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きちんと、の気持ちよさ


日常的に自炊をするタイプです。単純に料理をするという行為が好きですし、自炊をしてバランスの良い食事を常日頃からすることがいちばん効率の良い自分の身体のコンディションを整えるための方法だからというのもあります。

僕にとって自分の身体の調子を維持するのに最適な食事は

・比較的薄味、淡白な味
・火を通した野菜をたっぷりとる
・油脂を過剰に使わないさっぱりとしたものを食べる

の3点が重要なのですが、外食が続くとこれって途端に維持できなくなるじゃないですか。


とはいえ、なんの苦労もなく自炊をしているわけではなく、仕事で帰ってくるのが遅かったりすると、冷蔵庫にある野菜と肉を雑に切ってざっと炒めるだけとか、とりあえず葉物野菜を入れたかき玉うどんを5分で作って食べるとかになっていきますよね。

自分で食事を作るというのは、好きだけどとても面倒くさいし、時間もかかる。この調理の10分15分が短縮されるだけで、あるいは皿洗いの10分が短縮されるだけで、睡眠時間が伸びるのになぁみたいなことは当然あるわけです。

だからどうしても日常の中での自炊は、チャチャっと手間をかけずに、工程も省略して、切り方や味付けは雑でもいいから栄養素だけは取れるようにして、みたいな考え方になっていきます。というかそうじゃないと回らない。


そんな感じで2023年を過ごしていましたが、年末から2024年の三が日にかけて、久々に何もなくゆっくり過ごせる休日が数日ありました。なので、ここぞとばかりに「必要以上にきちんとやる料理」をやってみたのです。

具体的には

・年越しそば
・お雑煮
・炊き合わせ

の3種類の料理しかしてないんですけども。

この三つの料理に共通するのは「きちんとした出汁」が必要だというところです。ふだんの自炊だったらほんだしと顆粒の昆布だしとかで済ましちゃうんですが、年末年始くらいは「きちんと」がコンセプトですから、昆布と鰹節から出汁をひきます。

ぶっちゃけ、ほんだしと顆粒昆布だしで十分なんですよ。本当に美味しいおつゆを作れます。日常の食生活なら本当にそれで満足なのです。簡単だし。日持ちもするし。スーパーでいつでも手に入るし。

でも、今回は年末年始の特別バージョン「きちんと出汁」をひきます。

クイーンズ伊勢丹で立派な昆布を買ってきて、出汁用の削り鰹節も買ってきて、本当に「きちんと」なら本枯節から削るんでしょうが僕は鰹節削り器を持っていないので削られた鰹節を買ってくるわけですが、それもしっかりしてそうなやつを選びます。

昆布は、一晩とは言いませんがたっぷりの量を数時間水に浸して、弱火から火にかけて煮立たせないように温度を上げて、雑味が出てくる前に、昆布の旨みと甘味が豊かに感じられるぐらいなところでお湯から引き上げて。

そして沸騰間近まで温度を上げた昆布だしに鰹節をたっぷり投入して、これもまた沸騰はさせないように、かき混ぜて雑味を出したりしないように気をつけながら旨みを抽出して、きちんと濾しとって、悪くならないように氷水に当てて粗熱を取って。

そうやってできた一番出汁は、黄金に輝く色合い。本当に美しいんですよね。香りもすごくって、その匂いを嗅いでいるだけでちょっと幸せな気持ちになれる。

一番出汁を引いた後の昆布と鰹節で二番出汁もひきます。今度は一番出汁よりも水の量を少なくして、水から火を入れてじっくりと煮出していきます。一番出汁ほどの華やかな香りはないですが、これはこれで炊き合わせを作る時の重要な下地の出汁になります。


出汁が引けたらお蕎麦もお雑煮もドンと来いです。

きちんと味見をしながらおつゆの味を決めて、入れる具にしてもきちんと洗う、きちんと切る、きちんと火を入れる。

蕎麦はお揚げとセリの蕎麦にしましたので、お揚げは沸騰したお湯で油抜きをして、京風っぽく細かく刻んで、一番出汁と砂糖と醤油で作った甘めのつゆでしっかり煮て味を含ませます。

セリは根と茎を切り分けたあと、根も食べたいからしっかり水洗いをしてついている泥を落とします。茎や葉も傷んでいるところは切り落とします。

蕎麦の茹で時間から逆算して、セリに火が入り過ぎないようなタイミングで蕎麦のおつゆと一緒にセリの根を煮ていきます。蕎麦はゆがいたあと水にさらしてしっかり洗って締めます。

丼はお湯で温めておき、冷たく締めた蕎麦をもう一度茹で汁で温めて、しっかり水気を切ったら丼に盛り、その上にお揚げ、そしてセリの根、生のセリの葉と茎をその上にこんもり盛って、それが崩れないようにおつゆを縁から静かに注ぐ。

