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リサーチャーを育てよう(5) -みんなでやろう、日常業務外の活動-

第一回:解像度を自律的に高められる人を育成したい
第二回:その「解像度」とは?なぜ高める必要が?
第三回:解像度を高めるトレーニングとしての言語化
第四回:思考する身体感覚を1on1で育てる

今まではOJTなど、日常の業務を通じての育成についてお話ししてきました。
今回はそれとは別に、座学に代表される「日常業務外の活動」についてお伝えします。その目的は、OJTで身につけた知識の体系化により思考の深化・定着を促すことです。

ここでは「ウェビナー/セミナーへの参加」「変数定義書の作成」「組織の存在意義と活動計画の策定」の三つを取り上げます。


ウェビナー/セミナーへの参加

ウェビナー/セミナーは、リサーチのHOWを覚えるには絶好の機会です。特に最近は無料のものも多く、積極的な参加が望ましい(ただし、いきなりHOWに入らない方がよいのは第四回まででお話ししてきた通りです)。

この際、以下三点を強くお勧めします。

①トレーナーも一緒に参加する
②終了後に振り返りを行う
③振り返りも含めて学んだことを書き起こす

「中堅・ベテランの自分が今さら基礎講座に参加しても…」という声が聞こえてきそうです。実際、自分も以前はトレーニーに「このセミナー行ってきな」と指示を出すだけでした。実にもったいないことをしていましたね。

自分も参加するようになったきっかけは、尊敬するリサーチャーのひとり、菅原大介さんが講師を務められる「Freeasyリサーチアカデミー」でした。いつものようにトレーニーに参加を促す一方で、私自身が興味を持ち参加しました。

コロナでリアル参加型セミナーはウェビナーにほぼ取って代わられた感があります。移動や定員などのハードルが低くなり、それが私の参加を後押しした面もありますね。

ウェビナーの内容は実務に関する暗黙知がこれでもかと形式知化された素晴らしいものでした。初心者であるトレーニーにも十年選手である私にも、たいへん勉強になりました。

受講の後には、そのままトレーニーとZOOM繋いで振り返りの時間をとりました。友人と面白い映画を見た後に喫茶店などで感想を言い合うようなものでしょうか。
シンプルに感想を話したり学びを擦り合わせたりしましたが、トレーニーがわからなかったところを補足しつつ、その回のテーマにまつわる過去のエピソードを伝えたりという機会にもなりました。

「◯◯調査の満足度理由を『あてはまる〜あてはまらない』のマトリクスにするか、シンプルにMAにするか迷ったんだよ」
「最終的にマトリクスにしたんだけれども、それにはかくかくしかじかという理由があって」
「相手先の希望も✖️✖️でねえ」
「今日の講座内容でも触れられていたところを、自分はこう考えて活用した感じかな」

こんな会話です。

これがすごく良い効果を発揮しました。

トレーニーにとっては、学んだことの実例を即座にインプットできる機会になりますが、その意義をもう少し深堀してみます。

このような話には、トレーナーが当時にした判断とその背景が必ずついて回ります
ウェビナーのテーマだったHOWをどう使いこなしたか、使いこなすためには何にどう頭を使うのか、ということを当時のプロジェクト全体(リサーチ全体にあらず)視点から捉え直すことを意味します。

大事なのは、ここでいう「判断」にはロジカルなものだけではなく、顧客への基本的態度や、社内の利害関係者と調整するときに大切にしていた思想なども含まれていることです。
HOWについて学ぶことが、リサーチャーとしての土台を築き上げることに繋がっている。

もちろん、この学びはまた1on1のテーマになります。学びのサイクルが発生するのです。

これらを踏まえ、私は極力、メンバー全員参加のウェビナーという機会を設けるようになりました。
また、学びの効率性を上げるために、現在は全員会社の会議室で受講できるようにしています(といっても転職してしまいましたが…)。


変数定義書の作成

同じ事業でリサーチを続けていますと、キーとなる変数群が必ず出来てきます。余談ですがテーマパークでは「誰と一緒に来園したか」「この一年で何回目の来園か」が重要な変数でした。

このような変数は各リサーチャーが個人個人で編み出していくケースが多く、その過程で車輪の再発明がそこかしこで起きてきます。

これを完全に無くすことは不可能ですが、開き直って放置してはいけません。似ているが微妙に違う変数や、同じ定義なのに名前が違う変数などが無限に生産されます。

無秩序に変数が乱舞する環境は、計算ミス分析ミスの大きな原因になりますし、意思決定者へのミスコミュニケーションにも繋がります。会社の大きな意思決定が計算間違いによってもたらされた…などもあり得ます。

この環境は、新規で加わったメンバーにとっては地獄です。
データセットAとデータセットBに同じ名称の変数があるので同じ定義と思って使用したら、実は定義が異なっていて全部やり直しになった…という事態の頻発は、トレーニーの心を容赦なくへし折ってきます。

