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#16 僕から見た電王戦FINAL第5局の話

このnoteはついに明日12月25日、全国公開の映画『AWAKE』の監督・脚本をした山田篤宏が「最後かもしれないだろ? だからぜんぶ話しておきたいんだ」と思いながら書いています


や、別に最後じゃないですけども。

「冴えない衣装展」を紹介し終えてこれで各映画館さんの特別展示もひとしきり紹介し切ったなーと思っていたらとんでもない伏兵がいました。

サブキャラである磯野に対して手紙を書いてくれるという、めちゃくちゃ頭おか…愛情溢れる展示。磯野は脚本段階からうまく書けたなーと思っていたお気に入りのキャラの一人でしたので、こうやって実像を伴ってエールを頂くと、なんかすごい、経験したことのない感動が込み上げてきます…。是非お近くの方は。僕も見に行きたい。

さて!遂に明日に公開を控えた前日。クリスマス・イブではありますが、その良き日に今一度ちょっと堅苦しい話をしようかなと思います。今回は『AWAKE』の発端となった「電王戦」の話です。

読み進めていただく前に(ネタバレアラート)

この先読み進めていただく前に、一応ネタバレアラートを発しておきます。以前のキャスト総ざらい回でも発出しましたが、「全く知識を入れないで観たい!」という人はこれも読まない方が面白いと思います。元ネタに触れるため、ネタバレ度はキャスト総ざらいよりはちょっとだけ強めだと思ってください。すでに元ネタのエピソードの詳細を知っている、という方は迷わず読んでいってくださって結構です。

方々で言ってますが、『AWAKE』は将棋の知識が無くてもわかるようにかなり工夫して作っています。逆に知らないで観て内容がわからなければこちらの敗北、くらいには考えています。それでも、劇中で将棋に関して逃げるような演出やストーリーテリングはしませんでしたので、実際のところ符号(6四歩、とか)とかもバンバン出てきます。これらは1ミリもわからなくて構わないのですが、もしかするとそれらの将棋要素を気にし始めてしまうと、そちらに気を取られてしまう方もいるかもしれません。

というのと、やはり将棋の文化は海のように深く尊く、『AWAKE』でその魅力の全てを語り尽くすことは到底できません。物語の枠に当てはめるため、どうしてもこぼれてしまった要素もあるかと思います。

そういうわけでたとえ観てから読んでいただいたとしても、理解の補助線となることを願って、下記に僕があの日実際に観て、映画の着想を得た「電王戦」に関して、幾つかこのタイミングで補足しようかな、と思います。

電王戦とは?

まず、そもそも「電王戦」ってなんなの?というと(そこから?)、2010年〜2017年にかけて行われた、一連の人間vs将棋コンピュータによる棋戦の事です。その間初期を除けば基本的に毎年開催されていまして、そのそれぞれにドラマがあるのですが、その話はサバンナ高橋さんのYouTubeを見ていただくのが一番わかりやすいと思います。ここには、電王戦FINAL第5局の話も出てきますし、映画『AWAKE』の話題もチラッと出てきます。

そして、2015年4月11日に行われた電王戦FINAL第5局の何がそんなに特別だったか、というと、概ね下記の要素に集約されると思います。

・コンピュータ将棋開発者が、元奨励会員だった
・対局が将棋会館で行われた
・棋士がコンピュータ対策の手を選んだ
・結果、開始49分にて投了、わすか21手のスピード決着となった

このうち、大筋の顛末は映画内で描いていますので割愛するとして、この中のキーワード、「奨励会」「将棋会館」「投了」の三つに絞って今一度解説していきたいと思います。

奨励会

もはや様々な小説やドラマや映画の題材になっているので、知っている方も多いんじゃないかと思います。ざっくり言うと、将棋のプロになるための養成機関です。

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奨励会を数々の物語の題材たらしめているのは、その厳しい年齢制限。奨励会で年々段級位を上げ、四段に昇段すると晴れてプロになれますが、それは年間たったの4人。逆に26歳までに四段昇段ができない場合、強制的に退会となります(21歳までに初段にならないと退会、というのもあります)。退会となった場合、ごく一部の例外を除いてプロになることはできません。ちなみにそのごく一部は今のところ史上3人いまして、その一人目が映画『泣き虫しょったんの奇跡』のモデルになった瀬川先生です。要するに映画化されるくらい稀ってことです。そして、この奨励会、プロになる人の大半は小学生、遅くとも中学生までには入会します。

