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【WBC・侍ジャパンメンバーのあの頃】クローザーの最年少記録を続々更新する松井裕樹。松井抑え説を早くから提唱したのは、あの最年長記録を持つ投手の弟だった!?

WBCことワールド・ベースボール・クラシックで日本一に輝いた侍ジャパン。
大いに盛り上がり、触発されて野球熱が再加熱したことでしょうか。これから球場観戦したり、一球速報を追ったりする際に、アマ時代など選手のバックボーンを知っていると、よりおもしろく、より選手に愛着を持てるはず!
ということで、そんな選手の背景がわかる『野球太郎』の過去記事を公開します。

今回は松井裕樹(楽天)をご紹介。桐光学園高2年夏の甲子園で奪三振記録をつくって以降、ずっと注目され続け、プロでもすぐに活躍。
有名ながらも、高校時代はどんな投手かを事細かに紹介した記事から、成長した点、いまにも通ずる点はどこか、照らし合わせながら、お楽しみください!

『野球太郎No.006 2013ドラフト総決算号』で初出掲載した記事です。
(取材・文=大利実)

松井裕樹の3つの武器と3つの不安

5球団が競合したサウスポーが成功するための条件

★松井裕樹らしさとは?
 本人に、ずっと聞いてみたいことがあった。どちらの松井裕樹が自分らしいのだろうか。
 桐光学園での3年間、二人の松井裕樹がいたような気がする。
 2年夏の甲子園のように、少々コントロールが荒れていても、思い切りよく腕を振り三振を取る松井。
 3年生の時のように球数に気を配り、打たせて取ることも考えながら投げる松井だ。
 2年夏、甲子園の準々決勝で敗れてから、「球数を減らしたい」と口にするようになった。目標は夏の日本一。そのためには神奈川大会、甲子園を通じて13連勝が必要。毎試合、140球近く投げていては体がもたない。
 甲子園では初戦から139球、142球、142球、154球と球数を費やした。4試合目となる光星学院(現八戸学院光星)戦ではさすがにストレートもスライダーもキレが落ちていた。
 2年秋にはツーシームを投げ、冬にはチェンジアップをマスターした。すべてはピッチングの幅を広げ、球数を抑えるためだ。
「周りの方は、2年生の時が松井らしいと思うかもしれないですけど……、自分は勝てるピッチャーになりたいんです。下級生の時のような、高めのストレートとワンバウンドのスライダーは見極められて、球数が多くなると、どうしても勝ちには近づきにくい。リズムも悪くなってしまう。アンダー18の決勝戦、アメリカとのピッチングも、そういう感じで……」(松井)
 8月下旬から台湾で行われた18Uワールドカップ。アメリカとの決勝に登板した松井のピッチングは、「2年生に戻ったかな?」と感じてしまった。ボール球が多く、7回途中まで5四死球。「自分の武器であるスライダーで勝負したい」と、チェンジアップをあえて使わなかったことも、ピッチングを苦しくした。味方に先制点をもらうも、2対3で逆転負けを喫し、目標の「世界一」は成し遂げられなかった。
「勝つためには無駄なフォアボールを減らさなければいけない。あとは、勝てるピッチャーは勝負所でのギアチェンジができる。押したり引いたりの駆け引きがうまいですよね」
 昨夏の今治西戦での22奪三振以降、三振について聞かれることが増えたが、「三振にはこだわっていない。結果として取れればいい」といつも語っていた。何にこだわるかといえば、勝つことだ。チームに勝利をもたらすことこそが、エースとしての仕事。三振ゼロでも勝てればいい。三振だけをクローズアップされることを、松井は嫌がっていた。