仕上げには柚子の皮をあしらう。

普段だったらこんなに丁寧には作らないけれど、年越しだからと思って。


お雑煮もきちんと作ります。

具になるにんじんは角がきちんと立った長方形になるように形を揃えて切ります。これを、にんじん専用の煮汁を作って柔らかくなるまで煮ます。

鶏肉もふだんなら適当に切ってしまうところを、もも肉についた余計な油を包丁で切り落とした後、厚さと大きさを揃えて切って、これもまた鶏肉専用の煮汁を作って固くならないように、煮立たせないように火を入れます。

ほうれん草は沸騰したお湯に塩を入れて、くたくたにならないように茹でます。茹でたら冷水にとって色止めをして、根のところを切り分けて汚れや泥をきちんととりのぞき、茎や葉は同じ長さになるように繊維に対してきちんと垂直に包丁します。

お雑煮用のおつゆは一番出汁を使って、にんじんや鶏肉を煮るのとは別に用意をします。少しの薄口醤油とみりん、あとは塩で出汁の香りと旨みが消えずに引き立つような塩加減に仕上げます。ここで何かを煮ることはありません。味が混じっちゃうから。

焼いた餅を温めた丼に入れ、その上にそれぞれ調理した具材を載せ、盛り付けがくずれないように静かに出汁つゆを注ぎいれます。もちろん最後に柚子の皮も載せます。


炊き合わせは、きちんと炊き合わせです。ひとつの鍋で複数の材料を煮込む、はしません。食材ごとに別々の煮汁を使って、別々に炊いたものを最後盛り合わせます。

用意した具材は、鶏肉、ごぼう、にんじん、かぶ、れんこん、車麩でした。

ぞれぞれに丁寧に下ごしらえをします。余分な脂を取り除く。皮を剥く。同じ大きさに切り揃える。必要なら面取りをする。水で戻し、きちっと水気を絞る。素材に合わせた準備をします。切るときにはなるべく美しい直線で包丁を入れるように気をつけます。

6種類の具材なので、煮汁も6種類用意します。香りの強いにんじんやごぼうは二番出汁をベースに。旨みを煮含ませたいお麩やかぶ、れんこん、鶏肉は一番出汁。

ごぼうは濃口醤油の香りとみりんの甘味をきかせたしっかりめの煮汁に。鶏肉は肉から旨みが出るので甘味は少なく薄口醤油と塩でキリッとめの煮汁に。車麩は出汁の美味しさを食べるための食材だと考えて、出汁の旨みを最大限大事にした控えめの味付けの煮汁で。

自分なりに考えて、食材に合わせた煮汁の味加減を決めていきます。

食材の火の通り方に合わせて煮ていく時間もそれぞれに違います。煮崩れのしやすさなんかも当然違うので、火加減も食材ごとに変えます。

そうやってそれぞれベストの味になるように炊き上げた具材を、食べるときにはひとつの器に盛り合わせてひとつの料理としての調和を見つけていきます。


さて、和食屋さんだったら当然毎日するようなことを、僕は年末年始の余裕のあるときぐらいにしかやりません。というか、年末年始にだって正直、こんな細かい手順を踏んだ料理の仕方は面倒臭いなと思う瞬間もあるにはあるのです。

でもせっかくのお正月だからと思って、普段なら絶対にしないような「きちんとした工程」を踏んだ手仕事をやってみると、不思議と自分の頭の中がスッキリしてくるような感じがするのです。背筋もシャンとするような気がします。

そうやって作った料理を食べるときも、いつもだったらテレビを見ながら、携帯をいじりながらのついでの作業のように食べてしまっているところを、「きちんと食べる」気持ちになるのです。出汁の香りを嗅ぐ、それぞれの食材の歯触りの違いや甘みや香りの違いを感じる、みたいな。


日々のなかでこんなにきちんとした料理はできないし、しようとも思わないのですが、ときたま時間があるときにはこういう、「きちんとした作業」をやってみるのはいいことなんだと感じます。

べつに、手間のかかる料理じゃないくてもいいのです。めちゃくちゃ時間のかかる手の込んだ料理を雑に作ってもあんまり意味がない。

むしろ、目玉焼きとか味噌汁とかそういう簡単な日常食でも、具材を丁寧に切るだとか、火の通り加減を見極めていちばん美味しいポイントを目指すとか、そういう「きちんと」をやっていくことに意味があるような気がします。

思いのほか僕たちは、日常生活に追われていると「きちんと」みたいな集中力とエネルギーが必要なことから遠いところで日々を過ごしてしまいますから。正月くらいは意図的に面倒くさい「きちんと」をやってみるのは、非日常の体験としてとっても面白いのです。


なにか、怒涛の如く押し寄せてくる2023年の日常生活に一旦区切りをつけるような気持ちにもなりましたし、手付かずの日々が待ち構えている2024年に向けて清らかで真っさらな心と姿勢で頑張ろうという心持ちにもなりました。


今年もどうぞよろしくお願いいたします。







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