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大雪山記-ヒグマとの出会い-


はじめに

 2023年は熊による被害がほぼ全国でクローズアップされた年ですが、その兆候は大雪山の登山を通じて感じていました。そのため2023年は6月から10月のシーズン中を通してクマスプレー(※注釈参照)を携行して大雪山には登りしました。

 2016年までは日帰りで登っていましたが、2017年からは山小屋やテント場で年間15日ほど過ごしています。2018年シーズンまではヒグマの存在を気にすることはありませんでしたが、2019年シーズンに初めて出会いました。

 2020年シーズンはコロナ禍と白雲避難小屋(以下、白雲小屋)の建て替えのため、あまり登らなかったため会うことはありませんでしたがハイマツに囲まれた登山道には生新しいうんちがあり熊鈴を盛大にならしながら歩きました。ただ、2021年シーズンからは毎年会うようになりました。

 大雪山に惹かれている理由の一つは動物たちに会えることです。そのため熊鈴の使用は最低限にしていましたが、2021年に至近距離でヒグマに会って以来、常時鳴らすようにしました。そして2023年シーズン。はじめて仔連れのヒグマに会いました。

 大雪山に限らず北海道であればどの山にもヒグマ住んでいます。ただ、近くに居たとしても人の気配があれば通常は出てくることはまずありません。そのため、熊鈴は最低限必要です。会わなければ事故は起こりません。2023年10月の大千軒岳で大学生がヒグマに襲われ死亡しました。詳しい状況はわかりませんが、登山者のヒグマによる死亡は53年ぶりのようです。大雪山には毎年延べ10万人が登っていますが半世紀は事故が起きていないことから登山中にヒグマに襲われることは希かもしれません。ただ、沢の近くや出会い頭の遭遇は起きています。クマスプレーがあれば100%大丈夫とはいいませんが、かなりの安心感はあります。もしもに備えてぜひクマスプレーを携行してほしいです。

※クマスプレーとは、クマが迫ってきた際に顔をめがけて噴射し、撃退することを目的にした携帯用のスプレーです。熊撃退スプレーあるいはベアスプレーともいいます。

初めての出会い-2019年-

 大雪山で初めてヒグマに出会ったのは8月3日の17時過ぎ。白雲岳の頂上直下のガレ場でエゾナキウサギを撮影していると先ほどまで同じようにナキウサギを撮っていた方が再び登ってきて、白雲小屋の近くにヒグマが居ることを教えてくれました。一緒にエゾナキウサギが出てくるのを待っているときに私が「ヒグマに会ってみたい」と話したことを憶えてくれていたようです。それに20分も登って知らせてくれたことがとってもうれしくてヒグマには会えたらいいなくらいでついて下って行きました。

 駆け足で白雲小屋の近くまで下ると小屋の管理人さんの視線の先に黒い影が見えます。100mほど離れた斜面で1頭のヒグマが草を食べていました。管理人さん曰く、前シーズンまでにこのあたりを縄張りにしていたヒグマとは違うとのことで2、3歳くらいの若雄ではないかとのこと。このときは数名の方と一緒ということもあり、恐怖もなく、ただただ初めて会えたことの喜びで撮影しました。ただ、レンズ越しに目が合うとその迫力に圧倒されます。 

約80mほど先の斜面を悠然と歩くヒグマ(2019年8月3日17:52)

 夕食を食べているとヒグマが白雲小屋の近くまで来たため、管理人さんが追っかけると意外にも走って逃げていきました。ただ岩場も斜面もハイマツの上も関係なく、駆けていく姿は驚きでした。

 このときはこんなこともあり、ヒグマへの恐怖が薄れたように思います。ヒグマが人を恐れているところを目の当たりにし、安心感を得てしまったことは今思うと相当な勘違いでした。この考え違いが再びヒグマに出会う機会を作ってしまうことになるとはこのときは思いもしませんでした。

大雪山のシーズン終了後に今年の思い残しを元に次の年の計画を立てるのですが、2019年の計画に「8月にヒグマに会いたい」と記していました。思いは叶うのですね。

気配を感じて-2020年-

 2020年のシーズンは、いつもお世話になっている白雲小屋が立て替えということもあり、初めてトムラウシ山に向かうことにしました。

白雲避難小屋の上屋が撤去され代わりに鎮座する重機と天の川(2020年7月20日)

