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大雪小径 -高嶺の目覚め-

高山植物に会いたくて登った大雪山。いつしか、この広大な自然とそこに暮らす生き物たちに魅了され一番好きな山になっていました。これまでに大雪山で出会った花は80種類を超えます。
『大雪小径』では、大雪山系の山々を廻る登山道(小径=こみち)で出会った高山植物を私の目線(経験)で紹介します。


一年の約半分は氷雪に閉ざされる大雪山。それでも春は確実にやってきます。雪が溶け、地表が現れると同時に息を潜めていた生命が動き出します。

厳冬期を雪に守られていた木々は新芽を膨らませ、地表から新たな命が芽吹きます。そして頂上付近の開けた尾根は花畑になります。

同じ花でも標高や陽当たり、雪どけなどで咲く時期が異なります。
ここでは、6月初旬の大雪山の様子と銀泉台や大雪高原温泉の山開きである6月中旬頃から出会える高山植物を紹介します。

■氷の花

銀泉台や大雪高原温泉への道路が閉鎖されている6月初旬、旭岳の頂を経由して白雲岳を目指します。

すがたみ駅を降り、少し進むと雪原が広がっています。ところどころの木々は雪をはねのけて起き上がっていますが、春というよりは冬が終わったという感じです。

旭岳の山頂までほとんど雪はありませんが、頂から裏旭側に数m踏み入ると緩んだ雪に腰まで沈みこみます。冬装備のザックは25kgを超えており、体勢を戻すのに一苦労です。裏旭を過ぎ、御鉢平の稜線に出ると残雪とぬかるむ登山道が交互に続きます。時折現れる晴れ間に励まされながら歩を早めます。

白雲岳のほとんどは雪に覆われていましたが、南向きの斜面には雪から解放された低木たちの姿がありました。

それでも気温は氷点下。冷たいガスが通った後には氷の花が咲きます。もう寒さから守ってくれる雪はないのです。ただ、太陽が覗くとシャラシャラと音をたてて散りゆきます。

6月初旬だというのに生き物の気配は感じられません。

雪どけした斜面に咲く氷の花。その奥は白雲岳の頂。(2022年6月5日)

■高嶺の息吹

山開きしたばかりの6月中旬の銀泉台や大雪高原温泉の登山口に雪はありませんが、登山を開始してしばらくすると登山道がところどころ雪に隠れています。この時期、“花園”という名前がつけられた場所のほとんどは雪の下です。

ちなみに“花園”の雪は7月中頃まで残っています。雪の下で待ちわびた植物たちは雪が溶けると一斉に芽吹き、あっという間に花を咲かせます。ゆえに“花園”になるのでしょう。そう思うと植物たちにとっての春の合図は、暦でも気温でもなく、『雪どけ』のように思います。

意外にも尾根に出ると雪はほとんどありません。吹き溜まりにはたっぷり残っていますが、赤岳から小泉岳、緑岳や白雲岳に続く広尾根の登山道とその周りに雪はありません。

2週間前の雪景色が荒涼とした大地に変わり、すでに新たな生命が芽吹いています。

クロマメノキの新芽

雪に覆われても落葉しなかったクロマメノキの葉は葉脈だけを残し、その根元には春を待ちわびた新たな命がいくつも膨らんでいます。

先ほどまでの雨の滴が葉脈に残り、新芽にも残った小さな滴が雲間から注いた陽光に輝きます。

クロマメノキの葉脈のと新芽と滴(2019年6月23日)

エゾノタカネヤナギの新葉

礫地の広尾根にはエゾノタカネヤナギが芽吹いています。濃い霧を滴に変えて若葉の産毛にたっぷり湛えています。生気がみなぎる新葉は、前年の春に咲き誇っていたであろうイワウメの花茎を包み込んでいました。

朝陽に輝くエゾノタカネヤナギ(2019年6月23日)

