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本の後ろ|文学フリマ京都

 その日、本の後ろで立ったり座ったり、喋ったり、寒くて震えたりしていた。ほとんどの時間を本の後ろで過ごし、たまにそこから離れた。目の前に自分の言葉の集積が本として横たわっていて、そこに立つ人々が静かに頁を繰るのを少し視線を逸らして見ていた。本そのものを手にとってもらった時に、適切に言葉を添えることはすごく難しい。それでも本の後ろにいて、その光景が目の前にはあるということが不思議なうれしさという実感をもたらしてくれる。

 自分のブースを目的に来てくださった方がいて、尊敬する作り手の方々がいて、お世話になっている方々がいて、仲良しのともだちがいて、たまたま見つけてくださった方がいて、みんな作り手も読み手もからだを移動してここへ来て、本を手に取って読んだりして、きっと本が好きで。その日、本の後ろにいられてよかったと、今振り返っても思う。あの場で出会ってくださった方々に感謝します。ほんとうにありがとうございます。いまの自分の現在地を確認できたように思います。

 わたしは、もし話し上手で陽気な人間であれば、小さなワゴンで津々浦々の街を巡り美味しいものを振る舞いながら物語る人になりたかった、なんて話をいくつもいくつも思いついてはひとりで書くひとに気づけばなっていました。飽き性とは少し違うけれど、やめてきたものばかりでできた自分がまだ筆を置いていないということが、今のところ自分にとって確かなものだと言えます。まだもっと見せたいものがあるからって腕を引っ張るみたいな気持ちがあって、そういう何だかたまらない気持ちで書くことがあります。書きたいことに果てはなく、そんなことを思って歩いていた今日、後ろから「まだ死ねませんからねえ」と「切実ですよねえ」なんて話している二人の声がぷつぷつと聞こえて、ああほんとうに、ほんとうにそうですよねえと思いました。


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