 初日の7月18日は大雪高原温泉から出発し、忠別岳避難小屋(以下、忠別小屋)までの行程です。緑岳の頂上に向かうガレ場の手前のハイマツに囲まれた登山道に緑色のべっちゃりとした真新しいヒグマの糞が落ちていたため見通しの良い場所まで急ぎます。ヒグマの目撃が多い高根ヶ原は、気温が高い日中に通ったこともありヒグマの気配を感じることはなく、忠別小屋に到着しました。テント場は雪渓に覆われていたため、小屋泊にしました。はじめての忠別小屋は古いですが泊まるには十分でした。

 翌日はヒサゴ沼避難小屋(以下、ヒサゴ小屋)に向けて出発。五色岳の分岐で道を間違えそうになりましたが、休憩中に言葉を交わした方に「ヒサゴはそっちじゃないよ!」と声をかけてもらい助かりました。五色岳を越えるとすぐにハイマツのトンネルになります。見通しはなく、獣道のようで不気味です。緩やかな下りを急いで進んでいると生新しいヒグマのうんちが落ちていました。縄張りを主張しているのは明らかです。熊鈴はつけていましたが、そのときは精一杯ならし、思いつく言葉を口にし、こちらも存在を主張しながら通り過ぎ、出会うことはありませんでした。途中で出会った登山者から「化雲岳あたりでヒグマを見かけた」と教えてもらいました。

 9時過ぎにヒサゴ小屋に到着。前年に大規模改修されており、とても快適でした。その後、必要な荷物のみを持ってトムラウシ山に向かいましたが道中は開けたガレ場が多くヒグマを感じることはありませんでした。ヒサゴ小屋に戻って夕食を摂っているとヒサゴ沼の対岸をヒグマが歩いていると教えてもらいすぐに向かいましたが見ることはできませんでした。

 対岸の山に太陽が沈み夕闇に包まれた景色を楽しんでいるときに突然エゾシカのシルエットが浮かび上がりました。立派な角をこちらに向けエゾシカもこちらを伺っているようです。そしてすぐに闇に消えていきました。

夕闇に包まれたヒサゴ沼の対岸に現れたエゾシカ(2020年7月19日)

 翌日は来た道を戻り白雲小屋に向かいました。途中でキタキツネには会いましたがヒグマの気配を感じることはありませんでした。この日も天気が良く気温が高めだったのと土曜日ということもあり、前日よりも登山者が多かったからかもしれないです。

 2020年シーズンはコロナ禍と白雲小屋の立て替えであまり登らなかったこともありますが、この年はヒグマに出会うことはありませんでした。

動物たちに会えない-2021年-

動物たちに会えない

 6月に1回、7月に3回大雪山に登りましたがそれまでヒグマに出会うことはありませんでした。ヒグマだけでなくエゾナキウサギやエゾシマリスにもほとんど会えません。これまで登れば必ず会うことができていただけに人間界だけでなく、動物たちにも新型コロナの影響が出ているのではないかと思ってしまうほど会えませんでした。そういえば、2019年シーズンにエゾオコジョに初めて会いましたが、そのときからエゾナキウサギやエゾシマリスにあまり会えなくなったように思います。たまたま会えないだけだといいのですが。

エゾナキウサギやエゾシマリスが住むガレ場に現れたエゾオコジョ(2019年7月21日)

至近距離の出会い

 9月4日に1ヶ月振りに登った翌朝、白雲小屋の前の水たまりには薄氷が張り、かなり冷え込んでいました。ただ、無風で快晴ということもあり、白雲小屋を6時前に出発して白雲岳頂上に行くことにしました。出発してすぐの登り返したところで霜に縁取りされた紅葉しているチングルマの葉を見つけ、撮影に夢中になっていました。気づくと尾根から太陽が昇り、注がれた陽光が白雲岳の斜面を上部からゆっくりと降りてきます。白がかったハイマツの葉がみずみずしい緑色に戻りキラキラと輝きだします。チングルマの葉を包む霜が溶ける瞬間を狙おうとじっと待っていました。

