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心配という名の峠を攻めて行く。


始まりは去年の夏頃の話である。

息子が「中型バイクの免許を取ろうかな。」と、ポツリといった事があった。
私はただの思いつきの発言かとスルーしていた。

が。

その約2ヶ月後の10月のある日。息子は「バイクの免許を取りに行ってくるわ。」と、言い出した。

しかし、よく聞いてみると正確には「バイクの免許の教習が始まるから行ってくるわ。」である。
つまり、もう申し込みも払い込みも完了済み。
事後報告同然の宣言である。
大学の空きコマを活用する為に大学近くの教習所に入所したらしい。
しかも、卒業する頃には中古だが貯金でバイクも買えそうだとこのと。

……本気だったのか。


私は一瞬遠い目をした。
いかんいかん。遠い目をしとる場合ではない。
20歳になろう大学生男子が自分で貯めたお金でやりたい事を実行してるだけの話である。
別に何の問題もないのだ。
ショックなんて受けなくてヨシ!
OKOK!
ちゃんと処理できてるよ私、エライ。

一呼吸置いて意識を胃の辺りに置いて整理する。

ショックなのは私の中の「バイク=危険」の短絡的な先入観に基づいた思考だろう。
ヘイヘイ!怖がらなくてイイヨ!アタシ。

しかし、息子は"バイクで事故をする"という事をちゃんと想像出来ているのだろうか。そして実際何か起った時、適切な対応ができるのだろうかとモヤモヤした。
いやいや、既に車の免許は持っているのでそれは車も同じ。

でもやっぱりバイクは事故をすると怪我が怖い。
ワタクシ、二十の歳頃の若人なぞ勢いで乗り切っている生き物だと思っている。
まぁ、実際それで何とかなっちゃうのが怖い所だけれど。
経験がない分、正直ヒヤリとしなきゃ自覚なんてなかなかできない。
自分にだって覚えがない訳じゃない。自分の後ろにある轍を振り返って見るように考えを巡らせた。

ただ、思考とは別にして、単純に私の感情が「嫌だなぁ〜。」と、めちゃくちゃボヤいているのが分かる。

しかし、息子は自分で決断し、自分で稼いだお金で行動している。しかも決して安くない金額。本来なら立派に自立を示す息子に頭髪が擦り切れるほど"いい子いい子"しまくって褒めてやらなきゃならない位なのに。

しかし、即座に笑顔で「イイネ!!」と言えず、動揺を隠しながら「ほぅ…。そうか。」と髭を生やした貫禄あるパパが言いそうなセリフを言うのが精一杯だった。

その間、頭の中では、起こりうるであろう様々な負のパターンが泉のようにワッと次々に湧いていた。文字通り湯水の如く湧き上がってきやがる。
私の悪い癖であり良い癖でもあると思うが、ちと過度すぎる。
まぁ、俗世間でいう"心配性"というやつだろう。

だけど、私はその心配性とは違うもう一つ大きくモヤモヤとしたものを感じる。
それもひっくるめて「心配」とするには何か腑に落ちないものがある。

それが気持ち悪く、認めたくない。小心者の蓑を被りチラチラとずる賢く隙間から覗いていたもの。ゾワゾワと私の足元に纏わりついている。

その正体はバイクに乗る息子を"信じて送り出してやるという覚悟"。
私にはまだ覚悟が無いのだ。

何かあった時、笑って送り出した事を私は悔やまないだろうか。

どうしたって避けられない案件だと分かっていても、すぐに「YES」と反応できない己の器の小ささよ。

もうさっきから私の頭と心は峠を越えたりヘアピンカーブを攻めるライダーさながらの動きである。免許なしでライダーのスリルを味わえる私はお得かもしれない。

また何でバイク免許を取ろうと思ったのかと話を聞いてみたらば、息子が小学生の頃からめちゃ仲のいい佐久間くん、通称サクくんという友達の話から始まる。
高校大学と進学先は違えど、一旦電話をすると深夜まで語らい、長期休みになるとニ人で電車旅をするほど彼等は仲がいい。車の免許を取ってからは電車旅に加えて二人でドライブに行くことも増えた。

そんな中、サクくんがバイクの免許を取った。
そしてサクくんから「お前もバイク取ってくれ。俺はお前とツーリングしたい。」と、何度も口説かれたらしい。

…そら取るわな。取りたいわな。

熱く尊い男の友情。
息子も元々が乗り物大好きっ子なんだもの。満更でもなかったのだろう。

彼らの友情は電車、車、バイク、と乗り物パラダイスで彩られているのだ。

昔、何かのおまけで付いてきたタカラトミーDVDに収録されていたトミカプラレールの愉快で夢いっぱいの歌が唐突に頭の中に流れた。

小さい頃の息子が一時期、狂った様に視聴し、狂ったように歌っていたあの曲。
同時に親も気が狂いそうになるほど頭の中でリフレインしたあの曲。

♩トミカトミカプラレール〜
 のりものGOGOパラダイス〜
 ぼくの大好きなのりものトミカ プラレール〜
 くるまとでんしゃいっぱい
 はしる〜はしる〜♩

 長い年月を経て再びこの曲が脳内に流れることになろうとは。

小心者の蓑を被り認めたくない感情を持つ自分を引き摺り出し、ギリギリの折り合いをつけること数日。
それに伴い、私なりにバイクの安全についても勉強した。
そして、息子に一度だけ言わせてもらった。

「危険な運転をするとは思っていない。でもやっぱりバイクの特性を考えると両手を上げて送り出すほど今は賛成出来ない。だけど、君がやりたいと思う事を止めることはできない。だから、事故が起きた時のことを考えて出来るだけの自衛をして欲しい。」

