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いつかは若冲のようになれるかも? SNSで人気の自然ガイドが心掛ける「5000時間の法則」

環境教育の草分け的存在である「ホールアース自然学校」で自然ガイドとしての経験を積み、独立したくますけさん。その後、コロナ禍にSNSの発信を本格化させたところ、そのユニークな視点が大きな反響を呼びました。 普段の発信では、どういったことを意識しているのか? 絵が上達する秘訣などを伺いました。

くますけさん初の著書『エナガの重さはワンコイン 身近な鳥の魅力発見事典』の出版を記念した、インタビュー記事第3弾です!
(第1弾はこちら、第2弾はこちらから)

くますけ氏のInstagramアカウント「自然ガイドのネタ帳」

研究者と一般人の間に立つ、自然ガイドの視点

——書籍『エナガの重さはワンコイン』でもInstagramでも、くますけさんのキャッチコピーのセンスが秀逸だなと感じます。特別な勉強をされたのでしょうか。

くますけ 「全然意識していませんでした。担当編集者さんに言われて、ああ、そうなんだ、と気づいたくらいで。学校でも国語は苦手でしたし、ライティング教室に通ったこともありません。「自分が思う、この鳥の魅力はここ!」という点をまとめているから、独特に感じられるのかもしれません。

『エナガの重さはワンコイン』より。鳥の魅力を一言で表すキャッチコピーが好評です

くますけ でも、そう言っていただけるのはうれしいです。自然ガイドの役割は、研究者などの専門家と一般の人の中間に立って、自然の面白さを伝えることですから。

僕自身、昔から自然に詳しいわけではなく、「ホールアース自然学校」に入ってから後付けで覚えていったので一般の人の感覚もわかる。自分もこういうことを知ったときびっくりしたな、嬉しかったな、という記憶を頼りに書くようにしていますね。

公園勤務時代は、行政が管理している公園だったこともあってあまりふざけたことは書けず、お堅い表現でした。SNSは僕個人発信で、どこにもお伺いを立てる必要なく自由に書けるところがいいですよね。

——体重をコインや乾電池に例えるなど、小鳥が身近に感じられるのも面白いですよね。ああいった発想はどこから出てきたのですか?

くますけ あれは「ホールアース自然学校」の定番ネタをアレンジしました。ミソサザイという小さな鳥の体重が4グラムなんです。

ミソサザイ

くますけ 1円玉を4枚重ねてセロハンテープで巻いたものを、いつもポケットに入れていて、ツアー中にミソサザイの声が聞こえたら、「あの鳥の重さはこれぐらいなんだよ」と子どもたちに持たせるというのが、ホールアースでガイドの間に代々伝わる技だったんです。とにかく「体験的に感じてもらうこと」をホールアースでは大切にしていましたからね。

でも、7グラム(エナガの体重)だから1円玉7枚というのでは芸がないなと。代替できるものを探していたら、ちょうど500円玉がぴったりだった。
やはり、現場で体験すること、体験できない部分は何かに置き換え、間接的にでも体感してもらうというホールアースで学んだ工夫が、僕の中に生きているのだと思います。

子どもには豆知識より体感

——自然ガイドとして独立後は、この本で書かれている豆知識をツアーでも披露されているのでしょうか。

くますけ 実は、そうともいえないんです。僕のガイド対象の中心は、幼児や園児。語彙や基礎知識の少ない子どもたちには、豆知識をいくら教えても「それで?」となってしまって、あまり意味がない。

幼児期にはとにかく触れるとか匂いを嗅ぐとか、身体を使って体感することが大切です。だから現場では、知識はいったん置いておいて、いかに体験してもらえるかを考えます。

ガイド中のくますけ氏

——たとえば、どんなことですか?

