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東京都同情塔から感じる「純文学の力」と電子出版を読んで知りたくなる適切な著者印税


純文学作品でのAI利用という目新しさ

 芥川賞作品を受賞直後に読むなんて、何十年ぶりでしょう。父親は文藝春秋を毎月買っていたので、中学生の頃から読んでいました。村上龍『限りなく透明に近いブルー』は衝撃的でした。三田誠広 『僕って何』池田満寿夫 『エーゲ海に捧ぐ』高橋三千綱 『九月の空』などは記憶に残っています。子供の頃から本を読む方でしたが、高校生以降は、小説の世界観に浸るような読み方よりも、人文学系の新書を読んで視野を広げる方に興味が向かい、新しい作家の小説を追いかけることはなくなり、そのままでいました。

 今回、『東京都同情塔』を読もうと思ったのは、Facebookでのフレンドの皆さんの話題の仕方が気になったのと、著者がインタビューで「ChatGPTのような文章生成AIを駆使して書いた」「全体5%ぐらいは生成AIの文章をそのまま使っているところがある」と述べていることに注目したからです。発言内容自体は目新しくない、いまどき「普通」のことですが、芥川賞という純文学の権威ある受賞者が述べているのが、社会における人工知能の位置づけがわかるきっかけになるかもしれないという興味でした。小説の設定も興味深かったので、そのままAmzonで購入してKindleで読みました。

東京都同情塔の読みどころは?

 読み始めてると、とても興味深く、登場人物の心情が描けている素晴らしい小説でした。ネタバレ(って短編文学小説でも言うんですかね?)をできるだけ避けて紹介しますが、主要登場人物は二人です。30代後半の独身女性が超一流の建築家でこの小説の軸になる建築物「東京都同情塔」の建築を手掛けます。20代前半の美形で、不幸な家庭環境で育ちながら、精神的には安定感がある(ように見受けられる)男性との交流で物語が進んでいきます。
 世界的な幸福学者が提唱した、犯罪者を収容する刑務所のあり方の根本的な変更に日本が取り組み、その象徴的な施設が、国立競技場の近くの高層ビルとして建築されるという設定です。マクロ的な説明はほとんどなく、読者は登場人物の心情を通じて事態を知っていくというところが文学作品らしいと思いました。
 ザハ・ハディドによる新国立競技場が建設されたパラレルワールドの東京という設定で2030年まで描かれています。東京五輪は、日本の様々な矛盾を浮き彫りにしましたが、作者はザハ建築が却下されことに対して、日本の欺瞞や矛盾を感じていたのでしょう。予定通り採用された日本の課題を描くという形で、それを表している気がしました。


 そして、登場人物は日常的に自然にAIを使っています。AIが物語の中で大きな役割を果たすわけではありません。小道具的に、日常に入り込んでいる様子は描かれています。

短編小説がKindleで1683円、著者印税は??

 久しぶりに日本の短編小説で、心に残る作品でした。以前は、短編小説は数篇まとめて書籍化されることが多かったような気がするのですが、紙の本は、単行本で144ページ¥1,870。Kindleでは1683円でした。僕が払った購入代金がどのくらい著者に払われるのかが気になりました。

 一般的に日本での書籍の著者印税の相場は10%です。しかし、小説という形態で電子書籍で読んでいて、短編小説で1500円以上という金額を支払う読者としては、著者に半額以上は支払われないと納得のいかない気持ちになるのではないでしょうか?少なくとも僕はそういう気持ちになりました。 

分配率に関する音楽との比較

 音楽でもCDからデジタル配信になって、同様の問題が生じています。
CDの時は、原盤印税は12~16%、アーティスト印税は販売価格の1%というのが、業界的な相場でした。デジタル配信になったことで、CD製造費や流通コストがなくなりましたでの、売上の50%強が原盤権利者+アーティストに分配されるようになっています。作詞作曲者相当の音楽著作権は、6%から15%に増えています。
 音楽の場合はデジタル化によって、中間コストだけではなく、レコーディング費用の大幅な低廉価も起きていますので、音楽家個人が自宅で音源を完成させる(Do It Yourself型)も可能になっています。レコード会社を介さずに配信事業者を利用することも、「ディストリビューター」サービスと使えば、安価で可能です。レコード会社など従来の会社は、音楽家に対して、自らの価値、役割を再定義して示すことが必要になっています。