 おそらく10分ほど物音を立てずにじっとしていたと思います。突然、バキバキっと大きな音が静寂を破ります。20mほど先のハイマツの森が音と共に激しく動きだしました。音がしたところを見ながら静かに後退りしているとハイマツからヒグマの顔が出てきました。私ではなく小屋の方を見ながら鼻で風を感じているようです。まだ私には気づいていないようです。心臓の高鳴りとは裏腹に少しこけた穏やかな横顔が大きな犬のようにも見えます。とはいえ、気づかれないようにゆっくりと後退りを続け、ヒグマが見えなくなったところから足早に白雲分岐に向かって登りました。ヒグマとの2度目の出会いは、生きた心地がしませんでした。しばらく登ると下ってきた方に会えて一安心。その方にヒグマがいたことを告げましたがあまり気にするそぶりもなく下っていきました。しばらくヒグマに出会ったあたりを見ていましたが、何もなかったかのように通り過ぎていきました。

 ヒグマは人の気配があるときは出てこないだけで、そばに居るということを実感しました。私が10分近く音も立てずにじっとしていたためヒグマは安心して出てきたのでしょう。ヒグマとの最初の出会いで恐怖心が薄れていたことや他の動物たちに会いたいがために最近では熊鈴を鳴らさずに行動していることが多かったことを反省しました。

ヒグマの寝床のそばの霜に縁取りされたチングルマの葉(2021年9月5日)

 9月19日にも登りましたが、前回の経験を機に行動中は必ず熊鈴を鳴らすようにしました。

縄張り-2022年-

 8月5日に今シーズン3回目の大雪山に登りました。今回は大雪高原温泉の登山口からまずは白雲小屋を目指します。雲の多い天気でしたが、次第に晴れ間が増え、花園にさしかかる頃には草原がまぶしいくらいでした。目の前の緑岳には夏空が広がっています。7月はじめに訪れたときは一面雪に覆われていた花園は草原に変わり、エゾコザクラやアオノツガザクラが咲き、蝶が舞っていました。一足先に咲いていたチングルマはもう果穂に。大雪山では春から夏があっという間に駆け抜けます。ガレ場ではナキウサギの声が聞こえ、エゾシマリスが登山道を案内してくれ、とても気持ちよく緑岳に登頂。そのまま白雲小屋に向かいます。

第一花園から望む緑岳(2022年8月5日)

花畑のヒグマ

 白雲小屋に寝床を確保し、昼食を摂ってから白雲岳の頂を目指します。白雲分岐に向かう斜面を登っていると下ってきた登山者がつい先ほどヒグマが間近を横切ったことを教えてくれました。そのため熊鈴をしっかり鳴らし、辺りを警戒しながら登っていると窪地の花畑をゆっくりと歩いているヒグマの姿が見えました。距離にして100mほど先です。昨年に続いての3回目の出会いです。

窪地の花畑で草を食むヒグマ(2022年8月5日)

 ヒグマはこちらの存在に気づいているのか、気にしていないだけなのかわかりませんが花畑の中で食事に夢中です。先月まで雪が残っていた場所には、柔らかい草が茂っているのでしょう。十分に距離はとれていますがヒグマの迫力に胸の高鳴りが止まりません。シャッターチャンスなのにピントが合わせられないのです。しばらくして登ってきた2人組の女性と眺めていると尾根を越えて赤岳の方角に見えなくなったため白雲岳に向かいました。

雪渓のベッド

 翌8月6日も天気が良く、草原は雨上がりのように朝露に覆われていました。ズボンを濡らしながら白雲岳に向かって登っていくと尾根から顔を出した太陽で斜面が一斉に輝きます。草花から落ちそうで落ちないキラキラした水滴がきれいで何度も足を止めながら白雲岳に向かいました。この日はナキウサギやエゾシマリスが頻繁に顔を出してくれ、頂上付近で楽しい時間を過ごし、昼食のために白雲小屋に戻りました。

