私の好きな短歌、その43

ひきよせて寄り添ふごとくししかば声も立てなくくづをれて伏す

 宮柊二、『山西省』より。(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p371』)

 衝撃的な歌である。中国大陸での戦闘の歌で、まさに人を殺害する時を歌にしている。読者はどこに共感すればいいのか。短歌としての定形に即したこの文字列の背景、その事実の瞬間は血なまぐさい、およそ和歌的に優雅などとは言われぬ、残酷な命の奪い合いの瞬間なのである。そして当然、作者は命を奪った側として短歌を残すことができた。作者がこの短歌を発表したときはどんな反響があったのだろう。どういう意図で一首を発表したのだろう。もちろんこれは戦争賛歌ではない。しかし反戦歌でもない。これが戦地の日常だったのだろうか?
 一見おだやかな上二句から三句で驚き、つづく下二句の恐ろしさは、これが写生短歌であるがゆえに背筋が凍るものだ。

 『山西省』は1949年(昭和24年)刊行。刊行時作者38歳。作者生没年は1912年(大正1)ー1986年(昭和61)、享年75歳。

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