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夢の香り。


新年度がはじまって2週目に入りました。

僕は舞台俳優という仕事柄、一般的な暦とは一致しない生活の仕方をしていますので新年度だからってあたらしい環境になるわけではありません。

いま僕は大型ミュージカル(『スウィーニー・トッド』といく作品です)の東京公演と地方公演の狭間でして、久方ぶりのゆったりしたお休み期間を堪能しています。

休みだから人に会ったり、舞台やコンサートを観に行ったり、普段なら読まないような本を読んだり、のんびり料理をしたりして過ごしています。もちろん何もせずにベッドでゴロゴロだらだらってのもやってます。


これまでの人生でいちばん時間を持て余していたのはおそらく大学時代。声楽の勉強のために音楽大学に通っていたので、日々の課題とかレッスンとかでやることはたくさんあったのですが、そこまで勤勉じゃない僕は遅い時間まで練習室に篭る同級生たちを脇目に、そそくさと寮へ帰っていました。

寮の部屋に帰ってからの時間、なにをするかといえばひたすら映画を観ます。人生でいちばん映画を観た時期なんじゃないかなあ。

僕は本を読むことが好きですが不思議なことに、大学時代にはあまり本を読まなかった気がします。あれはなんでだったんだろう。新しい本を読む気力があまりなくって、高校時代までに読んでいた村上春樹や石田衣良を時折読み返すぐらいの読書でした。


話しは映画に戻って。

大学時代がいちばん、映画を観た時期でした。その当時の芸大寮は上石神井にあって、西武新宿線上石神井駅を降りると南側にTSUTAYAがありました。まだDVDのディスクをたくさん借りれた時代です。

大学からの帰りにそのTSUTAYAに寄って旧作を5枚借ります。新作はレンタルできる日数が短かったり、料金が割高だったりしますが、旧作は5枚1000円で1週間借りられたのでした。

僕は特に新しい物好きというタイプではないし、観るべき映画は過去作に山ほどあるので、ひたすら旧作5枚を借りてそれを観ては返しにいき、また違う旧作5枚を借りて、という繰り返しでした。


夕食を食べながら。歯を磨きながら。余っている時間を潰しながら。女の子からのメールの返信を待ちながら。特にやることもないけれど音がないと寂しいから観るとでもなく。レッスンに持っていかなければいけない曲の練習に取り掛かるタイミングを後へあとへと引き延ばしながら。僕はたくさんの映画を観ました。

その時期に観た映画で印象に残っているものは、じつはそれほど多くはないのです。その当時の僕はもちろん「映画を観たくて観ているんだ」と思っていたのですが、本当はそうじゃなかったからです。

寂しい時間をなんとかやり過ごすために、僕は映画をかけ続けていました。大学入学のお祝いに両親が買ってくれたノートパソコン。たしかFUJITSUのものだったと思うけど。その分厚い本体のディスクトレーに、半透明のプラスチックパッケージから銀の円盤を載せる。

ディスクトレーをパソコンの本体に押し込むと、シャーともシューともつかない音がして、DVDのプレイヤーソフトが立ち上がる。

映画は好きだし、映画の中の俳優さんの演技とか、編集のやり方とか、もちろんセリフや筋書きの書き方とか、映画を構成するいろんな要素から「オペラ歌手として役に立ちそうなことを学び取ってやるぞ」という気持ちもありました。

でも、そんなふうに自分の中でポジティブな理由をでっち上げつつも、あれほど映画を観ていた本当の理由は、「ひとりでぽつんと過ごす時間が寂しくないように」だったと思います。


大学時代にあの狭く汚い寮の個人部屋で観た映画のなかで印象に残っているのは。

HEAT
今宵、フィッツジェラルド劇場で
グッド・ウィル・ハンティング
ウォルター少年と、夏の休日
セント・オブ・ウーマン

それくらいかな。もっとたくさん観てたはずなんですけどね。


なんでこんな話を書こうと思ったかというと、久方ぶりのゆったりしたお休み期間を楽しんでいる今、これまた久方ぶりに「セント・オブ・ウーマン」を見返してみたからなんです。

よくある「好きな映画は何?」という質問に対していつも「セント・オブ・ウーマン」と答えるんですが、じつはそれほどたくさん見返していたわけじゃなくって。

あの、薄暗い虚空のなかにぽつんと浮かんで暮らしていたような大学時代に初めて観て、なんていい映画だろうと強く思って、そのあとたぶん大学在学中に一度見返して、きっとそれ以来観てなかったんです。

それを、久々に観てみた、と。



その感想には特にドラマチックなことはなくって、やっぱりいい映画だったし、これからも「好きな映画は?」と聞かれたら「セント・オブ・ウーマン」と答えていくだろうし。

自分が大学時代からここまで生き延びてきて、それに伴っていろんな経験をしてきて、だからこそ同じ映画から受け取るものも変化した、みたいなのもたしかにあるんですけど、その内容は別に大したことじゃないんです。

ただ、やはりいちばん思うのは、時間が有り余っていた大学時代はそれなりに楽しかったけれど、今もう一度戻りたいかと問われれば絶対に戻りたくないなということ。

自己嫌悪や自己憐憫。膨れ上がった自尊心。不安と恐れと見栄。好きな人に振り向いてもらえない疎外感。何者にもなれないかもしれないという恐怖。そういったものと背中合わせに暮らしていた18〜23歳のあの日々は、楽しいこともたくさんあったけど、日々を一つずつやり過ごしていくことの大変さの方が大きかった。

けれど、だからこそ、僕はたくさん映画を観たし、そのなかでたくさんの名優や名監督に出会ったし、いいシーンやいいセリフやいい演技にたくさん触れ合うことができた。

その全てをいま覚えているわけではないけれど、そのときに出会ったいくつかの映画はいまでも自分の背骨を支えるためのつっかえ棒になってくれています。


足が絡まっても、踊り続けること。


不格好でもいい、暗闇しか見えなくてもいい、踊り続けること。


新年度、おめでとうございます。




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