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枢軸時代 Axial Age

紀元前500年頃を中心とする前後300年ほどの時代を、ドイツの哲学者で精神病理学者でもあったカール・ヤスパースは、「枢軸時代」と名付けました。
この数百年間はその後現代に至るまでのヒトの精神性の骨格を形作る数々の思想的ヴァリエーションが、世界各地でほぼ同時的に生み出された時代でした。
まるで生命現象におけるカンブリア紀のように、精神界を構成するさまざまな門派はこの時代に誕生したのです。

古代ギリシャの枢軸時代は、B.C.8世紀に詩人ホメーロスが『イーリアス』『オデュッセイア』という英雄叙事詩を書いたことからスタートしました。
その後神々の世界から英雄たちの世界、そしてヒトの精神世界へと形而上の中心軸が移っていく中、ギリシャ各地では様々な創造的活動が花開いていきます。
アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスといった悲劇詩人たちが生まれ、「歴史の父」ヘロドトスや「医学の祖」ヒポクラテス、「元祖マッドサイエンティスト」アルキメデスなど、人類史に名を残す天才たちが我も我もと現れ出てきます。
思想面ではタレスから始まりピュタゴラス、ヘラクレイトス、ゼノン、デモクリトスへと連なる自然哲学者たちや、プロタゴラスなどのソフィストたちが現れ、ソクラテス、プラトン、アリストテレスという、西洋哲学界のスーパースターたちも登場しました。

古代ペルシャではB.C.7世紀頃までに、ザラスシュトラが創始したアフラ・マズダーを最高神とするゾロアスター教が、西アジア一帯に興亡する歴代帝国に保護されることで、人類史上初の世界宗教として広まりました。
ゾロアスター教の教義や儀式は、その後セム族の信仰の中に全面的に採用されることになり、現在のユダヤ教、キリスト教、イスラム教という一神教勢力の大元となります。
この3つのセム系宗教は、今日に至るまでその信者数を拡大し続けており、21世紀の世界人口の約半数を占めるまでになっています。

パレスチナには、イザヤ、エレミア、エゼキエルという3大預言者が次々と現れ、B.C.586年新バビロニア王国のネブカドネザル2世によるユダヤ民族のバビロン捕囚を契機として、ユダヤ教の根本的再構築を行いました。
世界宗教であるゾロアスター教のユニバーサルな教義の影響を受け、ユダヤ人の民族神であったヤハウェを全世界の創造主として設定し直したのです。
やがて全世界を席巻することになる「一神教革命」は、バビロン捕囚から解放され世界中に散らばっていくユダヤの民を統合する強力なアイデンティティを確立するために創造されたものでした。

インドではB.C.750~700年頃、聖仙ヤージュニャヴァルキヤが登場し、ウパニシャッド(奥義書)哲学が生まれました。
ヤージュニャヴァルキヤはヨーガ哲学の元祖と目され、当時インド社会で形骸化しつつあったバラモン教に対抗する2つの大宗教(仏教とジャイナ教)を誕生させる思想的ベースを創造しました。
仏教を創始したゴータマ・シッダールタ(ブッダ)はBC563年前後、ジャイナ教の開祖ヴァルダマーナ(マハーヴィーラ)はBC549年前後に生まれ、ブッダの教えはクシャトリア(王族・武人)階級に、マハーヴィーラの教えはヴァイシャ(商人・庶民)階級に、それぞれ受け入れられました。
これら2大宗教家の他にもアジタ・ケーサカンバリンやプーラナ・カッサパなど、この時代には「自由思想家」と呼ばれる哲学者が多数現れ、唯物論、懐疑論、詭弁術から虚無主義に至るまで、あらゆる思想的可能性を追求する創造的な精神環境が出現しました。

中国では「枢軸時代」とシンクロナイズするB.C.8世紀からB.C.3世紀までの期間、統一王朝のない春秋戦国時代が続いていました。
諸国が乱立、興亡する中「諸子百家」と呼ばれる思想家たちが活躍し、中国思想史上の黄金時代となりました。
「諸子」は孔子・老子・荘子・墨子・孟子・荀子などの人物を指し、「百家」は儒家・道家・墨家・名家・法家・陰陽家などの学派を示します。
B.C.4世紀頃最も活動が活発になり、遊説家が各国を巡って自己の説を主張し、自由に議論しあう「百家争鳴」の状況が生まれました。

ヒトの精神的創造性が世界各地で一気に開花したこの精神革命時代を、ヤスパースは先史時代、古代高度文明時代に次ぐ人類第3の出発点であるとしています。
そしてルネサンス以降現在に至る科学技術時代を第4の出発点と位置づけ、人類全体が2度目の枢軸時代へと向かう「第2の呼吸」を始めている、と指摘します。
次回は人類の新しい呼吸の始まりとされる、ルネサンスの創造性について見ていきたいと思います。

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