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ニンニクの皮

Fictions Vol.1

春物の服を出そうと押し入れを開けた、その勢いでガスヒーターまで片付けてしまった。
部屋がスッキリしたのは良いけれど、関東の3月にはありがちなことで、翌日は途端に肌寒くなった。
例年、ぐずぐずとコタツを片付け損ねて、4月も半ば過ぎにようやく、春仕様に部屋の模様替えをするのだけれど。
この冬はコタツを、出すことさえしなかったのだ。

慌てて、仕舞いかけていた袢纏を引っ張り出す。

独りになって1年が経った。
社会的にも、ましてや血縁もない無関係な存在でも、一緒にいれば家族のようなものだった。
いつも、自分の好きなように、勝手なことをしていたけれど、
家に居る時は必ず朝、玄関まで出て来て見送ってくれたし、
帰宅するとやっぱり迎えに出て来てくれた。

しばらく帰ってこないことも、頻繁にではなかったがままあることだったので、最初は何とも思わなかったが、1か月、2か月、、、半年と経つうちに、もう帰ってこないのかもしれない、という考えがようやく、現実となって迫ってきた。

探しても、仕方がない。
いつかこういう日が来ることは、分かっていたような気もする。
普通に受け入れていこうと決めて、普通に過ごしてきた。
そうしてきたつもりだ。



換気扇が汚れていない。
こういうことには、いつも突然、気が付く。
なんとなく、そんな気になれなくて、それならと思い立ったまま、煙草をやめたからだ。
別に、また会えるように願かけをしているわけじゃない。
ただ、手が伸びないだけ。

以前は月に1度くらいは換気扇の掃除をしていた。
煙草のヤニも付くし、来客も多くて、その度に揚げ物とか、イタリアンとか、元気な料理を沢山していたから、汚れ方も派手だった。ひとしきりこすったり、磨いたりして汚れが取れると不思議とスッキリして、イライラも一緒に取れたような気になる。
これが、大して汚れてないとやる気も出ない。一度は開けたレンジフードを、もう一度閉じた。最近、こういうことが多い。

妙な置き土産だな、とふと思う。居候が煙を嫌がるので、遠慮して換気扇の下で吸っていた。私の家なのに。
独りになれば家中で吸い放題なはずなのに、そうはならなかった。

まだ残っている煙草の箱は、捨てがたくて置いてある。こだわって淹れていたはずの珈琲が億劫になり、吟味して揃えたはずの道具も一緒に、埃を被っている。

いつも、一服しながらいろんなことを考えていた。それを、今は身体が拒否しているということなのかもしれない。


料理も、以前ほどしなくなった。でも、たまにふと、その気になってキッチンに立つ。
無心にニンニクの皮を剥いている時などに突然、記憶が蘇ったりする。
一緒に居た時の匂いとか、感触が。
不思議と色はない。
音も感じない。


今頃、どうしているだろうと思うとちょっと切なくなる。
でも、みんなそんなものだ。
人間同士だって、ちょっと仰々しいだけで結局、別れはそんなもの。


皮を剥き続けたら、なくなってしまうから、ほどほどのところでやめておかないと。
今日はここまで。

思い出したくないことまで思い出してしまうことがないように。

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