★田中将大のような勝てるピッチャーに
 松井にとって、理想的なピッチングと言えたのが3年春だ。「こちらの想像以上に成長している」と、指揮官・野呂雅之監督が驚くほどの内容で、県大会23イニングで自責点はわずかに2。72打数14安打42奪三振、被打率.194と圧倒的な数字を残し、チームを決勝戦にまで導いた。スライダーのコントロールが安定したことに加え、ストレートのキレが明らかに増し、新球・チェンジアップもストレートと変わらぬ腕の振りで投げていた。
 昨夏決勝のリベンジに燃えていた横浜にも、9回5安打13奪三振の完封劇。球数は134球。三振が多くなると、必然的に球数は増える。春の大会のため、連投が3回戦と4回戦だけだったことも、プラスに働いただろう。
 しかし、3年夏は初戦の相洋戦から「自分のボールを投げられなかった……」と明かすように、春のようなピッチングはできなかった。準々決勝で、横浜が誇る来季のドラフト候補・高濱祐仁と浅間大基に一発を食らい、2対3の逆転負け。試合後は、「期待に応えられずにすいません」と号泣し続けていた。
 内容云々よりも勝てなかったこと、日本一になれなかったことを悔いた。この横浜戦の映像は、いまでも見ることができないという。
 松井が1位指名を受けた東北楽天ゴールデンイーグルスには、「目標」と語る田中将大がいる。今年は開幕からポストシーズンも含めて26連勝。ゲームの世界でもありえない大偉業を成し遂げた。憧れの田中について、松井はドラフト指名当日の会見で想いを語った。
「目標とさせていただいているピッチャーなので、学べることがたくさんあると思います。いろんなことを吸収して、ゆくゆくは超えていけるように頑張っていきたい」
「今年負けていないので、すごいと思います。力を入れる場所をわかっているのがすごい」
「マウンドでどんなことを考えて投げているのか、聞いてみたいです」
 はたして、松井は田中のように勝てるピッチャーになれるのだろうか。
 松井がプロで戦う上での武器と、弱点(課題)について考えてみたい。課題をクリアできた時、プロ野球を代表するピッチャーになっているはずだ。

《松井の武器》①伝家の宝刀スライダー
 対戦相手が「消える」とまで評した松井のスライダー。ストレートだと思って打ちにいった横浜の高濱が、インコース膝元のスライダーを空振り。そのまま足にぶつかるということもあった。
 ストレートとスライダーで腕の振りが変わらないことが最大の利点になる。中学時代から、「変化球は、ストレートと同じ腕の振りで投げてこそ意味がある」という教育を受け、それを実践してきた。
 中学の時、松井が武器にしていたのがカーブである。まさに「ドロップ」と言える落差。たまたま、中学時代のピッチングを見たことがあるが、このカーブが印象に残っている。高校3年春にカーブでカウントを取っていたが、夏にはその割合が減っていた。
 3年春から投げ始めたチェンジアップにしても、腕が緩まない。夏は勝負所でどうしてもスライダーに頼るところがあったが、チェンジアップとカーブを磨くことで、ピッチングの幅はもっと広がっていくはずだ。

《松井の武器》②故障をしない体
 最近のピッチャーは「違和感」という言葉をよく使うが、松井は故障で離脱したことが一度もない。2年春、練習中にボールが足首に当たり、ピッチングを控えた時期はあるものの、これはアクシデント。この一件を除けば、故障なしで3年間を過ごした。
 3年間見守った野呂雅之監督に松井のよさを聞くと「故障をしない体の強さが一番だと思います」。プロに行けば体力勝負。野球漬けとなる日々の中で体を壊してしまったら、周りから遅れることになる。
 体については、松井の関心度も高い。食事を指導する専門家が学校に来た時は、貪欲に質問をするという。2年冬からは夜に1.1キロの白米を食べることを日課にしてきた。
 小さい頃から生野菜が嫌いだが、チームメートの中野速人によれば、「嫌いなんだよ……と言いながら、頑張って食べていますよ」とのこと。栄養バランスをしっかりと考えている。
 中野からのエピソードをもうひとつ。仲間でボウリングに行っても、松井は万が一のことを考えて、黄金の左腕は封印。右腕でボールを投げるそうだ。

《松井の武器》③バッターに向かう気持ちの強さ
 ドラフトの翌日、楽天・星野仙一監督のコメントがスポーツ新聞に掲載されていた。松井の魅力を聞かれると、「やっぱり攻めていくところ。私の好きな投手だな。田中(将大)みたいなタイプ」と答えている。
 松井は勝負所でこそ腕を振って投げることができる。ときに、それが高めに抜けたり、スライダーを叩いてしまうこともあるが、逃げずに攻めていく姿勢を持っている。
 3年夏、松井は5番打者を任されていた。それに対して、野呂監督は「何をするにしても、自信を持ってプレーしているから」と理由を答えていた。ピッチングでも同じだろう。自信があるから、逃げずに腕を振れる。マウンドで「打てるものなら打ってみろ!」とバッターを見下ろしているような時も多々あった。
 ただ、これがプロの怖さを知った時にどう変わるかが気になるところだ。自分のベストボールをとらえられた時に、何を感じるか。プロにいけば、そんなことが必ずある。松井の対応力に注目してみたい。