発明した変数をチーム内で発表・共有し、名称と定義を統一していくことは極めて重要です。
きちんと変数定義書を作成して管理しましょう。

…という話でしたらごくごく普通の結論ですが、もうひと手間。

その変数がマーケティング上どのような意味を持つのかも記載するのです。

例えば前述の「誰と一緒に来園したか」「一年に何回目の来園か」の場合、

■誰と一緒に来園したか:

テーマパーク内における行動傾向に関係が深い変数。テーマパークは同行者により体験できるコンテンツがある程度規定されるため。
例えば小さな子供はジェットコースターに乗れないなど選択肢が限られる。しかしテーマパークの顧客の大きな部分を占めるのは、この小さな子供連れの家族。このセグメントの満足度をどう高めるかが死命を制するが、前述の通り取れる選択肢が少ない上に機動力の高い行動を取りにくく、人気コンテンツをハシゴすることが比較的困難。
一方で同年代の友人と来園する層は…

■この一年で何回目の来園か:

一年間のうちに来園する頻度は、顧客の経済力や居住地の影響を受けることはもちろんだが、パークへの好意度の代理変数という意味合いもある。そしてパークへの好意度は、選好するコンテンツの傾向として現れる。一般的に、来園回数が高まるほどアトラクションよりもショーやキャラクターへのデマンドが強くなる。逆に来園回数が一年に一回もない(数年に一回程度の来園の)層には強力な来園理由を必要とすることが多い。そのために…

このような感じで、雑多でもよいのでその変数の意味や意義を書いていきます。

当然、それらを言語化可視化するには経験者を交えた対話が必要です。
そのためにメンバー全員出席のもと、整理した変数をひとつひとつ振り返り、思い出話に花を咲かせます

「この変数はこういう経緯で編み出した」
「こういう使い方したら相手が一発で納得してくれた」
「それはこの変数を使うことで、この商材の○○という特性を炙り出すことができたから」
「つまりこの変数の意義は✖️✖️ということになる」
「この変数は長年使っていたけれど、いま初めてクリアになった」

こんな会話です。
たぶん、お酒でも飲んでゲラゲラ笑いながらやるのがいちばん効果的です(私がやったのはお菓子とソフトドリンクまででした)。

このような話には、やはりトレーナーが当時にした判断とその背景がついて回ります顧客への基本的態度や、社内の利害関係者と調整するときに大切にしていた思想などの共有がなされます。
顧客解像度や事業解像度を高めることは言うまでもありません。

また、話が盛り上がると「だいぶ厳しい突っ込みを受ける機会があって…」という方向に進むときもあります。
その場合は「その反省を踏まえ、ここで変数定義を修正するか?」という議論も生み出します。進化ですね。

それらをまとめて変数定義書に記述していくのです。

やり方として大事なことを三点にまとめると、以下の通りです。

①トレーナーも含めたチームメンバー全員が参加する
②変数の意義について、過去の経緯を思い出話として振り返る
③振り返りも含めて学んだことを書き起こす


組織の存在意義と活動計画の策定

組織の存在意義について、いわゆるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)や、最近だとパーパスというものもありますが、今回は触れません。
ここでは、その企業においてリサーチの組織がなぜ存在し、何をすることで顧客に貢献できるのか、したいのか…ぐらいのざっくりしたものと捉えてください。

大切なのは、リサーチ組織の存在意義を自分たちで決めることです。

「組織の存在意義なんて上に決められているものじゃないの?」
そう思う方もいると思いますが、リサーチ組織に関しては経営サイドから求められる役割の抽象度が高すぎることが往々にしてあります。

他の部門と違って直接お金を稼ぐことはできませんし、総務や経理などと異なり定期でまとめるアウトプットもイメージしづらく、要するによくわかっていないのではないかと思うこともしばしば(失礼!)。
正直なところ、中の人である我々にとってもわかりづらいですし。

新人だった当時の私も「やるべきこと」は上から降ってくるものと思っていました。だから私のトレーナーUさんからこの取り組みを聞かされたときは理解不能でしたし、こんな時間をとるなら日常業務を少しでも進めたいと思ったものでした。

「自分で会社の長期経営計画を考えるってことだよ。簡単だろ?」
Uさんから言われたことです。意味がわかりませんでした。

今だからこそわかりますが、それを自分たちで決めないとダメなのです。
組織の存在意義や役割を自分たちで決めないと、やることがブレます。
それはもう、盛大にブレまくります。
この統率が取れていない感覚は、同じ部活にガチ勢とエンジョイ勢がいるような状態をイメージしていただければ、少し想像しやすいと思います。

例えばメンバーに、
「リサーチだけやっていればいい」「報告書を渡せば仕事終わり」という人もいれば、
「意思決定支援に必要なことは極力手広くやる」「顧客に実際にバリューが出るまで実務部隊をサポートする」という人もいますし、
「経営サイドの意識改革をする」まで考えている人もいます。

このような状態ではメンバー間のコンフリクトが常態化します。
ただでさえ陥りやすいメンバーの個人商店化が進み、シナジーなど起きません。
トレーニーにとっては最悪な育成環境です。是正しなければいけません。

これが、この活動が必要とされる理由のひとつです。

ではトレーニー抜きでやればいいじゃないか、と思われるかもしれません。
「環境を整えるのは先輩方の役目」というのも、ごもっともです。

でも、トレーニーを巻き込んだ方が絶対にいい。
なぜなら、トレーニーの解像度と視座を上げるという効果が期待できるからです。
正確には、トレーニーも含めた参加者全員の解像度と視座が上がります。

この活動を必要とするもうひとつ理由です。

組織の存在意義と活動計画を自分たちで決めるには、会社全体の課題と向き合い、会社を通じて自分たちが顧客に何ができるかを考える過程を経ます。

「会社の課題」は何ですか?

