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戯曲「ウォーターフロント」 06(完)/06

◆6場 あたらしい川辺にて(70年後) 【春】

・登場人物
見物客(ヌートリアを見る)

飯田
桜井

カップル(男)
カップル(女)

女1
     他
70年後。氾濫によって、新しく生まれた川辺にて。

見物客 あ、ヌートリア!

ヌートリアが泳いで、川岸に現れる。
わらわらと見物客が増え始める。「わー」「すごーい」「ヤバい」「キモい」などを言いながら集まる。。
以降、舞台上には度々人間が通りかかるようになる。川の日常を作る。
ヌートリアは草を食べ続ける。時々移動して、また草を食べる。見物客もそれに釣られて移動する。
川辺に座る飯田と桜井。離れた場所からヌートリアを見ている。

飯田 あんだけ泳げたら楽しいだろうな。
桜井 カナヅチだっけ。
飯田 や、別に、気持ち良さそうだなーて。

間。

飯田 前さ、あっちの湖で泳いだんだけど、そっちにもいたぜ。
桜井 へえ、どこにでもいんだな。
飯田 はは。

間。

桜井 え、ってか泳いじゃダメだろ。
飯田 は。
桜井 や、あそこ、ダメだろ。
飯田 なんで。
桜井 なんでって、ほら、そういう場所じゃんあそこ。
飯田 あー…。

間。

飯田 …そんなこと言うの、老人だけだと思ってた。
桜井 …。
飯田 お前知らねえの。みんなやってるよ。
桜井 え。
飯田 え、だからみんな泳いだり釣りしたりしてるよ。沈んでる街、結構キレイなんだぜ。お前も今度、

間。

飯田 ええ? なんだよ、怒んなよ。
桜井 そんなんじゃねえよ。
飯田 いやだって、
桜井 そんなんじゃねえって。
飯田 …ああ、そう。

間。
春の陽気である。
飯田、タバコを取り出し、火をつける。
桜井に一本差し出すが断られる。
何度か吸って、少し伸びをする。

飯田 …気持ちいいなあ

間。
ヌートリア、反対の岸に渡っていく。

飯田 …ああ、あいつもさ、昔は外来種って言われてたんだって。海外から来たらしいよ。
桜井 …へー。
飯田 知らなかっただろ。
桜井 うん。
飯田 俺もこの前ジイさんに聞いた。でもさ、ずっといるしさ、俺らからしたら、あいつがいない方が、むしろ不自然ていうか。

ヌートリア、岸で草を食べている。

飯田 観光地とかでもさ、昔の戦場とか、そういう、なんだ、そういう場所とかでも、みんなキャッキャしながら写真、撮ったりするじゃん。もう少ししたら、あの湖もそういう風になるんだよ、覚えてる人みんな死んじゃうし。
桜井 …それ、どうなんだろうな。
飯田 まあ分かんねえけど、俺らにとって必要なもんは残るし、いらないもんは忘れるでしょ。それだけそれだけ。

カップルが歩いてくる。
カップル(男)、立ち止まる。

カップル(男) [靴]紐が。
カップル(女) ああ。

カップル(男)、屈む。しかし上手く紐を結べない。

カップル(女) …なに、え。
カップル(男) 手汗が酷くて、すべって。
カップル(女) え。今日そんな暑くない、っていうか、え、汗かいてた?
カップル(男) 手のひらだけ、ほら、すごいの。
カップル(女) うわ。なんで。…わ、ちょっと触んないでよ。
カップル(男) へへ。
カップル(女) やめてって。

カップル(男)、結べない。

カップル(女) 私やろうか。
カップル(男) え、いいよ。
カップル(女) 私がやるよ。

カップル(女)、靴紐を結び始める。

カップル(女) …なんで固結びしてんの。
カップル(男) だから、手が滑って。
カップル(女) なに、もー全然取れないんだけど。

対岸、ミュージシャン志望、スピーカーを持参し、音楽を流し始める。[Earth, Wind & Fire - September ]
時々歌うが、あまり上手くない。
通りがかりの川の清掃員2人(男・女)、途中で、歌を聞き始める。
弁当を食べていた殺し屋に電話がかかってくる。

殺し屋 はい。はい。…ああ、殺していいよそれ。うん。はーい。

野鳥の会が団体で、野鳥を観察しにやって来た。
対岸にて、修学旅行生のグループが通りかかる。
釣り人が現れる。
通りすがりの人は、カップルの様子を怪訝そうに見ている。
人が歩いている。各々、自分の時間を過ごしている。

カップル(男) …なあ、前もこういうことあったよね。
カップル(女) ないよ。
カップル(男) え、絶対あったって。こんな感じで、川で。
カップル(女) ないよ。やってたら覚えてるよ、こんなこと。
カップル(男) うそ、あれー。
カップル(女) 多分それ前の人でしょ。

カップル(女)、結び終わって立ち上がり、先に歩き出す。

カップル(男) 違うよ絶対あったって。…え、なにキレるの早くないですか?

カップル、退場。
女1、向こう岸から誰かが手を振っている事に気がつく。

女1 対岸から、若い、いや、おじさん?男の人がこちらに手を振っている。え、知り合い?、私、かなあ、と思いつつ反射で手をあげると、横にいた女の子がこう、優しく手を振り返していて、はは、こういう勘違いって結構恥ずかしいっていうか、あれですよねあれ。はは。
若干上げてしまった腕が、宙ぶらりんと、その行き場を探している。中途半端。私は今日も、満足に手を振り返すことができない。

川辺にて、人々が各々時間を過ごしている。
川は静かに流れ続ける。


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