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宮沢賢治がおはなしの中に表現した「生物多様性」の重要さ

今日5月22日は、国際生物多様性の日。生物多様性の問題に関する普及と啓発を目的として、国連が定めた国際デーとのことです。
作家の宮澤賢治も多様性の重要さを深く考えていたひとであったと思われます。賢治作品から自然を楽しむヒントを集めた
『自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば』(澤口たまみ著)から、「多様性」の項目をお届けします。

そうそうオールスターキャストというだろう。
オールスターキャストというのがつまりそれだ。
つまり双子星座様は双子星座様のところに
レオーノ様はレオーノ様のところに、ちゃんと定まった場所でめいめいのきまった光りようをなさるのがオールスターキャスト、な、
ところがありがたいもんでスターになりたいなりたいと言っているおまえたちがそのままそっくりスターでな、
おまけにオールスターキャストだということになってある。

          童話「ひのきとひなげし」

たくさんの蜂を呼ぶハクウンボクの花(岩手県雫石町) 撮影/澤口たまみ

オールスターキャスト

「スターになりたい」と言っているのは、丘のうえに群がり生える「ひなげし」たちです。彼女らが望んでいるのは歌手、しかもコーラスではなくソロで歌うような人気者になりたいのです。そこへ悪魔が医者に化けてやって来て、アヘンのとれるけし坊主をくれるなら、きれいになれる薬をあげると、ひなげしたちをそそのかします。

すると、その傍らに立つ若い「ひのき」が、医者の正体を見破って追い払ってしまうのでした。怒るひなげしたちに、ひのきが言います。

おまえたちが青いけし坊主のまんまでがりがり食われてしまったらもう来年はここへは草が生えるだけ、それに第一スターになりたいなんておまえたち、スターて何だか知りもしない癖に。スターというのはな、本当は天井のお星さまのことなんだ。そらあすこへもうお出になっている。もすこしたてばそらいちめんにおでましだ。

ひのきの語る「オールスターキャスト」は、さまざまな個性の持ち主であるひなげしたちに、それぞれの役柄で歌うことのたいせつさを、満天の星に例えて易しく伝えたものでした。しかしこの星を、さまざまな生物種、さまざまな環境に置き換えてみれば、いまで言う「生物多様性」の説明としても、分かりやすいように思います。

生物多様性とは、多様な環境があって、多様な種類の生きものが存在すること、さらに同じ種類の生きもののなかでも、多様な遺伝子があって、多様な個体が存在すること、加えて、多様な生きものは互いに関わり合いながら存在していて、その関わりも多様であること、つまりは、あらゆるレベルで多様であること、と考えられます。

その重要性が論じられるようになったのは一九七〇年代のことで、一九八〇年代には「生物多様性」という言葉が生まれました。そして一九九二年には、ブラジルのリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国際連合会議」いわゆる「地球サミット」において、「生物の多様性に関する条約」が締結されました。

「ひのきとひなげし」が書かれ始めたのは、一九二一(大正十)年ごろのことです。生物多様性という言葉が生まれる半世紀も前に、宮澤賢治はその重要性を、おはなしという形で表現していたと言えるでしょう。それは、「つまらない存在などない」と強く考えていた賢治が、おのずとたどり着いた結論だったかも知れません。

自然界、人間界のあらゆる場面で、あらゆる存在がいのちを輝かせてゆける。それが、賢治の言うオールスターキャストだったと思われます。

ちなみに、ひときわ賢いリーダー格のひなげしは、名前を「テクラ」と言いますが、テクラとは、一九〇六年にドイツの天文台で発見された小惑星の名です。密かに名前まで星からもらっているとは、賢治もなかなか用意周到です。


宮澤賢治のおはなしには、自然を見る魅力的な視点が詰まっている。
岩手在住で賢治の後輩でもあるエッセイストが、その言葉を紐とき、自然をより楽しく見るための視点を綴る。

著 澤口たまみ
定価  2090円(本体1900円+税10%) 
発売日 2023年2月13日
四六版 208ページ

内容紹介

⽊の芽の宝⽯、春の速さを⾒る、醜い⽣きものはいない、⾵の指を⾒る、過去へ旅する…
⾃然をこんなふうに感じとってみたいと思わせる、宮澤賢治の57のことばをやさしく丁寧に紐といた⼀冊です。
「銀河鉄道の夜」も「注⽂の多い料理店」も、宮澤賢治は、おはなしの多くを⾃然から拾ってきたといいます。それらの⾔葉から、⾃然を⾒る視点の妙や魅⼒をエッセイストの澤⼝たまみさんが優しくあたたかな⽬線で綴ります。
読めばきっと、こういうふうに⾃然を感じとってみたい、こんなふうに季節を楽しみたい、と思わせてくれる一冊です。

著者紹介

澤口たまみ
エッセイスト・絵本作家。1960年、岩手県盛岡市生まれ。1990年『虫のつぶやき聞こえたよ』(白水社)で日本エッセイストクラブ賞、2017年『わたしのこねこ』(絵・あずみ虫、福音館書店)で産経児童出版文化賞美術賞を受賞。 主に福音館書店でかがく絵本のテキストを手がける。絵本に『どんぐりころころむし』(絵・たしろちさと、福音館書店)ほか多数。宮澤賢治の後輩として、その作品を読み解くことを続けており、エッセイに『新版 宮澤賢治 愛のうた』(夕書房)などがある。賢治作品をはじめとする文学を音楽家の演奏とともに朗読する活動を行い、 CDを自主制作している。岩手県紫波町在住。

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