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【小説】 言葉にならない だから 感じてほしい

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公開中の小説などを集めました。随時書き足しています。 「本物」を目指して描いた作品をご覧ください。 オリジナルのショートショート、短編小説、長編小説、ドキュメンタリー、エッセイ集… もっと読む
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【小説】灯下に神座し

「将棋の神様と指すならば、6枚落ちで軽く負かされるでしょう」史上最年少で名人に駆け上った隼鷹(じょうい)名人は、マスコミを前に言い放った。何が彼を追い込んでいるのだろうか。圧倒的な努力。そして鋼鉄の心を持った男は、誰にも告げずに闇の対局場へ向かう。待ち受けていたのは牟田(むた)というアマチュア棋士だった。俗にいう「奨励会崩れ」の彼は、闇に沈んで研鑽を続けていた。「真の強さ」だけを求めて鬼と化した男を救い出すための戦いが幕を開けた。 神々が沈む闇 ▲76歩、△34歩、▲75歩

【小説】星の宿り木

幻の街「薄紅町」通称レムノシティは気流の影響で深い霧に包まれ、年中曇り空に覆われている。入り組んだ街角に透けた女が立っていた。定職に就かず、取り得のない達也は、薄明るい町を彷徨い、迷い込んだ路地で奈巳に出会う。何かを訴えようとする彼女は、達也を「薄明のカフェ・ヴァニッシュ」へと導いた。灯りを辿り、星座を描くように生きる人々の中で、生きる意味を模索していく。 1 街は蜃気楼のように朧げなシルエットを現し、小高い山々の麓にうっすらと霧を帯びて、幽玄な空気に包まれている。  幻

【小説】不香の牡丹(ふきょうのぼたん)

11月に入ると、街のあちこちにクリスマスツリーを飾り始めた。サンタクロースは、世界各地に飛び本格的に活動を始める季節である。若いヴォリアラ・パクスロは、日本の子どもたちに夢を与えるために現れた。観光地や都市部のデパートで引っ張りだこの「本物」を、子どもたちは様々な思いで見ていた。サンタ服を身にまとい、プレゼントを渡す。記念写真を撮って握手やハグを求められる。極寒の雪深いフィンランドからやってきたパクスロは、優しい思い出を配るために日夜活動していたのだが ─── 1 朝夕の冷

【小説】星降る夜の、ののもん

星降る夜に佇めば、闇が明るく照らされて、心に燻る火が燃える。情熱を持て余している壇は、出口のないトンネルの中にいた。果てしなく続く、まっすぐな道。行く先は死。道を外れれば闇。人生は、そんなものではないはずだ。星を見つめ、大地を踏みしめ、指さした星が心を震わせる。星を掴みたい。いや、一歩踏み出せればいい。毎日積み重ねてきた単調な日々の軌跡が、世界を暗くしていた。ある日、夢の世界を漂う星に降り立った壇は、衝撃的な出逢いに心を奪われた。 1 裏山の丘の上。  海を見渡す高台に、檀

【小説】ニイトブレインSAKUI

ポケットの中をガサガサとまさぐると、一枚の宝くじが出てきた。ニートの作井でも、宝くじの当選確率は平等である。「宝くじの日 お楽しみ抽選」白地に赤の、のぼりが売り場にはためいている。近づいていくと、敗者復活のチャンスを1枚の紙切れに託したのだった。なんと1等を当て、3億円を手に入れた彼は、次々に接近する誘惑を退け、何に使うべきか考えた。そんな時、脳裏に浮かんだのは、いつも自分を蔑んでいるくせに、愚痴を言いだらしなく大酒を食らうサラリーマンたちだった。そして父の会社の株を買い漁る

【小説】じやうなろ

学校の成績は真ん中くらい。運動はそこそこだった桑山は、高校2年生。後ろの席で黙々と勉強する牧野は、学年トップの秀才だった。ある日、桑山に「会いたい」という謎のメッセージが送られてきた。「じやうなろ」と名乗る者のメッセージには、身近な事件が綴られ、その通りのことが起こる。他愛ないやり取りを続けるうちに情が移り、会いたい気持ちが湧いてくるのだが ─── 1 秋の陽射しは、冷たい風が吹く日ほど暖かく感じられる。  ジリジリと肌を心地よく焼き、ポカポカと芯まで温める。  窓際の後ろ

【小説】ガラクⅣ 偕老同穴

 政府軍外人部隊に潜入するミッションを帯びたゼツは、ガラクと共に基地へ降り立つ。司令官にナセルの文書を渡し、敵地でも泰然自若として振舞うゼツだったが、スパイ狩りにつけ狙われるようになる。ガラクは若い兵士たちと打ち解け、外人部隊で戦う理由を問う。戦争の中では仲間が最高の財産であり、守るべきは身近にいる人間だというが、自分の言葉の矛盾に苦しむのだった。 哀しき空へ 産婆と葬儀屋と、兵隊に失業の心配はない。  何とも皮肉な話である。  人は人と憎み合い、殺し合う。  死の商人であ