■共に咲く花

雪どけした大地は、あっという間に花に彩られます。

荒涼とした広尾根に転々とある植物たちの群落では、強いものが残り繁栄していると思っていましたがそうではないようです。ミネズオウやイワウメ、ウラシマツツジ、エゾオヤマノエンドウなどは、同じ場所に根を張り、花期が重ならないように咲くことからも共に支え、譲り合っているのではないかと思えてなりません。

ミヤマキンバイの黄花とイワウメの白花とウラシマツツジの新葉(2023年6月25日)

ミネズオウ

ミネズオウは、小指の先にも満たない小さなピンク色の花を咲かせます。
葉を残したまま越冬した小さな森(群落)では、新芽を出すことなく花茎を伸ばし一斉に花を開きます。

6月中旬に咲くピンク色の花はミネズオウだけのように思います。花期は比較的長く、6月中旬から7月初旬まで尾根のいろんな場所に咲いています。赤色に近い蕾から濃いピンク色の花が咲き、しだいに白ずみながらも咲いています。

朝露や雨に濡れた草花は生き生きしています。そこに朝陽が注ぐとみずみずしさを増し、さらに輝きを放ちます。

ミネズオウの小さな花を滴がふんわり包みこむ(2019年6月23日)

花の目線でカメラを覗くと別の世界が見えます。小さな花や葉を飾るさらに小さな滴が数え切れないほどの光に変わりきらめきます。

朝露のシャワーを浴びたミネズオウに朝陽が注ぐ(2023年6月25日)

夕陽もまた植物たちを演出してくれます。尾根に消えゆく太陽のわずかな陽光に照らされた新葉と枯れ残った花茎や葉が光りに変わります。
時刻は17:30。山に泊まらないと会えない光景です。

夕陽に染まる斜面のミネズオウ(2022年6月19日)

イワウメ

イワウメは、梅の花に似た指先ほどの大きさの白色の花を咲かせます。ミネズオウと同じように葉を落とさずに越冬した群落から花茎を伸ばし密集して咲いています。

6月中旬から下旬の頂上付近の大群落は圧巻です。この景色を見るたびにイワウメが礫地の環境を維持しているのではないかと思えてなりません。
というのも山がひとたび荒れると礫地の砂は飛び、小さな石は転がり、私たちも停滞や撤退を余儀なくされます。そうした荒天にもイワウメの群落は耐えているからこそ、こうした光景ができているのだと思います。

この群落は他の植物の拠り所となり、その植物を糧にする生き物も支えていると思います。

礫地のイワウメの群落(2019年6月29日)

こうした地形は『植被階状土(しょくひかいじょうど)』というみたいですが、詳しくは関連するサイト等をご参照ください。

イワウメの花期は比較的短いと思います。7月に入ってイワウメの花に出会うことはあまりないことから、一度咲いた花は長くは持たないように思います。花期の終盤に白い花びらがピンクがかっている花をまれに見かけます。

緑の絨毯から太陽に向かって花開くイワウメ(2021年6月26日)

エゾオヤマノエンドウ

エゾオヤマノエンドウは、6月の中旬から下旬に地面近くに咲いています。ミネズオウの花と同時期か少し遅い時期に咲いている印象です。他の植物が芽吹いたばかりのころに花を咲かせているということもありとても目立ちます。

小さくて淡い緑色の葉と指先ほどの紫色のうちわのような花びらが特徴的です。まだ冬枯れが多く残る地面を彩ります。名前の通りかもしれないですが、平地で見られるマメ類の花に似ています。1本の花茎に2つの花が咲いています。

花期は短く6月中しか見られないと思います。他の植物たちの生育と共に姿が隠れて見えなくなっているだけかもしれないです。

ウラシマツツジの新芽に囲まれて咲くエゾオヤマノエンドウ(2022年6月19日)

花の形が複雑でおしべやめしべがどこにあるかわかりません。撮影のポイントに悩む花でもあります。

エゾオヤマノエンドウの花の近影(2019年6月23日)

ウラシマツツジ

ウラシマツツジは、新芽から葉と花茎が同時に伸び、一足先に伸びた葉の根元に下向き加減の花が開きます。小指の先にも満たない小さな壺状の花です。イワウメやミネズオウの群落から芽吹いていることが多く、上記で紹介した他の花たちの写真に新芽が写っています。

