見出し画像

オバマ大統領の「お別れ演説」が語ること

Our Constitution is a remarkable, beautiful gift. But it's really just a piece of parchment. It has no power on its own. We, the people, give it power - with our participation, and the choices we make.

【訳】我々の憲法は素晴らしい、見事な贈り物です。しかしそれは文章に過ぎません。それ自体には力はないのです。我々が参加してそして選択することで、我々国民がそれに力を与えるのです。(オバマ大統領のお別れ演説より)

【ニュース解説】

いよいよアメリカで政権が交代します。

それに先立って、オバマ大統領がシカゴで大統領としては最後の、お別れの演説 Farewell Address を行いました。

その内容が素晴らしかったと、多くの人が拍手をおくっています。

アメリカにとって、大統領とは決して最高権力者ではありません。地方分権が日本よりはるかに徹底しているアメリカでは、大統領は行政の長というよりも、国家の象徴としての意味合いが強いのです。

今回のお別れの演説は、そうしたアメリカという国家のビジョンの牽引者としての大統領のあり方を国民に強く問いかけたものでした。アメリカの大統領とは、アメリカという国家の哲学を象徴するシンボルなのです。

では、アメリカのビジョン、そして哲学とは何でしょう。

オバマ大統領は、アメリカの独立宣言に記された有名な言葉を引用し、以来その言葉の持つ意味をアメリカは追い続け、戦い、左右に揺れながら現在に至っていると強調します。それは、独立宣言の中の All men are created equal.(全ての人は平等に創造されている)という一節です。これが、アメリカの民主主義の原点で、そのあり方をめぐってアメリカは独立以来240年にわたり試行錯誤を繰り返してきたのです。

アメリカは歴史上ずっと移民を受け入れて大きくなった稀有な国家です。ですから、移民が増え、それが多様になればなるほど、この equal という言葉の解釈や意義が常に問われ、拡大してきたのです。この長い道のりをこれからもアメリカが歩むためには、そこに住む市民がその過程に積極的に参加してゆかなければならないのだとオバマ大統領は強調したのです。

彼は暗に、市民が積極的に参加しないことと、選挙での投票率の低さとを関連づけ、ネット社会では安易に国家のビジョンが毀損されかねないことへの警鐘を鳴らしています。これはいうまでもなく、トランプ次期大統領への警告でもありました。アメリカの憲法や制度は世界でも稀な素晴らしいもの。でも、それは市民が政治に参加して初めてその価値が活かされるのだと、彼は国民に語りかけました。

移民国家アメリカは、移民国家ではない他の国々に対してもアメリカで培われた自由や平等への哲学を押し付けようとし、世界で摩擦を起こしてしまうとよく批判されます。世界の多くの国は国民国家で、そこでは主要な民族を中心に国が成り立っています。日本などはその典型です。ロシアや中国には様々な民族が混在していますが、それでも元々の成り立ちはロシア人や漢民族による国民国家でした。しかし、アメリカにはネイティブ・アメリカン以外には元々そこに暮らし、文明を育ててきた民族は存在していないのです。アメリカ人はいてもアメリカ民族はいないというのがアメリカの特徴です。

オバマ大統領の演説は、そんな特異な国家であるアメリカだからこそなし得る多様性を尊重した国づくりの重要性を改めて国民に訴えたのでした。

では、国民国家である日本をはじめとした多くの国々は、このお別れの演説をどのように捉えたらいいのでしょうか。

いうまでもなく、我々は過去の歴史の中でも最も人々の行き来と交流が盛んな時代に生きています。言葉を変えれば、我々は移民や海外の人との付き合い方、接し方を学ばなければならない時代に生きています。そうした視点でこの演説を捉えるとき、ここで語られた移民国家アメリカでのビジョンを参考にすることは意義が深いはずです。

オバマ大統領をはじめ過去のアメリカの指導者が重要な演説の中で必ず取り上げるのが diversity、つまり「多様性」という価値観です。前回紹介した、大統領婦人のお別れ演説でも、この価値観が大きく取り上げられました。

多様性とは、単に様々な人種や民族が共存することだけではなく、そこでの宗教観や政治的なスタンスをはじめ、人種や民族を超えた個々人の個性や異なるものの見方を尊重しようという価値観を意味しています。異なることを認め尊重することが民主主義の基本であるというわけです。このビジョンは、民主党、共和党に関係なく、アメリカでは常に時々の指導者が人々に訴えてきた考え方です。オバマ大統領の今回の演説は、そんなアメリカの政治のビジョンを国民の前で再確認したのです。

オバマ大統領は、任期の前半は前政権以来の不況と中東やアフガニスタンでの軍事問題に翻弄されました。2期目になって、それも後半になってやっと彼なりのカラーとビジョンが見える政策を打ち出しはじめました。

それだけに、彼が造り上げた未来へ向けた政策が、次期政権で砕かれることへの危機感、怒り、そして悲しみを持つ国民が、今回のお別れ演説を単なるお別れとは捉えられなかったことも、また事実なのです。

オバマ大統領がホワイトハウスを去ることを、今になって惜しむ人々の感傷も垣間見えた演説でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?