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戦え。

12年前、高校入学2ヶ月目で、うつ病と過敏性腸症候群(IBS以下略)と診断され高校生活の出鼻をくじかれてしまった。だが、13年前中学3年生から初期症状は出ていたかもしれない。そのサインに気づけなかった私。
思えば13年前の1月、意気揚々、やる気に満ち溢れていた生徒会長の仕事。学校を良くしたい、全員参加の生徒会を創りたい。でもキッカケは突然訪れた。私が公約に掲げた活動が圧倒的多数で否決され、まるでピンと張った糸が切れたように涙を流した。思えばそこからサインは出ていたかもしれない。
12年前、戦え。という言葉は私の脳内には無かった。むしろ、枯れはてて無気力だった。社会人になってからも、戦うことを避け妥協点を低く設定していた。
3年前うつ病とIBSが悪化して仕事を辞め、貯金を頼りに生活している。戦えとメッセージをくれたのは山雅だった。昨年から現地観戦を始め、戦う選手の姿を見て力を貰った。ただ今もうつ気分にはなるし、IBSの症状もあってアルウィンに行くときは特急のようなトイレ付の車両しか乗れない。行きつけのカフェも氷は避けてもらってるし、普通の人と同じ生活をするのは難しい。
今年山雅は勝ち負けが激しく、SNSは負ける度荒れる。正直目を覆いたくなる。でも戦わないと何かを成し遂げられない。それはスポーツでも人生でも同じだ。今年ようやく戦う勇気が出てきた。今、目の前にあることから逃げず戦う。何かを成し遂げられるのは数十年後かもしれない。でも戦え、自分。と言い聞かせる。


話は変わるが、仲間が自ら命を絶った。もしかしたらそれが自分だったかもしれない。以前私の仲間と1時間以上電話をした。彼は私のことを気にかけてくれる大切な存在だ。命を絶った仲間の話もした。そしたら、もし吉田が命を絶ったら棺桶にいる私をもう一度死なすと言った。瞬間何を言ってるのか分からなかったが、彼は私に死んでほしくない存在なのだと。そのとき涙が止まらなかった。そう本気で思ってくれる仲間がいる。故に戦わないといけないのだと。変人でもいい、好きを究めて新しい自分を創りたい。


最後に。戦うことも大事。でも時に立ち止まって、息抜きをするのも大事。
疲れないようにバランスをとる。今度疲れたら、一生立ち直れないから。

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