光沢のある美しい葉に目を奪われ、その下にひっそりと咲く花は見過ごされがちです。花期は短く6月中しか見られないと思います。2-3cmに生育した葉は、ミネズオウやイワウメの群落を覆い、頂上付近の至る所でシーズンを通して見ることができます。

花壺から甘い香りが漂っているのか、蟻が出入りしているところを見かけます。花は、8月下旬に黒真珠のような丸く光沢のある実に変わります。エゾシマリスが食べているところを見かけますが、あまり好みでないのか枯れた後も実だけ残っていることがあります。

新葉とともに花を開くウラシマツツジ(2022年6月18日)

紅葉にも似た美しい葉は、新芽の時からさらに赤く染まる9月まで楽しませてくれます。

イワウメの絨毯から芽吹くウラシマツツジ。白い光はイワウメの蕾。(2018年6月25日)

■広尾根を彩る花

大雪高原温泉の沼回りコースを外れ、雪渓の三笠新道を経由して高根ヶ原を目指します。三笠新道はヒグマの活動が活発になる前のこの期間しか通ることができないレアなルートです。春の陽射しのもと、急登の雪渓をアイゼンとピッケルの冬装備で慎重に登ります。

6月下旬の高根ヶ原は、赤岳や緑岳の広尾根と同様に雪はなく、荒涼とした礫地と冬枯れの中に新芽が混じる草地が広がっていました。

ホソバウルップソウに会いたくて三笠新道の雪渓を登った先の高根ヶ原(2019年6月23日)

ホソバウルップソウ

ホソバウルップソウは、6月の中旬から下旬に尾根の草地や礫地に咲いています。北海道の固有種で大雪山の限られた場所にしか自生しないようです。

当初、ホソバウルップソウは高根ヶ原にしか自生していないと思っており、2018年に満を持して(*)三笠新道経由で登り、やっと会うことができました。

ただ、高根ヶ原ほど群生していませんが、赤岳ー小泉岳ー緑岳の広尾根にも咲いていました。尾根の草地を好んでいると思っていましたが礫地でも生育するようです。

高山植物の中では比較的大きく存在感のある円柱形の花序に青紫色のたくさんの花が並んでいます。咲きはじめの花序は三角柱で下段から花が咲きます。上段に花が咲き進むにつれて花序は大きくなっているようです。花期は長いですが、最上段が咲く頃には中段より下の花は枯れています。

花期終盤の高根ヶ原の群生地(2019年6月30日)

咲きはじめの花に惹きよせられて、夢中でファインダーを覗いていると視界に虫さんが入ってきました。虫さんとの以心伝心(?)にうれしくなります。

咲き始めのホソバウルップソウ(2019年6月23日)

*コラム1
ホソバウルップソウの存在は2017年に知りました。雨のため大雪高原山荘で停滞しているときに手に取った書籍に載っていたのです。そのとき花期は終わっていたため「来年、会いたいなー」と思っていました。

問題は群生地が高根ヶ原ということです。当時の私は、高根ヶ原に行くには沼回りコースを経て、雪渓の三笠新道を越えなければならないと思っていました。

そこで2018年2月にモンベルの雪山ツアーに参加し、必要な装備と冬期登山についての基礎知識を得ました。このツアーで風呂が一緒になった縁で知り合った方(現在は友人)と雪山を登るうちに冬期登山の楽しみを知ることになりました。

私にとって、冬期登山と友人に知り合うきっかけはホソバウルップソウです。さらに、友人と雪山以外にもたくさん登るうちに仲間が増え、かけがえのない友人の輪が山を通じて広がりました。

*コラム2
ホソバウルップソウに初めて会った際は、日帰りだったためゆっくりできませんでした。というのも沼回りコースは、15時までに下山しないといけないルールがあり、高根ヶ原の滞在時間は30分くらいだったからです。

この経験から山でゆっくり撮影する時間を取るには山泊しかないと思い立ち、小屋泊のための情報を収集し、装備を揃え、2018年の8月に小屋泊デビューしました。そして翌2019年にはテント泊デビューしました。

