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ヴァーチャルキャラクター「洛天依」の話をしよう!−最終回−

とにかく湖南テレビに行こう!

急遽湖南省に飛んだ僕たちは、制作関係者を集めてもらって、初めて湖南テレビスタッフと対面で打ち合わせを行いました。

さて、どんなステージなんでしょうか?という質問に「これです」と出てきたのはいわゆる見た目のイメージがわかるCG(コンピュータグラフィックス)でした。僕たちの慣習では、寸法が入った平面図や立面図など正確な図面情報に従って様々な打合せを進めていきます。その上そのCGイメージのデータはすでに日本にいる時に送ってもらっていたので、イメージはわかったので図面はありませんか?と何度訊いても出てきません。どうやら僕たちを警戒して秘密にしているのか?と疑いたくなるほどです。僕たちだけじゃなく当然湖南テレビのスタッフたちも図面がないと困るはずです。図面無しでどうやってカメラ位置や天依の動きや演出全体を決めていけばいいのか?う〜ん、、でもとにかく時間がない。東京では何を作ればいいのか?何を準備すればいいのか?こちらの情報を首を長くして待っています。悩んでもいても仕方がない、ある情報で進めるしかない。とにかく「こうじゃないか」という仮説を立てまくって天依の振り付けや衣裳デザイン、CGのアセット(素材)やARカメラのテクニカル準備などをすすめることにしました。その上で現場に入る日程を早めにして設営や準備日を多く取って、最大限現場で対応できるように構えるしかない。ということで打合せを終えて、実際の会場を見に出ました。

国が違うとこんなに違うの!

会場は横浜アリーナを一回り大きくしたような古い体育館のような建物でした。そこで図面のないステージを作る作業を見て衝撃を受けました。本番まで1ヶ月近くある会場では、地面に図面と同様の線を書いて、その線に合わせて現場でパイプを切断、溶接してステージを作っています。なるほど、これは時間と手間、すなわちお金がかかる、けれども一番間違いない作り方だなぁ、それにしても間に合うのだろうか、と不安にもなりながら感心していました。結構大きなステージを作るのでも3日かけられたら贅沢といえる日本では、全てにおいて段取りと効率を良しとするので、とても真似のできない設営風景でした。この手の日本と中国のスケールやものを作っていく考え方や方法の違いは、この後も驚きと勉強の連続でした。

そしてこの衝撃の現場を案内してくれた洛天依のステージを担当するプロデューサーからは、「昨年ヨーロッパのテクニカルチームで孫悟空をAR出演させようとしたが失敗に終わった。今年はどんな事があっても成功させなければならない、とにかく期待しているのでどんなことでも協力をする」との話もあり、僕は「どんな協力もする」という言葉に安堵しながら、一旦日本に帰国して準備に集中したのでした。

「寒い!」そして見たことない巨大なステージ

本番の約1週間前。LATEGRAのスタッフと機材が日本から現地入りしました。CGのイメージ画像で見てはいましたが、ステージセットは2つのステージが連結した、目を疑うような巨大なセットでした。
季節的に湖南省の冬は極寒です。その上、片方のステージは今回用に仮設された巨大なアイスリンクの中にあり、常時氷が溶けないように冷却装置がフル稼働しています。真冬の会場にもかかわらず仮設アイスリンクの氷が溶けないように暖房も制限されていて、そのアイスリンク近くに用意された我々の技術中継用パネルで仕切られただけの仮設部屋は、入口の扉がなく寒気が充分に流れ込む特別過酷な部屋でした。

そんな中で準備が始まりました。番組スタッフと打合せを重ね、データを調整修正し、ステージまで行って動きを確認したりと、とにかくヴァーチャルキャラクターの本格的なAR演出をTVで生放送するのは初めてのことです。そして湖南TVの春節看板番組なので失敗は許されません。言葉の壁は当然のこと、初めてのことばかりの中で、寒さと戦いながら毎日深夜までテスト、調整、修正と、みんな文字通り必死でした。大事なプログラムを書いている最中や、そのプラグラムが走っている時に主電源がいきなり切れる、など考えられないようなトラブルが何度もあり、本番が終わるまで本当に緊張の連続でした。
ただとても助かったのは、湖南テレビの制作スタッフも協力を惜しまずしてくれ、そして天依と共演する女性歌手の方が、とても有名な歌手にも関わらず気さくで何度もリハーサルに付き合えくれたことでした。こうして「洛天依」の初めてのテレビ生放送、AR出演が本番当日を迎えました。

DX&ARの演出技術

生放送本番は無事終えることができました。
5分くらいの出演でしたが、洛天依の出番が無事にすべて終了した時は、感動したというより安心した、という感覚の方が大きくて感動する余裕がなかったというのが正直なところだったと思います。

