る ことば に触れたいときがある。

レコードなんて初めて触った

観光するわけではない旅で、ただホテルでゆっくり過ごすだけの旅で、こんなにも自分が満たされるものなのかと驚く。

ここに来てまず分かったのは、外には意外と人がいるということだった。みんな静かに過ごしていたので騒がしさは一切ないが、そこに人がいるという状況に安心した。人に会えなくても人の気配を感じられるだけでこんなにも心が落ち着くとは知らなかった。

今までの当たり前が当たり前ではなくなった世界。なくなってから初めて気付いたことが多くて、この経験や感覚をずっと覚えておかないといけないなと思った。

2023年、世界が正常に動き出したいま、この時のことを思い出すと心がピリリと痛む。

それなのに、心は痛むのに、あの頃の自分の不安な気持ちは少しずつ薄れていて思い出せなくなってきた。こうしていつか思い出せなくなるのかもしれない。だから文字と写真に記憶を乗せることにした。

2020年以降、ことばと触れた日々のこと。

2021年最果タヒ展
2021年最果タヒ展
2021年最果タヒ展
2023年最果タヒ展

これが私の、ことばを旅したあの日の記録。

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最後に余談なのだが、あの頃の私の心を救い続けてくれた人を紹介したいと思う。毎日演奏動画をあげてくれていたRenaud Capuçonさん。

毎日あげてくださる曲がとても優しく心に響いて、今聴いても涙が出そうになる。いつかこの方の演奏を生で聴いてみたい。

友人が言っていた通り、音楽はずっと心に寄り添ってくれた。芸術ってすごいね。

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