自分でも珍しく真面目な顔をして言った。
息子もそれに合わせてか珍しく神妙な顔をして聞いていた。

常にふざけた親子だが、100回に1回位は真面目な話をする。

順調にバイクの講習の回数を重ね、卒業まで約2ヶ月の間、息子はヘルメットや防寒具、手袋なんかをちょこちょこ買い集めている様だった。
サクくんも忙しい中、バイクショップのお得な割引や保険の情報、バイク選びを始め息子の相談にも惜しみなく時間を取ってくれたらしい。有難い話である。

そして、無事免許を取得し、バイク納車の日が来た。
サクくんは車でバイクショップまで送ってくれ、バイク初路上となる家までの道中を煽られたりしないように後ろから守って送ってくれる役を買って出てくれたらしい。

その話を聞いて絶対的な確信を持つワタクシ。



……サクくん。

……アンタ、絶対モテるやろ。


そんなステキな機微を持ちそうにない我が息子は何やら段ボールを抱えて無邪気にニコニコウキウキの顔をしながら一階のリビングへ降りてきた。
息子には彼女がいない。

息子、そういうとこやぞ。

開けたダンボールの中には買い集めたヘルメットだの防寒具、手袋等が入っていた。
息子はその箱の中から、一際大きな物をを取り出した。
出てきたのはバイク用プロテクター一式。
体用と膝肘用。
完全防備である。

「元々、予算の都合で最低限の物やけど、プロテクターは付けるつもりだった。教習所でも付けてたし。」

そう言って、身体用のプロテクターをバチンバチンと装備しはじめた。
ああ。偉いな。ちゃんと命を守るという事を疎かにしなかったんだな。ウンウンとうなづき目頭が熱くなるのをごまかすように、一瞬下を向いた。
そして顔を上げた先には

どデカい亀がいた。

その姿は紛う事なきミュータントタートルズ。
息子はあの世界的有名な忍者カメとなっていた。

遜色なし。


***

さて、バイクと聞いて心配しているのは私だけではない。
母(私)への風当たりは極めてキツい息子であるのだが、彼は祖父母には極めて優しい。すっかり高齢の祖父母の家によく顔を出し、病院にだって進んで付き添い、お買い物にだって付き合う。

そんな感じなので彼はもうすっかり青年になっているにも関わらず"蝶よ花よ。"と、両祖父母に可愛がられている。

そんな彼に祖父母達が心配しない訳がない。皆が皆、バイクと聞いて眉をひそめた。

特に中村の父。
自分の息子(夫の兄)が学生の頃バイク免許を取得。
若き頃の義兄さんは調子に乗りまくった挙句、最終的に救急車にも乗るという落語のサゲのような事をしでかしており、お舅は肝を冷やして病院まで迎えに行った話は、お舅の酔いどれ話の定番としてもう何度も聞いているのだ。

心配のタコメーターは誰よりも敏感であろう。

息子も「じぃちゃん、誰よりも心配するやろなぁ…。」と、気にしていた。

事実、お舅は日課として夕方にご先祖様へお経を上げ、最後には家族皆が安寧に暮らせるようにとご先祖にお願いしているのだが、孫のバイク免許取得の一報を聞いて以降、姑曰く仏壇に向かう時間が確実に長くなっているとのこと。

ウン。想定していた。
やっぱりか。お義父さん、ゴメン。

そりゃもう経験済みの者として、心配が止まらないのだろう。
きっとお舅の心は信じられない速度でヘアピンカーブの連続を攻めている。

しかし、幾ら心配の言葉を吐いても教習所を無事卒業した時に「お金も要るだろうから。」と、お小遣いをポンと息子ににぎらせた。

そして、「バイク、じいちゃんちに置いたらいい。シンちゃんちより止めやすいやろ。」と、バイク置き場のスペースを提供してくださった。
スープの冷めない距離にある中村家実家。正直大助かりである。
しかし、有難いけど申し訳ない。


そして、免許取得から約一週間も経つ頃。
私を含め皆、息子がバイクに乗ることを徐々に受け入れ始めていた。

うちの母(81歳)なぞ息子が「このバイクを買った。」とスマホで画像を見せた所、「いやぁ!良いバイクやん!ワタシ、後ろに乗せてもらおうかナァ!」なんて80'sヤンキーギャルが言いそうなセリフを言う始末。
母、受け入れすぎやろ。

そして、やってきた納車日。
無事帰宅した息子を遠巻きに観る姑とお舅。
やっぱりお舅はぶつぶつ心配の言葉を吐き、姑に「心配心配ばっかり言って!そんな事ばかり言ってたら何にも出来ないじゃない!」と怒られていた。

お舅は心配1000%は変わらずの模様。
どうでもいいんやけど、「100%勇気」とか「君は1000%」とか言葉的によく分からんのだが、意味はめっちゃ通じるの不思議。

「その辺り少し走ってくるわ。」とお舅に言いに駆け寄る息子に、お舅は手に持っていた袋を差し出した。
中はお札に近いサイズの御守り。
ちょっと持ち歩くには不便なサイズである。それを受け取った息子は一瞬あからさまに「デケェ〜。」と言う顔をした後、「ありがとう。車検証に挟んでおくわ。」と、リュックから車検証を取り出した。

そのサイズはお舅の心配と願いの大きさの様に思えた。
多分、お舅の心配はワタシのそれと違い、純粋なものなのだろう。

おじいちゃんおばあちゃんってそんなものかも。

息子のバイクを色々チェックしてくれているサクくんに「御守りデカい〜。」と、言わんばかりに御守りを見せる息子。

それを見てサクくんは

「ええなぁ〜。御守りで。

俺ん家なんか、じいちゃんが"厄払いや!"って言うて、バイクに甘茶を容赦なく掛け始めたからな。」

と、中々洒落にならない事を言っていた。

どこんちも同じ。

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