くますけ 僕がよくやるのは、紙コップにダンゴムシをたくさん入れて左右に振ったあと、パッと開けて「ほら、丸まっているね」と見せたりとか。
SNSで僕のことを知り、我が子を連れて参加してくれた保護者などは、「あれ、全然豆知識教えてくれないじゃん」とガッカリされるようですが(笑)。

でも、ダンゴムシさえ触れない子がたくさんいますからね。「ダンゴムシ嫌い!」とならず、子どものほうから「ダンゴムシ探そうよ」と誘ってくれるようにすることを目指す。それが自然ガイドとしてあるべき幼児との向き合い方だと思っています。

——幼児向けのガイド業が多かったとは驚きです。

くますけ 「ホールアース自然学校」には当時、幼児を対象にできる職員が僕くらいしかいなくて、重宝されたんです。キャンプなどに参加できるのは自分のことは自分でできる小学校中学年以上なので、その年齢以上向けのプログラムに携わる職員が多い中、子どもができたのが早く、幼児の扱いに慣れていたせいか、僕はオムツがまだ外れていないような乳児から就学前の子を対象に日帰りツアーをやったりしていた。

最初は僕自身、子どもが得意だなんて、思ってはいませんでした。でも仕事をしていると、なぜか幼児に懐かれるんですよ。犬・猫・幼児に懐かれる(笑)。

絵を描くことで見えてくるもの

——子どもに絵を教えたりもされているのでしょうか。

くますけ SNSで発信するようになってからというもの、「子ども向けの自然画教室をやってほしい」と言われることも増えたのですが、それには躊躇があります。

植物や鳥の絵を描くことの良さって、すごく観察が必要なことなんです。例えばチューリップにしても、本物らしく描こうと思えば、かなり注意深く観察しなければなりません。自分で描こうとして初めて、「花びらってこんな形だったんだ」「茎はこうなっているのか」「おしべは6本あったんだ」と発見し、それまでおぼろげだったチューリップ像がはっきりと見えてくる。

——わかります。いつも見ているはずのものを絵に描こうとして、細かなところをまったく覚えていなくてショックを受けた経験のある人は多いのではないでしょうか。

くますけ 絵を描くことで得られるそうした驚きや発見は、大人のほうが大きいと思います。というのも、子どもはこちらが言わなくても、大人よりずっと見ているからです。

子どもの描いた昆虫や植物の絵はすごいですよ。手指の発達が未熟なので、大人の目には本物そっくりではないかもしれませんが、「何を描いたの?」と聞いてみると、「これは触覚」とか「ここは◯色っぽかったから近づけた」などと説明してくれて、ちゃんと事実に即して描いている。観察力自体は、大人より子どものほうがはるかに高いと思うほどです。

そうした中で、大人の僕が下手に子どもたちに向けて「絵の描き方講座」なんてやってしまっては、かれらの瑞々しい才能を潰してしまう。絵を一緒に描くなら、お父さん・お母さんたちとのほうがいいな、と思っています。

継続は力なり。「5000時間の法則」を信じて

——キャッチコピーも面白いですが、鳥の絵もお上手ですよね。ホールアース仕込みでしょうか。

くますけ いえいえ。絵は完全に独学で、コロナ禍で描き始めたと言ってもいいくらいです。3年前に描いた鳥の絵を今見返すと、下手だったなあと落ち込みます。

そんなとき心しているのが、「5000時間の法則」です。どんなことでも5000時間費やせば、上達する。1万時間費やせば、プロフェッショナルになれる、というのです。僕が絵にかけた時間はまだ2000〜3000時間程度。「このまま続ければもっと上達できる、いつかは伊藤若冲のようになれるかもしれない!」と思うと(笑)、うれしくなるじゃないですか。その日を楽しみに、下手なりにとにかく頑張ろうと、1日1〜2時間をかけて、今日できる精一杯の絵を描いています。このペースで行くと、50歳になる頃には5000時間を達成する計算です。

最近ではフォロワーさんが増えてきたので、できるだけ間違いがなく、その生き物の特徴を掴むよう、以前より意識するようになりました。
いつも自分が実際に出会って、カメラで撮影した生き物をそのまま絵に描いているのですが、あるとき、ちょっと色が図鑑と違うけれど光線の具合かな、と思って描いた昆虫の絵をInstagramに投稿したところ、「これは違う虫だと思います」という指摘が飛んできました(笑)。よく調べたら、確かに違う種類でした。