『最新音楽業界の動向とカラクリがよくわかる本』P19

 出版業の場合はどうなのでしょうか?紙の書籍を美しく作るノウハウは優れたものがあると思います。書店流通は、取次という日本独特の流通とファイナンスを兼務する業態もあり、出版ビジネスにおけるプラットフォームに乗って、著者印税が10%というのは、編集者のサポートなどの作品そのものに対する貢献も大きく、合理性があったように思います。
 電子書籍にテキストコンテンツという形になると流石に10%という料率だと低く感じますよね?製造、流通のコストが下がった分が反映されるのは当然でしょう。同時に、編集者が果たしている役割を数値化して、契約条件に落とし込むことが必要になっていると思いますが、そういう事例は聞いたことがありません。
 孤独な作業である作家の創作に、構想段階から伴走する編集者の役割は重要です。芥川賞を取るためにかかる有形無形の労力も出版社に主張する資格はあるでしょう。
 例えばですが、編集者を中心とした出版社の創作への貢献を言語化/数値化して、印税に反映させる、もしくは一定金額をリクープするまで
 出版社の本業は紙の書籍の出版と捉えるなら、それは10%でも、「二次利用」的な位置付けになるケースは、窓口手数料を10~20%とって、残りは著者、出版社で折半などの条件もあるえるかもしれません。

著者の気持ちのシミュレーション。自分のケース

 僕も過去10数冊の書籍を出版させてもらっています。監修や共著も多いのですが、単著も4冊あります。僕自身は、印税を動機で出版について考えたことはなく、世の中に対して、まとまった見解を発表する(「旗を立てる」というのが僕のイメージです。)ことが目的なので、専業作家の方とはマインドも違うかもしれませんが、自分が書き手側という立場からも考えてみます。
 僕の場合は、編集者との共同作業であることが一番のポイントです。客観性や、文章の練り込みや引用データの正確性など、編集者と一緒に作業をすることに出版社で本を出すことの意味を感じます。
 現状だと、紙と電子書籍は両方あるのが基本だと思っています。「旗を立てる」という感覚で本を出す時に、世の中に対する影響力として、「電子出版」だけだと、まだ弱いなという印象ですし、電子書籍が無いというのは読者の利便性として無いと思います。
 実際は、印税条件は、10%より安いこともあり、一応、確認と場合によって交渉はトライしますが、印税条件を理由に出版先を決めることはしていません。これが文筆業が本業だと全く違うと思います。

 出版社が著者とフェアな契約を結ぶ際に必要なことは、自分が提供している価値の言語化と印税等の条件への明示的な反映だと思います。創作において編集者が果たす役割を言語化して、印税条件に反映させるのは大切でしょう。そのアセットを使いたいという意思のある書き手は少なく無いと思います。書評を獲得する、書店で展開するなどのノウハウも同様です。
 『東京都同情塔』の場合は芥川賞を獲得するために注いだ労力とノウハウ、そして獲得した成功報酬的なボーナスも出版社に認められるべきでしょう。それらを明確にしないまま「まるッとまとめて著者印税10%が、ちょうど良い塩梅」という感覚は、もはや時代遅れです。
 出版社というリソースを使って、書籍を出す場合は、一定金額(リクープラインを越える)までは著者印税10%、それ以降は、二次利用と捉えて、窓口手数料(20%前後)を取ったあとは折半、などがフェアな契約の一例と思います。リクープ対象に段階を付けて、第二段階は◯%みたいなことはあっても良いと思います。 

情報の非対称性という課題意識

 アンフェアになる理由は、情報の非対称性があることで、出版社側には数多くの事例があり、自らの利益に誘導する様々な理由づけが可能です。作家側にできるのは、実質的にはNOということだけですから対等な交渉は難しいですね。これから仕事をする(もしくはもう仕事を始めている)相手に金銭交渉をして、条件によっては辞めるというのは、なかなか難しいことでしょう。
 そもそも、情報の非対称性がある関係では、本当の意味でフェアな契約は結べないのです。音楽業界では、事務所という存在があるので、フォローされて、レコード会社と音楽家の情報格差がある程度、緩和されてきています。(それでもデジタル化では様々な問題が噴出していますが)
 不幸な状況になっている『セクシー田中さん』のドラマ化にまつわるトラブルも、作家にエージェントがいなくて、出版社が抱え込む前近代的な仕組みが構造的な原因です。(これは気が重いのですが、改めて書くつもりです)
 紙の書籍に対する電子書籍の比率が高くなっていくであろう今後のために、出版社取り分の根拠の言語化、緻密な条件設定は、出版業界の発展のために重要と考えます。エージェント制度の速やかな導入、浸透が直近の解決策でしょう。
 音楽業界で長く仕事をした経験、著者の立場の経験も踏まえて、日本の出版社が優秀な編集者に快適な仕事環境を提供続けて欲しいという(そのことが日本の文化のために重要と考えます)という思いから、読者の素朴な感覚を起点に本稿を書きました。議論のきっかけになれば嬉しいです。

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