じゃあこの奨励会員てどんくらい強いの?って思うじゃないですか。例えば僕は今恐らくアマチュア1級〜初段くらいの棋力があるのですが、この強さがどれくらいかと言うと、将棋を始めたくらいの人や、ちょっと知ってるくらいの人にはほぼ絶対に負けないレベルです。学校や会社など、ある程度の規模の団体の中ではトップレベルくらいの強さ、と考えてもいいような気がします(「将棋部」などの特殊な環境がある組織は別とします)。

ところが、ちょっと町の道場とかに行くとアマ三〜四段の上級者がゴロゴロいます。それらの人に僕が勝つ事は殆どありません。10回やって運が良ければワンバン入れられるんじゃないか?くらいです。で、奨励会の一番下、6級に入るためには、最低でもこのアマ三〜四段くらいの棋力がいる、と言われています。小学生とかで。その6級から初めて1級、初段まで行き、三段まで上がって初めて、プロになる四段を競うためのリーグ戦「三段リーグ」に入れる、という道筋です。どれだけ厳しい道のりか、天才たちの世界か、というのがわかるかと思います。

将棋AI「AWAKE」開発者の巨瀬さんはまさにこの奨励会員でした。

電王戦FINALの場所がすごい

映画では割愛していますが、電王戦FINALは、実は5vs5のチーム戦でした。人間側の棋士5人 vs AIソフト5種。ですので、実際のところ全5局の対局が行われました。将棋のタイトル戦は、通常ホテルや旅館等様々な場所で行われるのですが、電王戦はドワンゴ社主催の元、圧倒的なエンターテイメント性を希求していた側面もありまして、対局会場は輪をかけて豪華、具体的には下記の場所で開催されました。

第1局 斎藤慎太郎五段 vs Apery戦 京都・二条城
第2局 永瀬拓矢六段 vs Selene戦 高知・高知城
第3局 稲葉陽七段 vs やねうら王戦 函館・五稜郭
第4局 村山慈明七段 vs ponanza戦 奈良・薬師寺

これらの4局の戦いの結果が人間とコンピュータの2勝2敗となり、シリーズの決着は第5局の「阿久津主税八段 vs AWAKE戦」へと委ねられます。そしてその最終局の場所が「将棋会館」だったのです。

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これは映画にも描かれていますが、上記の奨励会の対局が行われる場所、それは今も昔も、変わらず将棋会館です。「AWAKE」開発者の巨瀬さんはあの日、まさに8年ぶりに将棋会館に戻ってきたのです。

投了とは何か?

そして、将棋を知らない方への説明が最も難しいのがこの「投了」です。と言っても「投了」そのものはわかりやすいと思います。要するに「ギブアップ」のことです。これはチェスなんかもそうですが、自分がもう勝てないと判断した段階でギブアップして、負けている側がゲームを終わらせることができます。スポーツで言うと、カーリングの「コンシード」なんかも同じものです。

ただし、将棋の文化の中で独特なのが、ここで「投げ時」とか「棋譜を汚す」という概念が発生することです。これの説明がめちゃめちゃ難しい。

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がんばってやってみますが、まず「詰み」ってのがあります。これは狭い意味では「次の手で王様が取られますよ。なので動けません。負けました」って状態です。ところが、プロの将棋どころか、アマチュアの将棋の場合でも、ある程度将棋を知っている人同士が対局すると、ここまで指すことはほとんどなく、手前で負けている側が投了します。

というのも、詰将棋で○手詰め、とかがあるように将棋の終盤のある段階では、王様が「詰み筋」に入ることがあります。あと何手先か、はたまた何十手先か、相手が最善の手を指し続けてくれば、言い換えれば間違えなければ、自分の王様は詰む。この状態も「詰み」と見なされます。

この長手数の詰み筋が見えた時に、どこで「投了」するか。いわゆる「投げ時」の見極めが将棋では美徳とされており、その投げ時を見極めずに指し続けるのが「棋譜を汚す」行為として嫌われます。なぜ「投げ時」を見極めるかと言うと、これは相手に対するリスペクト(「あなたの棋力があればこの詰みを見逃すはずがない」)であったり、「形作り」と言って「自分の詰みは逃れられなかったが、あと一手でこちらも逆転できた」という形まで持って行って投了・終局とするなど、複合的な理由があります。正直、この辺りの感覚は人それぞれですので、かなり将棋に詳しくならないと理解は難しく、僕もそこまでわかってはいません。が、大事なのは必ずしも最後まで指し切ることが美徳ではないという共通認識があるということ、そしてそうする根本には、棋譜を二人で作り上げているということからの、お互いへのリスペクトがあるということ、かと思います。

