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ひじきとカラスと銭と

空がオレンジ色に染まっている。空を染めるオレンジが部屋に入り込み、僕の頬を照らした。

ジャリ…

目の前にいる母の顔半分もオレンジ色に染まっていた。

達成できない…

きみ江は硬貨集めが趣味だった。記念硬貨がアルバムに納められていて、それを見るのが好きだった。

東京オリンピック、トンネルの開通、ダムの記念メダル。どれもみているだけで愉しくて仕方がなかった。何度も開いて眺めた。このメダルは、どうやって作るのだろう。ひとつひとつ職人さんが彫っているのだと幼い僕は思った。

すごいなぁ。職人さんは、テレビの中にいる人のように小さいのじゃないかな。だってこんなに細かい細工を施せるのは、小さい人でないと無理なのじゃないかな。

当時の僕はテレビの箱に小さい人が沢山入っていて、目まぐるしく動いているのだと信じていた。テレビの映りが悪いとバンバンと叩くのは、しっかりしろよ!と小人に喝を入れる行為だと考えていた。今思い返してみるとツッコミどころ満載だが、本気でそう思っていたのだ。

〝和田ア◯コはデカイ”の意味が、当時はわからずにいた。小人なのに、デカイとはどういう事か。

記念硬貨のアルバムの横にはブリキの入れ物が置いてあった。開けてみると50円玉がぎっしりと詰め込まれていた。これもきみ江のコレクション。何故50円なのかはわからないが、きみ江は50円の魅力に取りつかれていたのだろう。

ある時、公園に行くと、さりちゃんの弟が泣いていた。お菓子が買いたいのにお金がなくて買えなかったらしい。僕は泣いているさりちゃんの弟の願いを叶えようと思った。

「金なら、あるぜ。」

僕はさりちゃんにそう言うと、走って家に帰った。そしてきみ江の部屋にあるブリキの箱を開け、目いっぱい詰まっている50円玉を掴んで、さりちゃんの弟の元に走った、が、その前に僕も買いたいものがあると思い出し、踵を返して駄菓子屋へ向かった。

当たりくじ付きのひょろ長いグミがグルグルに巻かれてパッケージされており、当たりが出るともう一個もらえるというものがあった。当ててみたいとずっと思っていた。

何個か買っていくうちに50円玉は無くなってしまった。幼い子の手に握りしめられる50円玉の数なんてたかが知れている。

これで終わりかと思いパッケージを開けてみると、当たりが出た。嬉しくなって当たりくじを交換してもらい、そのパッケージを開けるとまた当たりが出た。僕の鼻の穴は膨らんだ。そして最近覚えたことばが心の中で盛大に響いた。

〝2度あることは3度ある!!”

鼻息を荒げて当たりくじを交換し、パッケージを開けると、なんとハズレだった。

僕は憤慨して、今度は別の意味で鼻息を荒げた。

2度あることは3度ない!
2度あることは3度ない!?

そんなわけない!!

僕は走って家に戻ると、またきみ江の部屋に行き、ブリキの箱を開けた。さっきよりたくさん50円玉を持ち出そうとしばらく考え、口に入れれば良いと閃いた。

ナイスアイデアだ。僕は口にありったけの50円玉を詰めた。外でカラスが鳴いている。目いっぱい詰めて、きみ江の部屋を出た。

出たところに母が仁王立ちで待ち構えていた

僕の口は驚きで緩み、口から床にジャラジャラと50円玉が落ちていった。

オレンジ色に包まれた部屋で、母にこっぴどく叱られた。叱られながら、さりちゃんの弟を思い出した。あの時吐いたキザな言葉に胸をえぐられた。

今すぐ小人になって、テレビの中の住人になりたい…

小人になれたら、テレビの世界でなんとか生きていく方法を考えなければ。

さりちゃんの弟、すまねぇが、おさらばだ。

舌下に隠した50円玉の金属の味に、希望を求めた。

カラスが鳴いている。

空はオレンジ色を失い始めた。

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