洛天依の本番の途中、面白いエピソードがひとつあったので紹介します。
それはステージの近くに用意されたVIPルームにいた比較的年配のVIPの方々の反応でした。その方たちは暖房と飲み物が用意された特別室で、大きなTVモニターをゆっくり視聴していたのですが、洛天依がLED画面から飛び出してリアルなステージ上に舞い降りるシーンになった時、びっくりしてモニターをかじりつくように見て、それからみんな部屋から飛び出してステージを見に行ったことです。もちろんステージには天依は見えなく共演する女性歌手しかいません。また部屋に戻ってTVモニターを確認して、そこには確かに天依がいる。その方々にはどうにも理解ができなかったようで、何度も行ったり来たりするVIPルームは一時騒然となったことでした。

考えてみれば2016年当時、ARやDXはほとんどの人が見たことのない演出技術でした。メジャーTV番組の生放送でヴァーチャルキャラクターがリアルな歌手と共演をしたのは世界で初めてと言っても大げさではなかった時代でした。

一人の少女とシンデレラガール誕生

無事に本番を終え、ホッとして何となく部屋の外に出ていた時でした。一人の大学生くらいだったでしょうか、まだあどけなさの残る少女がとても真剣な表情で遠くからこちらに向かってきます。僕はとっさに何かのトラブルかクレームかなと思って、少し構えていると、その娘が目の前で止まります。目に涙をいっぱいにためたその娘にちょっとうろたえていると、彼女は振り絞るように「ありがとう」の言葉とともに涙を流したのです。それは「会いたかった天依をここに連れてきてくれて、本当にありがとう」と僕の隣りにいたスタッフが訳してくれた言葉でした。
僕は鼓動が早く大きくなって、彼女が分かるはずもない日本語で「ありがとう、、わざわざ伝えに来てくれてありがとう」というようなことをようやく言葉にして彼女と握手して別れました。

いい歳をしたおっさんが恥ずかしいですが、なんと表現していいかわからない、心が震えるというのはこういうことなんだなぁと、思わず涙が溢れてしまいそうになりました。今でもその時の気持ちと光景は大切な思い出として僕の記憶に刻まれています。

結果「洛天依」が出演した時間帯はこの番組の平均視聴率の2倍の数字を叩き出し、湖南テレビ春節番組のもっとも高い視聴率のプログラムとなりました。
こうしてそれまでボーカロイドファンにだけ知られる存在だった天依は、圧倒的な人口の中国において一般の人たちにも知られる存在となり、一夜にしてさまざまなオファーが殺到するいわゆる「売れっ子」になりました。まさに「シンデレラガール」の誕生でした。

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1ヶ月と少し前、日本のオフィスにかかってきた出演オファーの一本の電話から始まった「洛天依」のシンデレラストーリー。
天依を中国でプロモーションし育ててくれているクライアント、今日も洛天依を作っているLATEGRAの仲間たち、思わぬ出会い、、人と縁とタイミング、そして仲間で力を合わせる、こんな言い古された当たり前なことだけど、そんな当たり前なことが、無謀とも思えるようなことを乗り越え、そして一人のシンデレラを誕生させました。
それから先、洛天依はたくさんのテレビ番組やイベントに呼ばれ、ナショナルスポンサーのイメージキャラクターとなり、僕たちはその演出と制作を担当してきました。それは毎回ハードルが高く困難も多かったけど、日本では望んでもできないようなスケールや内容だったので、その経験とノウハウは確実にLATEGRAの財産となりました。そして日本でヴァーチャルブームが来た昨今、お陰さまでLATEGRAにはたくさんの仕事のオファーが来ています。


ちなみに「Vsinger Live 2020」でぜひ検索して一部でいいので動画を観てください。その動画は昨年横浜アリーナから中国に放送した「洛天依」たちの2時間半に渡るAR LIVEです。洛天依とLATEGRAのこれまでの集大成であり、自画自賛で恐縮ですがおそらく世界で一番イケてるヴァーチャルキャラクターによるAR LIVE SHOWです。

今回僕がこんな時期に中国に来たのは、洛天依がくれたチャンスと、一緒に歩んできた仲間たちと、今度はまた新たな挑戦をしよう決めたからです。この先にもまた予測できないことがたくさん起こることでしょう。でも大丈夫。
人の縁を大切に、仲間と力を合わせればきっとまた新しい世界を見せてくれると信じています。

長い長い最終回になってしまいましたが、最後まで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。ここより感謝申し上げます。

今日を含めてあと5日でホテルを出ます。これから先の中国紀行はまたここに記録していこうと思っています。きっと面白い未来があると思います。
ではまた、、、!

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