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戯曲「ウォーターフロント」 02/06

◆2場 隣町にて(かつて川があった街) 【秋】

・登場人物



カエル
一軒家。乱雑な部屋。引越しの途中で段ボールなどが積まれている。大掃除の後。夕方。
カエルの鳴き声がする。

弟 カエル。

鳴き声がする。

姉 え、なにこれ
弟 カエルが鳴いてる。
母 へえ、珍しい。

鳴き声がする。

弟 …家の中じゃない?
姉 え、ウソ最悪、どこ。

鳴き声がする。
家族で家の中を探し始める。

弟 なんの種類だろう。
姉 どうでもいいから早く捕まえてよ。
母 カエルを最後に見たのなんて、ずっと昔だけどねえ。
弟 初めて聞いた。どこだろう。

鳴き声がする。にゃーと鳴いている。

姉 …なにこの声。猫みたい。
弟 でもさっきまでカエルっぽかったよね。
姉 アンタなんでそんな嬉しそうなの。
弟 え、だって珍しいじゃん。見たことないでしょ。
姉 ないけど。ってかここら辺、水あるような場所あったっけ。

鳴き声がする。

母 カエルってなんで鳴くの。
弟 メスを探してるんじゃないかな。
母 じゃあ、なおさら家の中じゃ可哀想ね。今日ずっと窓開けたままだから、入ってきちゃったのかな。
姉 最悪も〜、どこ〜。

カエル、鳴くのをやめる。
しばらく経過し、

母 …鳴かなくなったね。
姉 …そっちの方が怖いんだけど。
弟 ここらへん川流れてたんだよね、昔。
母 あら、あんたよくそんなこと知ってるね。
弟 理科で習った。
母 楠先生?
弟 うん。
姉 またか。
母 あの人いい先生だった。ほんとお世話になったわね。
弟 変な人だけどね。
母 いつだっけな、私がまだ小学生ぐらいだったかねえ、それくらいよ。木村くん家あるでしょう。
弟 うん。
母 あの辺りから、明穂幼稚園くらいまでは、そうだったかなあ。その時はね、カエルもいっぱい見たっていうか、ほら、うるさかったから。
弟 ああ。
姉 ねえ、ちゃんと探してよ。

再び、家の中を探し始める。なかなか見つからない。

弟 学校にさ、ジャスティンってのがいて。
姉 ジャスティン?
弟 理科室で、カブトムシ飼ってたんだけど。
姉 ああ、虫ね。
弟 なに。
姉 や、外人なんていたっけと思って。
弟 まあそっちもいるけど。
姉 そう。
弟 ああ、で、こうやって脱走しちゃったことがあってさ、ジャスティン。飼育委員みんなで探したことあったんだけど、結局見つからなくて。

間。

姉 どうなったの。
弟 え…ああ、だから、見つからなかったんだって。それでおしまい。
姉 なんだ。
弟 …あ、でも一回加藤が、飛んでる音だけ聞いたって、言ってたなあ、廊下だっけ。ブーンて。
姉 ちょ、やめてよもう。
弟 はは、女子の頭とかに止まんなくて良かったよね。

間。

姉 ジャスティンて。
弟 え。
姉 なんでジャスティンって名前だったの。
弟 なんだっけ。

間。

弟 忘れちゃった。

間。

姉 そいえば晩御飯どうするの。
弟 あれ、作らないの。
姉 食器もうしまったでしょ、バカ。
母 あ、買ってくればよかったなー。
姉 出前とろうよ。
母 もうお腹すいた?
姉 うん。
母 じゃあ、そうしよっか。なにがいい?
弟 ピザ。
姉 却下。
弟 えー。
姉 天津にしよ、天津。中華。アンタ油淋鶏すきでしょ。いいよね。
弟 まあ。
姉 私エビ焼きそば。
母 了解。

母、電話機を取る。電話をかける。

母 あ、すみません。出前お願いしたいんですけど。はい。あ、橘です。はい。はい。あ、そうなんです、実は明日もう。はい。だから最後にと思って、はは。はい、そうですね。はい、えっとじゃあ言いますね。エビ焼きそばと、油淋鶏定食と、ホイコーロー定食と、
弟 タンマ。唐揚げ定食で。
母 ごめんなさい、油淋鶏やめて、唐揚げ定食で。はい。あと餃子1?2で。はい。いえいえ、いえ、こちらこそありがとうございました。はい。お願いします。

母、受話器を下ろす。

母 すぐ来てくれるって。
弟 よっしゃ。
姉 じゃあそれまでに見つけよう、カエル。
弟 え。
姉 食べているときに出たら最悪でしょ。
弟 えー。

姉と弟、カエルを探す。
間。
母、洗面所の方に行き、鏡を見る。

母 カエル、飼ってたな、そういえば。…ずっと忘れてた。…そこの庭に小さい子がいて、それを拾ってカゴに入れて。でもその後すぐ、台風で洪水が起こって、家が浸水しちゃって、私、その子置いて逃げたんだよね。水が引いた後、家に戻ったらカゴごと流されたみたいで、どこ探してもいなかった。…もしカゴの中から出られなくて、お腹すいて死んじゃったらどうしようって、私ずっと後悔してたのに、なのに、

カエルの鳴き声がする。

弟 あ!
母 あ。
姉 鳴いた!どこだろ。

全員で探す。
鳴き声がする。

姉 …外じゃない?
弟 …だね。

弟、姉、母、窓の外にいく。
弟、暖簾の下を覗く。

弟 あ、いたいた。すげー。
母 え。あ、ほんと。おっきいね。
弟 デカいデカい。
姉 おっきい。すごい。こんなの、今までどこに住んでたんだろ。
弟 すげー。触ってもいいかな。
母 かわいそうよ。やめときなさい。
弟 えー。

家族でカエルをまじまじと観察する。

姉 …意外となんか、いい顔してる。
母 そうね。
弟 おじいさんみたい。
母 おじいさんかもよ。
弟 じゃあボケてるんだよ。まだここら辺に川があるって勘違いしてんじゃないかな。
姉 バカ、私たちが知らないだけで、今もどっかに水があんの、きっと。

カエル、鳴いている。

母 可愛いね。
姉 …うん。
母 雨、降ってくれたらいいね。
姉 うん。
弟 わ、飛んだ。

カエル、ぴょんと飛ぶ。しかし年老いているからなのか、動きがゆっくり。暖簾の下から出て、だんだんと去っていく。

姉 もう寒くなってきてるのに、大丈夫かな。
弟 冬眠するんだよ。両生類だから。
姉 じゃあ春になったら出てくるんだ。
弟 そうだね。
姉 初めて会えたのにね。

全員でカエルがゆっくり去っていく様子を見ている。
長い間。
姉、顔を両手で覆う。

姉 あーダメだ、ダメだ。
弟 え。なに。
姉 ダメだ、ダメだ、なんでこんなのに、もー。

姉、部屋の中に戻って洗面所に向かう。
弟、呆気に取られている。
母、カエルが去っていく様子をじっと見つめている。
家のインターホンが鳴り、出前が届く。


(続)

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