《松井の不安》①左バッター対策
 3年間通して、ずっと気になっていたのが左バッターへの攻め幅の少なさだ。外のストレート、スライダー中心の攻めで、インコースには投げてこない。3年春に関していえば、左バッターのインコースに狙って投げた球は1球もなかった。
 そのため、「松井を打つなら左バッター。外にしぼれる」とライバル監督は口を揃えた。事実、3年春に松井から6安打放った横浜隼人は、そのうちの5安打が左バッター。今夏敗れた横浜戦でも、8安打中6安打が左バッターである。上位が左バッターということを差し引いても、苦手にしている傾向はある。
 春の大会中、左バッターの攻めに対して質問すると、「左バッターのインコースはこれからの自分の課題。チェンジアップも左バッターに投げられるように練習しています」と話していた。
 夏の相洋戦で、左のインコースに2球ストレートを投げたが、本当の勝負がかかった横浜戦ではやはり外中心となった。浅間にはインコースのストレートをライトに放り込まれたが、外を狙った球が逆に抜けたものだった。
 その中でも面白いなと思ったのが、左のインコースから曲げてくるスライダーを使っていたことだ。これは18Uの戦いでも、キャッチャーの森友哉(大阪桐蔭)が積極的に投げさせていた。
 左ピッチャーがプロで勝つには、左バッターのインコースにどれだけ投げられるかがカギになる。外一辺倒で抑えられるほど、プロは甘くない。勝てるピッチャーになるには、左のインコースが今後のテーマとなるだろう。

《松井の武器》②球数の多さ
 松井のようなタイプはどうしても球数が多くなる。プロの場合は、分業制が確立しているため、6回や7回まで試合を作れば十分という考え方もできるが……。
 ただ、1年間ローテーションに入り、勝ち星を重ねていくことを目標にするのであれば、球数が多くてプラスになることはない。野手のリズムも悪くなる。
 日大藤沢の山本秀明監督が面白いことを言っていた。ショートの金子一輝が、西武ライオンズから4位指名を受けた学校である。
「松井は、実は抑え向きかもしれません」
 あとのイニングを考えずに、1イニング限定のほうが力が発揮できるんじゃないかと。実は松井の立ち上がりは抜群にいい。2年夏の甲子園以降(国体を除く)、初回に失点したのは春の準決勝の日大藤沢戦だけだ。
 フォアボールこそ出すかもしれないが、最終的には0点に抑える。そんな抑えの姿を想像できなくもない。本人は「先発としてやりたい」、楽天側も先発として育てる意向だが、考え方のひとつとして興味深いものだ。

《松井の武器》③クイック&牽制
「松井を崩すなら、盗塁を仕掛けるしかない。クイックや牽制がうまくないからね」
 この1年、神奈川の指導者から何度も口にした言葉である。裏を返せば、それだけ普通に攻略するのは難しいのだ。
 今夏の横浜戦では、5回裏に2死一塁から浅間が完璧なスタートで二盗を決めた。2死から浅間にフォアボールを出し、次の渡辺佳明に投じた初球に走られた。
 横浜の頭脳・小倉清一郎コーチがセットポジションの秒数や「連続牽制」のパターンを徹底的に分析した上での根拠あるスタートだった。
 1、2年時に比べれば、一塁牽制やクイックは格段にうまくなった。バリエーションが増えて、3年春には牽制で刺している。「三盗」に関するケアも用心深くなり、この面でも成長の姿が見られる。
 しかし、プロの視点でいえば、まだまだというのが現状だ。新人の場合、キャンプの段階でコーチからクイックを指摘されることもある。松井はどんな教えを受けるのか。

 ただ、松井は18歳の高校生。これら3つの課題は、高校生ならあって当たり前のことだ。高校の時点で完成しているピッチャーなどいるわけがないのだから。3つの武器が示すように、高卒時点では高いレベルの左腕であることは間違いない。
 2年生の秋以降、野呂監督から与えられているテーマは「松井裕樹を探せ」だ。「勝てるピッチャーになりたい」というゴールははっきりとしている。そのために、何をすべきか。プロ野球という舞台で何を変えて、何を変えずに勝負するのか。
 アマチュア野球界を沸かせ続けてきた稀代の左腕が、いよいよプロの舞台へ挑戦する。