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中学軟式の名将同士が高校野球でタッグを結成!/須江航監督・猿橋善宏部長(仙台育英) インタビュー/100年チャレンジして実現できなかった歴史を変えたい

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今春、驚きのニュースが飛び込んできた。『中学野球太郎』でおなじみ、中学軟式のカリスマ指導者・猿橋善宏氏が仙台育英の部長に就任。中学軟式の名将同士が高校硬式の頂点を目指す。その狙い、背景を直撃した。 取材・文=高橋昌江

※2022年6月20日発売の『野球太郎No.043』に掲載された記事です。

子どもたちに語りかける時間や空間が必要と考え打診

ーー『野球太郎』としては、中学軟式野球を牽引し、『中学野球太郎』に幾度もご登場いただいたお二人が高校野球の部長・監督のタッグを組まれたこの機会を逃すことができませんでした。初めて一緒のベンチに入って戦った春の中部地区予選、宮城県大会は無敗で優勝。大会を振り返ってみて、どうでしたか。

須江 ベンチの中で選手をサポートしてもらえる感じがよかったです。選手の考えを整理してもらったり、ベンチに戻ってきた後の何気ない会話だったり、ケアもしてもらえるので助かります。監督が本来考えることに集中させてもらえてすごくよかった。いい意味で、監督が二人いる感じでした。

猿橋 意識していたのは監督の邪魔をしないことですね。須江先生の考えている野球とはクロスする部分がありますが、須江先生が高校野球の中で培ってきたものがあって、「なるほど」と思うところもたくさんある。勉強しながら、それを選手に徹底させていく役割を果たしている、という感じかな。須江先生が注意していても、選手が抜けているなというところでは声をかけていました。

須江 同じことを2回言ってもらえるので助かります。

猿橋 ベンチの意思だ、ということが確定できますよね。

須江 猿橋先生は言葉がけがすごく上手なんですよ。上手って、失礼ですけど(笑)。芯をとらえた言葉を言ってくれるから、子どもにスッと入りやすいですよね。投手の古川(翼)に県大会の決勝戦の時、「パワーで勝負するな」みたいなことを言っていて、あれはよかったですね。

猿橋 あぁ。抑え込みにいっていたからね。

ーー須江監督が部長を依頼した理由と経緯を教えてください。

須江 まだ私が秀光中の監督をしていた頃から猿橋先生が定年退職された後、どうするかという話はそれとなくしていました。たとえば、ドロップアウトした子の受け皿になる場を作るとか。

猿橋 そう、そう。結局、お金と機会に恵まれないと大学でも野球を続けられず、18 歳で終える子が多い。野球のピーク年齢は25歳くらい。高校卒業後の7年間、野球ができる環境を整えたかった。また、部活の現状から指導者が学ぶ機会と、子どもたちが専門スキルを学ぶ機会を提供できるようなこ
とを立ち上げたいなと思っていました。いろいろもがいてみたけど、頓挫している状態の時に須江先生からお話をいただきました。


須江 私が仙台育英の監督になり、1年、2年と経つにつれ、組織に「大人」の力がほしいと思ったんです。私も含め、コーチにも指導できる方。また、子どもたちに経験豊富な方が語りかけるような時間や空間が必要だなとも考えていました。新型コロナで甲子園がなくなった2020年の夏くらいですね。昨年度で定年退職になるということで、昨年末に正式にお話しさせていただきました。

ーーその後は何回かラリーが?

須江 ないですね(笑)。元々、「力を貸してください」「貸すよ」くらいの雰囲気はあったと思うので。

猿橋 そうですね。

ーー猿橋先生のお返事はどんな感じで?

猿橋 プロポーズじゃないんだから(笑)。

須江 確かに(笑)。

猿橋 「俺でいいのなら、喜んで」と、そんな感じだったと思います。


ーー決断に迷いなく?

猿橋 自分を認めてくれる人間が若い世代にいるというのは、年寄りにとっては嬉しいことです。須江監督がやりたいことに関して、自分が迷惑をかけないかなというのはすごく考えましたよね。ただ、やっぱり、100年の歴史の扉を誰かが開ける日が来るのであれば仙台育英に開けてほしかったし、須江航監督に開けてほしかった。それに関われるのなら、やらないで死ぬことはないな、と思いましたよ。須江監督は日本一を目指しながら、部員全員に平等に機会を与えている。そうすることで、高校卒業後に化ける選手が出てくる可能性もある。そういうことをやっている須江先生の野球はこれからの高校部活動の1つの姿になるんじゃないかなと思っています。そのためにも「日本一からの招待」を実現させることは必須条件の1つだろうと考えています。

勝たないと発言権はないから

ーーお二人の出会いは?