こう聞かれて即座に答えられる人はあまり多くない印象があります。
赤字であるとか収益力が低いなど、事実として明らかな問題を抱えているケースでも「ではそのために出来ていないことは何か?」と考えると、なかなか出てきません。
私も同じ問いかけをされたら「うーん、全部」とか答えたくなります。

少々乱暴な言い方ですが「会社のことがよくわかっていない」のです。
それを認めねばなりません。
会社の中にいると、会社のことが見えていると誤解しがちです。
そうでないことを自覚する必要があります。

会社の中にいても見えていないものがたくさんある。むしろ見えていないものばかりである…と自覚し、見えていないものを可視化するためにメンバーの視点や知恵を集めて思考することは、会社/事業の解像度を高めることそのものと言えます。

この機会をトレーニーの育成に使わない手はありません。

少し、やり方について説明します。
会社の課題を考えるにはSWOT分析などが定番ですが、もっと簡単に、今までの仕事で良いと思ったこと/悪いと思ったことをひたすら挙げる…ぐらいでよいと思います。自分たちの思いを吐き出していくのです。

「あのときにエビデンス付きの見解を『なかったこと』にされた」
「それは、彼らにとって都合が悪かったからだろう」
「◯◯施策は顧客離反を招くことのエビデンスだったのに」
「その◯◯施策は実際に顧客離反を引き起こしたが…」
「こちらの警告を無視したことも『なかったこと』になってるみたいだ」

こんな会話です。
しつこいようですが、このような話にはメンバーが当時にした判断とその背景がついて回ります。顧客への基本的態度や、社内の利害関係者と調整するときに大切にしていた思想などの共有がなされます。

そして挙がったエピソードをまとめ、抽象化する過程でメンバーの価値観が擦り合い、会社全体に不足していること、自分たちが率先して取り組むべき課題が見えてきます

これは、自分たちの目の前で起きていた個別の「具体」と、会社全体の課題という「抽象」を接続して考えられるようになった状態です。解像度が高まった状態と言ってよいでしょう。

ちなみに、リサーチ組織の場合は概ね「顧客志向」「顧客理解」を会社の課題と見做すことが多いようです。上記の例も「顧客志向」の弱さを表したものです。

ひとたびこの状態になると、個別のリサーチという「個別具体」をその都度実施していても、会社がどうにもならないことが見えてきます。
場当たり的に散発的な対応をしているような感覚になってきます。

そこで、会社の課題にミートしていく、狙いが明確な具体的活動を考案していくのです。
顧客志向が会社の課題ならば、顧客志向を意識して根付かせるための活動を計画する。例えばリサーチの啓蒙だったり、事例共有だったり、アーカイブの作成などに結実することが多いですね。

自分たちは会社の課題をどう認識し、それにどう向き合い、組織にどう影響していくことでどう顧客に価値を発揮していくのか。
既に、リサーチ部門に所属するひとりの担当者としての視座ではなくなっています。トレーニーをこの状態に持っていくのです。

なお、この解像度と視座をもつと、日常業務の際にリサーチの背景と目的を見抜き、定義する力が格段に上がります
他部門の担当者から言われるままに個別の独立したリサーチを企画する状態を卒業し、常に会社の課題に立ち戻って、そのリサーチの意義を考えられるようになるのです。

やり方の大事なことを三点にまとめると、以下の通りです。

①トレーナーも含めたチームメンバー全員が参加する
②自分たちの経験と思いを出し切り、抽象化して会社の課題に接続する
③その課題に貢献するための大方針をまとめ、それに基づいた活動計画を策定する


まとめ・注意点

日常業務外の活動として「ウェビナー/セミナーへの参加」「変数定義書の作成」「組織の存在意義と活動計画の策定」に触れましたが、共通して大切なのは、リアルで対面した上で生きた対話の機会として活用することです。

様々な機会を活用して、顧客への基本的態度や、社内の利害関係者と調整するときに大切にしていた思想などの共有をはかるのです。
(いうまでもありませんが、貴重なリアル対面の機会を、単なる先輩の苦労話や自慢話を聞かせるだけのような場にすることは絶対に許されません。)

このような取り組みが、自律的に思考し、解像度と視座を高め、顧客と会社を繋いでいくような人材育成に繋がっていく。そんな感覚をお伝えできればと思いました。
少しでも感じていただければ、とても嬉しく思います。


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