目の前の岩を駆け上がってきたエゾシマリス(2022年8月6日)
根元から刈った葉付きのチングルマを咥えたエゾナキウサギ(2022年8月6日)

 白雲小屋に戻ると数人の人が集まっていました。その視線の先の雪渓には大きな雪のベッドに腹ばいで寝そべるヒグマがいました。おそらく昨日のヒグマでしょう。人にとっては心地よい気温ですが、立派な毛皮を纏った彼らにとっては無風快晴は堪えるのでしょう。四肢を伸ばし、火照った体を冷やしているようです。写真を撮っている人に聞くと先ほどまでテント場近くの草原で食事を済ませ、ハイマツ帯を駆け下りてきたとのことでした。

火照った体を残雪で冷やすヒグマ(2022年8月6日)

 この後、雪どけ水が流れ込む小川を歩きながら草を食んだり、雪渓周辺や登山道近くを行き来していることから午後の活動は諦めて、小屋周辺で散策することにしました。

 雪渓を白く輝かせていた太陽が尾根に隠れ、雪渓の模様がはっきりしてくると同時に白雲岳の斜面の森から3頭のエゾシカが出てきました。暑い日中を避けていたのでしょう。これから食事のようです。ヒグマと同じように雪が溶けた大地に芽吹いたばかりの草はごちそうのようです。白雲小屋を挟んでヒグマとエゾシカを観察しながら早めの夕食にしました。

白雲岳の斜面の森から現れたエゾシカ(2022年8月6日)

 さすがにこの日は暗い中外に出る勇気が出ず毎晩の楽しみの星景撮影は諦めゆっくり寝ました。

縄張り

 8月7日は前日のヒグマのこともあり白雲小屋でゆっくり朝食を摂ることにしました。外を見ながら食べていると小屋の敷地のすぐ先のハイマツからヒグマが顔を出したため、外で歯磨きしながら歩いている人にあまり大きな声にならないように伝えます。管理人さんにも伝えましたが、幸いヒグマはそれ以上近づいて来ませんでした。その後、前日と同じ雪渓を歩き緑岳の斜面の下でくつろいでいました。これから下山する登山道のそばからなかなか移動しません。4人のパーティーが通った際も気づいているような素振りはみせますが動こうとしません。

新垣新道あたりでくつろぐヒグマ(2022年8月7日)

 6時半過ぎにようやく緑岳の奥の斜面に移動したため、この隙に下ることにしました。一緒にヒグマの様子を見ていた方も大雪高原温泉に下るということでしたのでいっしょに帰路につくことにしました。一人ではないこととその方がクマスプレーを持っていたおかげで、怖いながらも心に余裕を持って進むことができました。

2020年と2021年シーズンはエゾナキウサギとエゾシマリスにあまり会えませんでしたが、今シーズンは以前と同じように会えたため安心しました。

親仔のヒグマ-2023年-

 7月1日、霧雨の大雪高原温泉を出発。久しぶりの妻との大雪山です。登山口には、世界中でここでしか会えないというダイセツヒナオトリギの花が迎えてくれました。

雨に濡れたダイセツヒナオトリギの小さな花(2023年7月1日)

雪渓を歩く親仔

 白雲小屋に到着し、昼食を摂ってコーヒーを飲んでいると同じくくつろいでいる方が窓越しに外を見ながら「雪渓で何かが動いている」と言います。見るとかなり遠くの頂上付近の斜面に2つの黒い豆粒があります。時折濃いガスが流れるため動いているのか動いていないのかわかりません。ミラーレスカメラで目いっぱい望遠側の400mmで覗き、さらに倍率を上げると2頭の仔熊であることがわかりました。距離にして600~800mほどあるでしょうか。斜度がきつい雪の上を慎重に歩いています。おそらく仔熊が向かっている先には母親が居ると思いますが姿は見えません。雲がかかり再び晴れたときには雪渓からは姿を消していました。

400mmで撮った写真を4倍くらい拡大(2023年7月1日)