——今回の本でも、監修の上田恵介さんから指摘を受けた絵があったそうですね。

くますけ そうなんです。例えば98ページのサシバは、最初、自分で撮った写真をもとに描いたら、「太り過ぎだ。サシバはもっとシュッとしている」と言われました。

左:修正前のイラスト 中央:くますけさんが撮影された写真 右:修正後のイラスト

くますけ 写真と見比べるといいセンいっていると思ったのですが、図鑑で確認すると、確かにだいぶ印象が違う。

日頃から野鳥を見ている人にとっての「サシバらしさ」が、「たまたま写真に写ったサシバ」にあるとは限らない。サシバらしいスタイルとバランスを押さえた絵でなければ、誰が見てもサシバ、にはならない。とても勉強になりました。

『エナガの重さはワンコイン』で描いたキビタキのビフォーアフター

くますけ 114ページのキビタキの絵も、たまたま降り立つ瞬間で脚が見えている状態の写真を使って描いたら、「キビタキはそんなふうには枝にとまらない」と指摘されて。ああ、専門家はそういうところも見るのか! と本当に面白かったです。

——本書を手に、公園や野山に出て自然を観察してみたいという方も多いと思います。冬でも身近な自然を楽しめるコツはありますか?

くますけ 今の季節は、やっぱり鳥ですね。池のある公園に行けば、カモ類が豊富に見られます。カモは大きいし、動きが少ないので、肉眼で観察がしやすいです。

情報に接しすぎている現代人には、ぜひ時々はテレビを消し、スマホを置いて、自然の中に入ってみてほしい。そして「あれがないかな」「これを見たい」と忙しなく探し回るのではなく、花でも樹木でも、1つのものを5分以上、じーっと見てみてください。そのうちに、隠れていた虫や蜘蛛に気づくこともあれば、動かない人間に安心した鳥が出てきたりもする。じっとする時間を持つことで、何かしらの発見が必ずあるはずです。ぜひ試してみてください。

(構成:高松夕佳)

第1回、第2回の記事はこちら

くますけさんがラジオ番組「THE FLINTSTONE」に出演されました!
「自然と親しむ人をどれだけ増やせるか」by くますけ


くますけさん、初の著書!
⾝近な⿃の意外な姿や生態にまつわるトピックが満載です!

絵・文 くますけ
監修 上田恵介
定価 1650円(本体1500円+税10%)
四六版 本文192ページ

内容紹介

「さえずりが止まらない 毎日2000回」 ウグイス
「にじみ出るジャイアンらしさ」 シメ
「国立競技場でも席が足らない」 アトリ
「翼を広げたら改札2つ分が通れない」 アオサギ

思わず「へぇ!」と唸らされ、人に話したくなるような身近な鳥の知られざる姿や魅力を、ユーモラスなイラストと解説でたのしく紹介。
ふだんの散歩やバードウォッチングが、いっそう楽しくなること間違いなし! 日頃から鳥を見ている人にも、鳥のことは詳しくないけど興味があるという方にもオススメの1冊です。

「街の鳥」「公園・緑地の鳥」「野山の鳥」「水辺の鳥」と見かけやすい環境ごとに、80種類ほどの鳥を紹介しています。

著者紹介

絵・文 くますけ
子どもたちに、自然の楽しさを、やわらかく伝える専門家。自然ガイ
ド歴15年。関東平野の真ん中で筑波山を眺めながら、すくすくと育つ。
20代最後の挑戦で、体験型環境教育を実践するホールアース自然学
校へ転職。柏崎・夢の森公園での勤務を経て独立。ふざけすぎない、
くだけ方で、行政・企業・先生のウケがいい。おうち時間が増えたの
をきっかけにイラストを描き始め、公園や庭で見られる自然の「へぇ!」
という発見や「そうそう!」と言いたくなるネタをSNSで発信している。
影響を受けた本は『自然語で話そう』(広瀬敏通著)と『足もとの自
然から始めよう』(デイヴィド・ソベル著)。 一番好きな鳥はヒヨドリ。

インスタグラム https://www.instagram.com/kumasuke902/
X(Twitter) https://twitter.com/kumasuke902
Note https://note.com/kumasuke902

監修 上田恵介
鳥類学者。日本野鳥の会会長、立教大学名誉教授、山階鳥類研究
所特任研究員。生態学者として著書多数。日本動物行動学会会長、
日本鳥学会会長なども歴任。2016年第19回山階芳麿賞、2020年日
本動物行動学会日高賞を受賞。

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