須江 高校の同級生に猿橋先生の教え子がいて、野球経験者ではないのに全国大会に導いた、ということで記憶に残っていました。その後、私が秀光中の監督になり、地区選抜のセレクションで初めてお会いしました。その時、選考に来ていた選手を4チームに分けて試合をやり、その1つで私が監督
を。試合後、猿橋先生から講評があったのですが、最初に言われたのが「センスがない」でした。

猿橋 (笑)。選手の特徴を引き出そうという感じはなく、オーソドックスな堅い野球だったんですよ。若い人はこちらが思ったことをストレートに言っても「ですよね」とか「だと思ったんですけど」と言うんですけど、須江先生はそんなことを一言も言わなかった。顔は真っ赤になっていたけど、後
ろを向いてずっと考えていた。あぁ、この人は伸びるなと思いました。しばらくして会ったら、どんどんよくなっていました。


ーーそこから交流が深まっていくわけですね。

須江 猿橋先生の生徒の成長速度って、どの中学校の生徒よりも早いんですよ。そして、こんなことを言うと怒られちゃうけど、2010年以降は私学を除いて、公立中学の中で最も本気でウチに勝とうと思っている感じがありました。

猿橋 秀光中が強くなるにつれ、「人を集めているからだ」という声が出てきました。負けている理由にもしている。大人がそう言えば、子どもがダメになってしまう。だから私は、それは違うんだと証明したかったんです。秀光中がどれくらい練習しているかも知っていますから。

須江 今の仙台育英の10倍くらい(笑)。

猿橋 そう(笑)。「先生、ちょっと待っていてください」と言って、三塁線のノックを2人に1時間だからね。そういう姿をわかっていない人が多い。勝たないと発言権はないから、秀光中の正当性を証明するため、中学軟式野球が言い訳で廃れないため、勝ってみせる以外の方法がなかったんです。だから、力を振り絞ったし、生徒たちも同調してくれました。

須江 本当にいいライバル関係だと思っていましたよ。

中学・軟式と高校・硬式の違い

ーーお二人とも中学軟式野球を指導され、高校硬式野球に移られたわけですが、イメージと実際で違いは?

須江 野球の見方や戦い方は変わりません。イメージと違ったのは、高校生はもっと大人だと思っていたけど、高校生って大人じゃないんだ、ということ。中学生の方が大人になろうという感じがあって、高校生の方がありのままの自分という感じがします。

猿橋 そうですね。野球で言うと、打球が違いますよね。特に逆方向の打球。硬式野球には〝ライパチ〟は存在しない。ライトにすごくいい選手を置いておかないといけない。

須江 ライトに守備力のない選手を置いていたら大量失点します。

猿橋 ライト線の打球のスピードと飛距離が全然違う。外角に投げておけば安全という話ではなく、高さが問題になってくるなと感じたことが一番、違うところかな。

須江 高校野球は点数が入るから守備力を軽視しているのかなと思っていたのですが、全国の強豪校を見ると、そうではないということがわかりました。当たり前の話ですが、勝ち上がる学校ほど、守備が堅いですよね。でも、高校野球ってバッティングの印象があるじゃないですか。だけど、一流と言われる学校に守れない選手は出ていないですよね。


ーー今度は中学生を受け入れる側。中学生に求めることは?

須江 自分を客観視する力ですね。ウチのスタメンの選手と控えの選手に才能の差がすごくあるとかといったら、そんなことはありません。運ときっかけとタイミングと思考力があれば、いくらでもひっくり返っているんですよ。自分に必要なものが何か、それを理解した上で練習できる力が必要です。投力、走力、打力、守備力といった基礎技術のあるラインを超えた上での話にはなりますが、その先はそういう力が差を生んでいるということ。才能がある子は探せばいくらでもいます。それを磨くためにも自分を見つめる力があるかどうか。あとは情報量がすごく多い時代なので、継続力があるかどうかですね。

猿橋 私はそれに基礎学力ですね。

須江 まさに。

猿橋 基礎学力がないと将来、伸び悩む可能性が大。「学ぶ」ということに対して拒絶感がある人間は新しいものを取り入れられないですよね。点数を取るためや評価を得るために学んでいるのではなく、生き残っていくため、変化していくために学ぶわけです。


ーー高校生に必要なことは?

猿橋 大雑把にでも世界と日本の歴史を知るべきかな。そして、人間とはどんな生き物なのか、社会はどうあるべきなのかという問いかけを学びの中で見つけてほしい。それがない大人は厳しいんじゃないですかね。

須江 素直さ。情報量が多い時代なので、自分の心がフラットな状態で選択することが必要ではないでしょうか。

「日本一からの招待」

ーーお二人で目指すものは?

須江 先生、何を目指しますか。

猿橋 まず、「日本一からの招待」を掲げた以上は、これを実現させる必要がある。日本一を獲ることによって、須江先生が取り組んでいる「すべての高校球児が野球をできる環境」が必要なことだったんだなとなると思うんですよ。また、仙台育英には失敗に対してペナルティがない。叱られることは
あったとしても、干されるような場面もありません。

須江 干しても変わらないですかね(笑)。時間を浪費するだけです。

猿橋 選手に委ねるもの、問いかけるものが教育だと思うのですが、それを実践していることは非常に素晴らしいと思います。

須江 勝たないと説得力がないですからね。東北地方は100年、100回やっても、甲子園で勝てていない。偉大な選手や監督方、先生方がチャレンジしてきても実現できなかったことを変えていきたいですよね。


ーーありがとうございました。初めての夏の戦いも楽しみにしています。