 夕方、天気が回復してきたため再び斜面を眺めます。するとさきほどよりも白雲小屋に近い斜面で草を食んでいました。距離にして500~600mほどでしょうか。仔熊は可愛いですが母親は迫力満天です。ある程度距離はあるとはいえ念のため管理人さんに伝えるとテント場を閉鎖するか本部と協議が始まりました。結果的には十分に距離がとれているということで閉鎖はしないまでもテント泊の方には注意を呼びかけていました。テントは持ってきていましたがさすがに今回は小屋泊にしました。数張りのテントはそのままでしたが、小屋に移動する方もいて、混雑気味でした。

400mmで撮った写真を3倍くらい拡大(2023年7月1日)

 一週間前に白雲小屋に泊まった際に毎年いらっしゃる方が「数日前に目の前の雪渓を親仔のヒグマが通ったよ」と教えてくれました。その際は出会えずに残念と思っていましたが、会えると会えたで複雑な気持ちです。

仔育て

 翌朝、陽が昇る前に斜面を確認すると昨日よりもさらに近くで母親が草を食んでいました。望遠レンズの距離計では350~400mほど離れていますが、昨日よりも近い分、迫力が増します。仔は見当たりません。天気はとてもいいですが、登山道から見えるところを歩いていることから白雲岳の頂上に行くことは止め、小屋で朝陽を迎えることにしました。写真家で友人の佐藤大史さんが写真展のときに話していた「たまには朝陽を見よう」という言葉を妻が口ずさみながら朝陽をいっぱいに浴びました。

高根ヶ原を覆う雲が朝陽に染まる(2023年7月2日)

 白雲岳の斜面にも陽が射し、次第に母親の盛り上がった背中のたてがみが金色に輝きます。陽射しに満ちると食事をやめて岩場のほうに歩き出しました。そして仰向けに寝転ぶと岩陰から2頭の仔が現れ、母親のおなかに一直線。お乳の時間のようです。

仰向けに寝転ぶ母熊と2頭の仔(2023年7月2日)

 ただ数分で母親は立ち上がり再び草を食み出します。2頭は飲み足りない様子。母親につかず離れずでじゃれ合ったり、木に登ったりして遊んでいます。しばらくすると母親は小さな雪渓に移動して寝転びました。気温は10℃ほどですが火照った体を冷ましているのでしょう。2頭も母親に近づきますが、母親に振り払われた勢いで雪渓を滑り落ちます。見えなくなって心配していましたがすぐに這い上がってきました。

雪渓で体を冷ます母親と雪と戯れる仔(2023年7月2日)

 そんな微笑ましい光景を見ている時に目の前ではエゾシマリスの追いかけっこがはじまります。仲間を見失ったのかウラシマツツジの新葉が並ぶ高台で立ち止まり辺りを見回し、見つけると追いかけっこが再開です。こうした日常が大雪山では当たり前なのかもしれませんが、私の心を捉えて離れられない理由でもあります。

ウラシマツツジの新葉が並ぶ高台で様子を伺うエゾシマリス(2023年7月2日)

 白雲小屋周辺でゆっくり過ごしてから下山することにしました。今回はじめて親仔のヒグマに会えましたが、ある程度距離が離れていたことと、やはり小屋のそばだったから安心して観察できたのだと思います。

 我々が下山した1週間後には白雲小屋とテント場は閉鎖されました。テント場に親仔が入ってきたこともありますが撮影する人が親仔に近づきすぎたためとSNSの投稿に書かれていました。白雲小屋に泊まることができないのは残念ですが、親仔熊の怖さを聞き知っているだけに当然の措置だと思います。もしも母親と仔の間に入ってしまったら助かる保証はありません。また、人に危害を加えた熊は駆除されます。そういった事態は絶対に避けないといけません。

再開

 8月下旬に白雲小屋の閉鎖が解除されたことをうけ、9月3日に銀泉台から向かいました。大雪山では夏と秋の中間の季節です。7月に比べると咲いている花の種類はずいぶん少ないですが、登山口の夏の装いが登るにつれて草や木の葉はくすみ、木陰の低木は少し色づいています。そして頂上付近では、荒涼としたガレ場に鮮やかな草紅葉が映えます。また、この時期は動物たちにたくさん会えます。口いっぱいに刈り取った草を咥えたエゾナキウサギや頬をいっぱいに膨らませたエゾシマリス。冬支度のための貯食と寝床作りのために頻繁に動き回っているのです。2019年は9月半ばでも深い雪に覆われていましたので、この時期を彼らは感じているのでしょう。 

