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ナキウサギの詩-恋の季節-

日本では北海道だけに住むナキウサギ(エゾナキウサギ)。
その住処の1つの大雪山で彼らに会って感じたままを記します。


頂上直下の岩の上でじっと空を見つめている姿は神秘的でもある。
何を見、何をにおい、何を感じているのか。
いつも考えてしまう。
今もはじめて感じたときと変わらない。
彼らに毎年会うようになって7年が経つ。

再 会

風もなく穏やかな朝。
前年と同じ岩場の斜面に向かう。
好きな人に会うのとはまた違う高揚を落ち着かせる。
しばらくあたりを見渡すが見つけられない。
そもそも鳴き声がまったくない。
心配が膨らみかけたとき、岩陰に姿を見つけた。
今年も会えた。
去年この場所を住処にしていた子だろうか。

岩陰から顔を出す(2019年6月)

6月の大雪山の朝は、氷点下になることも。
ただ時間とともに陽射しが心地よい。

白雲岳の頂上からの景色。正面はトムラウシ山。

神出鬼没

景色に違和感を感じる。
さっき見たときと何かが違う。
ナキウサギだ。
岩と同化している。
違うのはそれだけ。
静かにじっと遠くを見つめている。

岩に同化している(2020年6月)

視線の先の山々にはまだまだ雪が残る。
足下には白や黄色、紫色の花が咲く。
尾根の春。

足下には白や黄色、紫色の高山植物の小さな群落、その先には雪渓の大雪の山々

ナキウサギは、いつ、どんなタイミングで出てくるかわからない。
前触れも音も聞こえない。

以前は30分間隔とか晴れ間が出たときとか、彼らが巣穴から出てくる規則性を見いだそうとしていた。
ただ、それ自体がおかしなことだと思うようになってきた。
人と同じでお腹が減れば食事に出かけるし、寂しくなったら声を上げるだけかと。


6月の山頂直下

彼らが暮らす岩場やその周りが春めく6月下旬。
新芽を出すことなく花芽を伸ばし一斉に咲くミネズオウ。
小指の先よりも小さな紅色の花は滴の帽子が似合う。
濃い霧が高山の生命を潤す。
朝陽で斜面がきらめく。

朝陽にきらめく斜面

ミネズオウと時を同じく花開くイワウメ。
薄紅色と白色が冬枯れの草原を彩る。

春めく冬枯れの草原

芽吹いたばかりのクロマメノキの新葉。
縁取るように不揃いの滴が並ぶ。

クロマメノキの新葉

見上げた空

雲に覆われた朝。
少々風はあるがいつもの場所に向かう。
少し明るくなってきたように感じ、空を見上げる。
西から東に雲が流れている。
西の空には雲の隙間から青空が覗いている。
雲の流れにあわせて青空を目で追いかける。
ようやく陽射しが届く。
雲が抜けた空を再び見上げるとナキウサギも空を見上げていた。
つかの間の晴れ間に何を感じているのだろうか。

空を見つめる(2020年6月)

呼 応

尾根に響く大きな鳴き声。
静けさを切り裂く一声も一瞬で大地に吸い込まれる。
2度目の鳴き声が響く。
瞬間的に呼応する鳴き声。
姿は見えないがそう遠くはない。
呼応したほうに体を向ける。
再び鳴くと返ってくる鳴き声。
リズムよく繰り返す。
一息つくと反転して姿を消す。
静けさが戻る。
春は恋の季節。

声の主(2019年6月)

出会い

ナキウサギにはじめて出会ったのは2003年だったと思う。
赤岳登山口から少し登った岩場に突如出てきた生きものをそのときは知らなかった。とにかく一眼レフ(フィルムカメラ)で撮ろうするが構えたときにはいなかった。

しばらく山登りから遠ざかっていたが2016年に再開。
そのシーズンに緑岳(大雪山)の頂上直下のガレ場で再会した。
鳴き声で知らせてくれたのに、このときも撮ることはできなかった。
残念ではあるが、すごくレアな生きものだし、野生の動物に会えるだけ幸せと思っていた。

帯広市に住む友人にこの話をしたところ、すぐに会える場所があるという。半信半疑で連れて行ってもらった場所でしばらく待っていると静けさの中に響く一筋の鳴き声。
本当にいた。しかもこんな近くに。

しばらくはこの場所に通ったが、高山に暮らすナキウサギにも会いたくなった。そうして撮った写真である。

次回は7月の彼らをお見せしたいと思っている。


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