【小説】宵越しの、あだ桜

毎朝絵を描き文章を書いてから仕事に出る笹原は、ある休日にインスピレーションを求めて街へ出た。美術館を目指して駅を降りると、路地裏に目をやる。見慣れない看板に魅かれて入ってみると、催眠術で不思議な体験ができると書いてある。話だけでも、と店に入ると神秘的な雰囲気が心を捉えた。創作で深層心理を表現するためにも、普段体験したことがない世界を求めて施術を受けた。見た目上なにも変化がなかったが、美術館に入った笹原を待っていたのは予想だにしなかった世界だった。 日常の裏へ ローカル線の座

【小説】おくり犬

自動車の部品を製作している㈱熊久保製作所社長の熊久保の元に一通の手紙が届いた。東京地方裁判所からの通知だった。新型エンジンに合わせて作ったクランクシャフトの部品に関する特許侵害を咎めた内容だった。動揺を隠せず開発部長の井森に相談する。特許使用料として20億円を支払え、という文言に机を叩き怒りをあらわにした。六角顧問弁護士に相談したところ、出廷する以外ないが勝ち目は薄かった。会社の経理を握り、累積赤字を汁総務部長の石見は「立ち止まったら、『おくり犬』に食われる」と言った。思わず

【小説】君は化ける。ドアリンを鳴らせば。

読書好きで大人しい性格の岡嶋は、大学の文学部に通っていた。アルバイトの面接のために話題のおしゃれなカフェを訪れる。店長を務める今川は、簡単な質問をして即採用してくれた。翌日からローテーションに入り、研修が始まる。カフェの店員に憧れを抱いていた岡嶋は、張り切って接客する。あっという間に2時間が過ぎ、ロッカールームで耳にした話が頭を離れなくなった。職場の人間関係は難しい。持ち帰ったメニューと値段を頭に入れ、掃除と挨拶の手順、軽食とケーキの盛り付け、きりがないほどあるように思える。

【小説】深紅の時空間旅行Ⅳ

月夜の遭遇 会社は金曜日に休みを取った。  忙しい時期ではないし、最近は有給休暇を消化しろとうるさく言われる時代である。  木曜日までに仕事を片付けると、早めに退社して荷物を確認し始めた。 「10日土曜日は中秋の名月で満月になります」  振り返るとルージュが立っていた。  時空を超えて物質を転送する技術は当社の企業秘密です。  過去へ戻る際には眠っていただきます。 「睡眠薬などを使うのでしょうか」 「いえ、自然に眠りに落ちた頃、過去へ転送させていただきます」  枕元に荷物を

【小説】ミッション・オブ・ロリー・ポリー

スペースシップ「ロリー・ポリー」「緊急事態発生」  AI「ポリー」の声が響き、警報ブザーが断続的に鳴る。  当直の三星 宏輝は、操縦席へ飛びついた。 「今度は何だ」 「RTG(放射性同位体熱電気転換器)が故障しました」 「クソッ」  モニターをコツンと叩いた。  跳ね起きた天城 空良も近づいてきた。 「またですか」 「ああ、JAXEも地に堕ちたな」 「開発費をケチるからですよ。  金がないって、モチベ下げますね」 「ポリー、ゼーダンに繋いでくれ」  肩をすくめる天城をよそに

【小説】盆の敷延(ふえん)

白雲の閻魔庁 絹の真綿のように滑らかな雲の上。  足元に霞がかった場所がある。  あの世とか、浄土とか、人間が思い描いた世界に近いが、閻魔庁に初めて入ったときには驚いてまごついてしまった。  とにかく、古今東西すべての死者が集まってくるのだ。  四角く無駄のない建物は8階建てくらいだろうか。  敷地面積がやたらと広い。  入口を目指して長蛇の列ができていて、建物をぐるりと囲んでいた。  昨年末に不慮の事故でやってきた久之は、現世に帰りたいと毎日思い続け、閻魔庁の周りをうろつ

【小説】薄明の街

コンフォートゾーン 幅1メートルほどのスチール机が並ぶオフィス。  灰色の天板は、ほとんど書類で埋め尽くされている。  右手に電話の子機があり、鳴った瞬間に手を伸ばせるようにいつも姿勢を気にしている。  部屋にはエアコンの音が響いていた。  壁にホワイトボードと緑の掲示板があって、どちらも書類のカオスが展開されている。  今週の予定くらいは見えるように書類を避けた空間があるが、少しでも隙があれば紙を貼り込んでいく。  DX化をして、パソコンやスマホで掲示板を見ることもできる