刈り取った食料を咥えたまま岩に登ってきたエゾナキウサギ(2023年9月3日)
色づいたウラシマツツジの草地で頬を膨らましているエゾシマリス(2023年9月3日)

 白雲小屋の掲示には、この夏、この周辺でヒグマの親仔が3組、単独の成獣が2頭目撃されていると張り出されていました。この時期の頂上近くの尾根には新鮮な草はないため標高が低い森に移動していると思いますが、9月に出会った2021年のこともあるため油断は禁物です。

再会

 9月4日、陽が昇る前は晴れていましたが、南西の空からゆっくりと流れてくるうろこ雲で次第に空が埋まってきましたが風は弱く穏やかな朝でした。白雲小屋を6時前に出発して白雲岳の頂上を目指します。白雲分岐からは生き物の気配を察知できるようにゆっくりと歩きます。早速エゾシマリスが出迎えしてくれました。

 北海岳を望むガレ場に出るとすぐに横目で何かが動いたため、視線を向けるとヒグマの親仔がいました。400~500m先の緩やかな尾根で食事中のようです。おそらく7月上旬に出会ったヒグマの親仔でしょう。この時期のヒグマは冬眠に備えて山を下っていると思っていたので、頂上付近に居ることに驚きましたが再開できたことがうれしくもあります。その場の岩に座りしばらく見ているとハイマツや地面をまさぐっています。エゾシマリスたちと同じようにハイマツや低木の実を食べているのかもしれないです。2頭の仔はこの2ヶ月でずいぶん大きくなっていました。

 ハイマツをまさぐっていた母親が歩き出すと2頭の仔が続きます。彼らの左側の登山道では3人のパーティーが歩いており、その気配に気づいたのでしょう。

連なって移動するヒグマの親仔(2023年9月4日)

 翌9月5日も同じように白雲岳に登っていると前日と同じ場所に彼らがいました。私の気配を感じたのかすぐにがわに向かって足早に歩き出しました。下山の時に白雲分岐で出会った方によると登山道には真新しいヒグマの糞が落ちていたとのことでした。赤岳の頂上から親仔が降りていった谷の辺りを見渡しましたが見つけることはできませんでした。

ヒグマが去った山頂

 10日後の9月15日に再び訪れると山頂付近は本格的に紅葉していました。雪どけしたばかりの6月の荒涼とした景色があっという間に緑に覆われ、色とりどりの花畑のつぎはこの景色です。斜面を彩るのはウラシマツツジやエゾツツジ、チングルマ、クロマメノキ、ミネヤナギなど。相変わらずの濃い緑はハイマツ。照りつける陽射しで輝きを増します。

山頂付近の紅葉した斜面(2023年9月15日)

 山頂で旭岳に沈む夕陽を眺めていると西日に染まる小さな森にエゾシマリスが駆けてきて立ち止まります。冬支度のために暗くなるまで食料を探しているのでしょう。

柔らかい西日に染まるエゾシマリス(2023年9月15日)

 9月15日から17日の山行ではヒグマに出会うことはありませんでした。

10月の雪山

 登山口にはまだ紅葉が残る10月初旬。10月8日に今シーズン最後の白雲小屋に向かいます。というのも国道から大雪高原温泉や銀泉台に向かう観光道路は例年10月中旬から6月中旬まで閉鎖されるからです。

 大雪高原温泉の駐車場で一夜を明かし、準備をします。前日までの荒天が嘘のように晴れましたが、途中からは雪道です。緑岳の頂上直下のガレ場からは登山道は消え、先行者のトレースと記憶を頼りに登ります。

 2週間前はエゾナキウサギやエゾシマリスが駆け回っていた白雲岳も雪に閉ざされ、彼らの気配は感じられませんでした。ヒグマの足跡も見ることはありませんでした。

白雲岳の頂上からの景色(2023年10月9日)

来シーズンに続く。


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