ホソバウルップソウは、私を山の深みに招いた(陥れた?)思い入れのある花なのです。


エゾノタカネヤナギ

冒頭にも紹介したエゾノタカネヤナギは、芽吹いたばかりの若葉の先に綿毛の花序が膨らみます。花は雌雄別々で、別の種類かと思うほど趣が異なります。綿毛からめしべやおしべが伸びており、”咲く”という表現がしっくりこない花です。

6月の中旬から下旬に咲き始め、めしべやおしべは綿毛の根元からが伸び、徐々に上段に上がっているようです。めしべやおしべの下段から上段へのグラデーションがとてもきれいです。

花粉を待ちわびるような雌花(2018年6月25日)

早朝、若葉の産毛や雄花にはたくさんの滴がついています。濃い霧を集め飾り付けをしているようです。朝陽を浴びて新たな生命がきらめきます。

朝露をまとった雄花(2019年7月1日)

ミヤマキンバイ

ミヤマキンバイの黄色の花が雪どけ後の尾根を彩ります。イワウメなどの群落の中にも咲いており、彼らと共生していると思いますが、礫地や草地などいろんな所に咲いています。大きな群落を見ることは少なく、小さな株が点在している印象です。

他の高山植物よりも早く芽吹き、花を開くこともありますが、陽光をいっぱいに浴びた鮮やかな黄色い花は、荒涼とした礫地でひときわ目を引きます。花は6月の中旬から見られ、雪どけが遅い場所では7月中旬くらいにも見ることができます。

雪が溶けた斜面に真っ先に花開くミヤマキンバイ(2021年6月26日)

後述するメアカンキンバイと見間違えることがありますが、ミヤマキンバイのほうが立ち上がって咲いているようです。日中は花びらを大きく広げ、陽射しを花いっぱいに受けています。

陽射しを花いっぱいに受けるミヤマキンバイ(2019年6月23日)

日中広げていた花びらは、尾根から伸びる夕陽の合図でゆっくりと閉じているようです。夜は花を閉じ、陽が出るのを待つのでしょう。

花を閉じながらもまだ陽光を求めているようなミヤマキンバイ(2022年7月1日)

メアカンキンバイ

メアカンキンバイの花は、6月中旬の尾根の草地で見かけることが多いです。花茎は極端に短く地面すれすれに咲いています。過酷な環境で生きるための戦略なのでしょうか。北海道固有の花です。

他の高山植物よりも早く芽吹き、花を開くためひときわ目を引きます。黄色というよりはレモン色に近い花びらが特徴的です。花期はあまり長くなく、7月に入るとほとんど見ることはできないように思います。

花の形がそっくりのミヤマキンバイと同時期に咲くため、見分けがつきにくいですが、花茎が短い場合はメアカンキンバイのことが多いと思います。

白雲岳を望む広尾根に咲くメアカンキンバイ(2019年6月23日)

霧雨でも空を向いて咲いています。花やおしべの色合いの違いは、開花の順番でしょうか。

霧雨にしっとりと潤んだ花(2019年7月1日)

≪編集後記≫

朝露や雨に濡れた新芽や新葉、花たちは生き活きしています。そこに陽射しが注ぐとキラキラ輝き出します。そんな最高のひとときを表現したいのですがこれがなかなか難しい。再び陽が陰るのではと焦ってしまいます。

最近ではこれも出会いだと思い、慌てず気持ちよく撮るようにしています。なかなか思い通りにならないからこそ何度も登りたくなるのかもしれないです。

そんな彼らを夢中になって撮っているとすれ違う登山者に花の名前を聞かれることがありますが、ほとんど答えられません。お目当ての花ならわかりますが、ただ惹かれるがままに撮っている花の名は、たいていわからないか忘れています。

そんな私に花の名を教えてくれる方もいます。珍しい花が咲いている場所を教えてくれる方も。次の楽しみができます。

次回は6月下旬くらいから会える花を紹介したいと思っています。



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