そうして、それから転じてたとえ「詰み」が生じていなくても、詰みまであと一歩で受け(相手の攻めを防ぐこと)の手が無い「必至」と言われる状態や、圧倒的形成不利の場面でも、「投了」は行われます。

全ての将棋がそうであるように、阿久津主税八段 vs AWAKE戦もまた、投了で終わりました。異例のタイミングではありましたが。

開発者・巨瀬亮一氏、棋士・阿久津主税八段の決断

以上のことを踏まえて改めて電王戦FINAL第5局を考えてみると、映画『AWAKE』は開発者の巨瀬亮一氏と棋士の阿久津主税八段のお二人が、それぞれ悩み抜いて下した決断が無ければ絶対に生まれなかったと思っています。つまるところ、飛躍しますが、このお二人のお互いの人生への真摯な姿勢や、勝負への情熱、そして何より将棋への愛情なくしては、僕自身の商業映画監督デビューもありませんでした。

幾つかのインタビューでは回答していますが、僕はこの対局を見たのがまだ将棋にハマり始めた頃だったので、どちらかの側に立つわけではなく、むしろフラットに見ることができました。それが『AWAKE』の物語を考える下地になったのだろうと今は思います。どちらがではなく、お二人ともが、あの日の僕の目からはヒーローに見えました。

この場、といっても小さな場なので改めてお伝えする必要はあろうかと思いますが、その後快く本映画の企画にもご賛同くださったお二人には、心から感謝しています。

実話を実写化するということ

以前「宣伝は作品と向き合う期間」という主旨のことを書きましたが、それと同時に宣伝は「自分の知らない作品の魅力と出会える期間」でもある、というようなことも書きました。今回その最たる例が、本作のモデルとなった「AWAKE」開発者の巨瀬亮一氏とそのご家族に試写をご覧いただいたときのことかなと思います。

ご覧頂いた後の感想で、巨瀬氏のお父様である巨瀬勝美先生(元大学教授でいらっしゃいます)から、「息子の将棋との取り組みは家族の歴史のようなものだったので、大変感慨深く拝見した」といった趣旨のお言葉を頂きました。そうなんです、要するに奨励会ってみんな小学生から入ったりするので、親としては将棋会館まで送りに行っては子供が終わるまで待つ、その間で親同士の交流が生まれて、みたいなことが生まれたりするそうです(大好きな将棋漫画「ひらけ駒!」にもその描写は出て来ます)。僕としては「あの対局が熱い!あの対局が描きたい!」みたいな想いで作って来ましたので、そこを気に入って頂けたのと同様に、また違った僕が思いもつかなかった角度から、作品を発見してもらえるものなんだな、としみじみ思いました。

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本作は8〜9割は創作ですが、根本の部分は実話を元にしていますので、当事者の方々にはなおのことどう描かれているか?が気がかりだったのでは、と思います。このことで僕は改めて実話を元にする重みについて考えたりもしました。

そして、それまでは念願の商業デビュー作、「撮れてよかった」とばかり思っていたのですが、この時初めて「撮ってよかった」と思ったのです。



さて、11月からの短期集中ではありましたが、今回を一区切りとして、この先の週2回更新スタイルは一旦一区切りとしようかな、と思ってます。だってキツい…。

ここから先は日々の上映の状況に胃を痛めながら、もうちょっと気楽なタイミングで更新して行ければ、と。映画ともども引き続き何卒よろしくお願いします。

次回は公開記念!としてQ&A大会をやらせてもらいたいな、と思います。この映画や周辺情報に関する質問であればなんでも構いません。このnoteに関することでもなんでも。ここまで読んでいただいた方には、基本大体バラす、という僕のスタンスは十分ご理解いただけてるのではないか、と。量によってはネタバレあり回となし回を設けようかなと思ってますので、その辺りも気にしないで頂いてOKです!

というわけで、ご質問がある方は oshiete.awake@gmail.com 宛にどんどんメールをお送りください!本稿のコメント欄に書き込んで頂いてももちろんOKですが、その際はまだ観てない方へのネタバレをご配慮頂けますと幸いです。 あ、なるべく頑張りますが、全ての質問には答えられないかもしれないのでそこだけご了承頂けますと。


では、明日よりついに『AWAKE』公開となります。改めまして皆様どうぞよろしくお願いいたします。そして最後に万感の思いを込めて一言。

長かったなー!!!!!!!